ニューヨークの金魚
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳
私の母は、みやもとさゆり、である。
秋吉敏子に魅せられて
ジャズピアニストになり、
いま、ニューヨークにいる。
父は、おかやまはちろう、である。
神楽坂でちいさなアトリエを経営している。
ふたりは三年前に離婚し、
高校二年生の私、おかやまゆきこは
父と一緒に暮らしている。
我が家では、ずっと昔から
父が台所仕事を引き受けていた。
なつかしい母の味が、父の得意だった。
ガンモドキとアブラアゲの煮物とか、
キューリの酢のものとか。
母は、普段から演奏活動で、
家にいないことが多かった。
いつだったか、私は父に聞いた。
「どうして別れちゃったの?」
父は、世間話をするように言った。
「おたがい、四十(しじゅう)の坂も超えたんだし、
そろそろ、ひとりずつもいいかねえ、
なんて、ふたりで話しあってね」
私は、あれから、 恋愛とか結婚とか、わからなくなった。
このあいだ、六月二十日の午前二時に、
母のみやもとさゆりから
私のモバイルに電話がかかってきた。
「会おうよ、MOMA(モマ)で。
えーっと、今度はね、
ゴッホの『オリーブの木』の前、
七月の二日か三日、午後三時。
暑いよ、ニューヨークは」
みやもとさゆりは、
私が高校生であるとか、
十二時間のひとり旅であるとか、
そういうことは、まったく気にしない。
すべて彼女の都合で、
電話してくるように思えた。
これが三回目である。
会う場所は、いつも、MOMA(モマ)。
ニューヨーク近代美術館、
その五階である。
そのフロアには、十九世紀後半から 二十世紀前半までの、
ほんとうに沢山の 油絵が展示されている。
二度目に行ったのは去年の晩秋で、
ダリの「〈柔かい時計〉あるいは〈流れ去る時間〉」の前で、母と会った。
一度目はおととしの八月で、
モンドリアンの絵、
「ブロードウェイ・ブギウギ」の前だった。
それが私の、初めてのニューヨークだった。
出かける日に、父がニコニコしながら
私に言った。
「ああ、いいねえ、MOMA。
ゆっくりしておいで」
それだけだった。
そして私は、ふわふわした気分で、
デルタ航空の古びたジャンボに乗り、
初めての海外旅行に出かけたのである。
七月二日、ニューヨーク午後三時。
ゴッホの「オリーブの木」の前で、
まるでピカソが描く女のような
たくましい母の両腕の中に
私は抱きしめられていた。
母が低く、つぶやく。
「ああ、元気そうだね。
このあいだの夜、シカゴでね。
ピアノの鍵盤(けんばん)の上に、
おまえの後姿(うしろすがた)が見えたんだ」
陽気なギャラリーたちの間を、
みやもとさゆりと、おかやまゆきこが、
腕を組んで歩く。
アンリ・マチスの絵の前で、
母が立ち止り、思い出したように言った。
「はちろうはね、金魚が好きなんだよ」
緑色の壁がある明るい部屋に
金魚鉢が描(えが)かれていて、
金魚が一匹、 ボーッと浮かんでいる。
「ほら、似ているでしょ。ボーッとして」
母の声が、とてもやさしかった。
私は父と向いあっている時の、
あの、ここちよい退屈について
ぼんやり考えていた。
そうか、金魚だったんだ、あのひとは。