ようなしのおはなし
作・出演:久世星佳
深夜2時を過ぎた頃
机の上にあった黄色い物体をぼーっと見つめる。
上が細く下はぼってりとして
まるで起き上がりこぼしのようなシルエットだ。
「洋梨か・・」
と呟く。
洋梨・・
なんだかちょっと気の毒な呼び名だな、
と思う。
すると
「失礼ね。私はル・レクチェって呼ばれてるのよ。
もしも名前がわからないんだったら
洋梨じゃなく、西洋梨って呼んでくださる?」
「西洋梨?」
「そうよ。ラ・フランスっていう名前、聞いたことない?
私たち西洋梨のドンのような存在なんだけど、名前のとおり
原産国はフランスなの。他にもイギリスやベルギー生まれもいるのよ。
あとは親戚筋にアメリカ生まれや、そうそう日本生まれだっているの。
ちなみにル・レクチェも元はフランス生まれ。
まぁ私は海を渡ってきた先祖の末裔だから、日本育ちだけどね。」
「へーっ。」
「ねえ、私たちを口に運ぶとどんな感じ?」
「いや、なんだか可憐な香りが口の中に広がって幸せな気分になります。」
「可憐だなんて嬉しいな。ねえ、知ってる? 私たち、バラ科なのよ。」
「バラ?」
「そう、百万本のバラのバラ。」
「あー、お花のバラですか。」
「そうなの。」
「へー。」
「へーって、それしか言えないの?」
「いやいや、なんか梨の木ってバラに比べるとだいぶ大きいような気がして。
ちょっとピンと来ないっていうか」
「まあね、確かにバラは低木だもんね。
でもね、私たちってお花の形が似ているの。
わかりやすいところでは花びらとガクが5枚ずつ。
そこからいくと、梅や桃、リンゴにさくらんぼ、イチゴもバラ科なのよ。」
「へーっ。」
「また、へーって。」
「いやいや、バラと果物がそんなに近い存在とは思わなかったもんで。」
「そうなの?」
「いや、ほら、バラってお花の中の女王様っぽいっていうか、
香り高く咲き誇ってる イメージで・・」
「・・・・。」
「すみません・・なんか気を悪くされましたか?」
「別に。」
それだけ言うと黙ってしまった。
黙りこくったままの黄色い物体。
さっきまでのお喋りが嘘のようだ。
そんな姿を見つめたまま
「高貴なバラにはトゲもあって、下手すると血を見るけど
あなたは物腰がどことなく柔らかで
見ているとほっこりしますよ。」
そう言うと
黄色い物体がコロンと転がった。
「もう寝たら?」
「・・・確かに。」
時刻は午前4時を回ろうとしていた。
二度と起き上がろうとはしない起き上がりこぼし。
数時間後に目覚めたら
私はあなたの鎧を剥いて
現れた白い果実を頬張り
口の中いっぱいに広がる可憐な香りに癒されながら
始まる1日の幸せに感謝をするよ
きっと、ね。