一倉宏 2022年7月3日「もしも僕らが一年に一度しか会えなかったとしたら」

もしも僕らが一年に一度しか会えなかったとしたら

   ストーリー 一倉宏
      出演 地曳豪

テレワークの日々がつづいた
いっしょにいる時間が増えたよね 
劇的に

ケンカも増えたね 
エアコンの 使い方とか 
トイレの…… 汚し方とか
日々の生活って ほんとうにささいな
ディテールの帳尻で できている

君はネットフリックスで 
韓流ドラマを観る
僕はスポティファイで 
80年代シティポップスを聴く

そんな日々に

ロシアなる国が 
ウクライナなる国を陵辱し
虐殺とレイプが 
平然とニュースになった

この世界で

君と僕が ささいなことで
言いあらそう

戦争のニュースが つづく日々に
天の川の見えない 東京の空の下で
いつのまにか 
戦争の専門家なる人物たちが
連日連夜 登場するようになって 
誰も怪しまない

せめて リクエストを
ジョン・レノンの「イマジン」じゃ 
もの足りない

あの歌を歌ってくれ 「戦争の親玉」を
ノーベル文学賞の ボブ・ディランよ
アルフレッド・ノーベルも 
それを望んでいるはずだ

大砲をつくるやつら 
爆弾をつくるやつら
戦争でもうけるやつら 
それが戦争の親玉だ

いつのまにか 
戦争の親玉たちは
武器輸出を 防衛装備移転と
言い替えさせることに成功した

この国では いろんな言葉が
すり替えられてゆく
僕らは黙ったまま 
それを許してしまった 
いつのまにか

ウクライナのために 
自由と民主主義のために
もうすぐ 
タブーはなくなるかもしれない
防衛装備移転にも 
もしかしたら
非核三原則にも

そんな日々に
この世界で

君と僕は
天の川の見えない 東京の空の下で

一年に一度しか会えない 
あの二人の夜が
もうすぐ やってくる

それは悲しい 
哀れな話なのかと
僕は考えるようになった

一年に一度でもいい
もう 一生会えない 
永遠に会えない
夫婦がいて 親子がいて
恋人たちがいて 
きょうも 訴えている

そんな日々に
この世界で

君と僕は
天の川の見えない 東京の空の下で



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2022年5月29日「たんぽぽ婆さん」

たんぽぽ婆さん

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

近所に怖そうな婆さんが引っ越してきたのは
僕が小学校のときだった。
爺さんはおらず、婆さんと婆さんの娘と
ふたりきりだった。
何をして食べているのか分からないし。
婆さんは気が強く、押しも強く、
子供たちもよく叱られたが
娘さんは婆さんに似ない優しげな人で
話しかけると明るい声で受け答えをしてくれた。

引っ越して来て1年ほどたったころ、
娘さんの縁が決まってお婿さんがきた。
婆さんの家で質素な婚礼があった。
窓からのぞいた花嫁の顔はきれいだったし、
お婿さんもがっしりしたよさそうな人だと母は喜んだ。
婆さんもこれで楽隠居だとみんな思っていた。

ところが
婚礼から三月もしないうちに娘さんが亡くなってしまった。
あまりに急なことでびっくりしたのと気の毒なのとで
子供たちもしばらくはイタズラをやめたほどだったし。
ご近所も遠巻きに心配していた。
お婿さんはしばらくいたが、
四十九日が終ると肩を落とした姿で元の家に帰っていった。

婆さんはひとりになってしまった。

さて、それからだった。
頼みの綱の娘夫婦を失った婆さんは
隠居などしていられなかった。
朝は早くから箱車を押して竹輪や蒲鉾を売り歩き、
夕方になると銭湯の前にたこ焼きの屋台を出した。
さすがの強い気も折れて、愛想がよくなり、
夜はときどきうちのお風呂をもらいに来るようになった。
みんなが婆さんのことを「たーばー」と呼ぶようになったのも
その頃だ。
「たーばー」はたんぽぽの「た」と
「ばあさん」の「ば」の組み合わせだと聞いたが
決して野の花にたとえられるような婆さんではなかったので
なんでたんぽぽなんだ?と僕は不思議だった。

朝、僕がまだ寝床にいる時間から
婆さんは車を押して竹輪を売り歩き
僕が学校から帰る頃にはたこ焼きを焼いていた。
竹輪の車にもたこ焼きの屋台にも鈴がつけてあって
チリンチリンと大きな音で鳴った。
その音を聞くと、母は財布を持って玄関を出て行った。

春の運動会が近づいたころ
生徒は運動場の芝生の雑草を抜くことになった。
メヒシバやチドメグサに混じって黄色いタンポポがあった。
タンポポは黄色い花と緑の葉っぱの下に
とんでもなく長い根っこがあり、
とても全部掘ることはできなかった。
途中で切れてしまったタンポポを
僕たちは「ちっ!」と言いながら集めて捨てた。
残った根っこがまたタンポポになる。
タンポポってすげーと思った。

運動会の日、たんぽぽ婆さんは
学校にたこ焼きの屋台を曳いてきた。
人だかりがして大繁盛の屋台の下に
僕たちが抜くのを諦めたタンポポが黄色い花を咲かせていた。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

 

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ポンヌフ関 2022年5月22日「草枕」

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草枕

   ストーリー ポンヌフ関
      出演 遠藤守哉

私は行き詰まっていた
頬杖をついて外を見ている

綺麗でしょ

私、桜や紅葉の頃より新緑が好き

と宿の娘が言う
窓の外は一面の緑
こういうのを俳句の季語で
山笑うと言うんじゃ

おー笑ってる笑ってる

おじさん俳句好きなの?
私も好き
なにか作ってよ

菫ほどな
小さき人に
生まれたし

それ夏目漱石じゃん
何故私の名前を知っておる?
でも、ちょっと似てるね漱石に
せっかくこんなところに来たんだから
先生も、草枕みたいなの書いたら?
草枕?

智に働けば角が立つ
情に棹させば流される

お、いいね
それ、いただき!

あはは
先生おもしろ〜い

娘に笑われ
山に笑われるうちに
心がほどけてきた

おっと、こうしている場合ではない
明日が新連載の締切なんじゃ

えー、メールじゃだめなの?

ありがとう、世話になった
山路をくだりながらこう考えた

智に働けば
おっとっと
足を滑らせて沢に落っこちた
ドボン
私はミレイの描いたオフィーリアの風流な土左衛門のごとく緑の水辺を流れていた
だから、こうしている場合ではない!
その時、目が覚めた
草枕か、いいかもしれん

若葉して
篭りがちなる
書斎かな

明治39年7月26日夏目漱石『草枕』執筆開始

明治39年のある日 不思議な午睡のあと
夏目漱石は
書斎で草枕を着想した、、、かもしれない



出演者情報:遠藤守哉

 

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佐藤義浩 2022年5月15日「葉っぱの色」

「葉っぱの色」

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 地曳豪

小学生の頃、妙に小器用なタイプだった。
それなりに賢かったんだと思う。
与えられた課題とか、その場の状況なんかを上手に見極めて、
それなりの選択をし、それなりの行動を取る。

学級会で「いいことを言う」のが得意だった。
みんながああでもない、こうでもない、と議論している時、
あ、ここだな。というタイミングでひとこと言う。
それで話がまとまる。それが快感だった。
いつもそのタイミングを測っていた。

タイミングは光って見えた。
それはまるでランプが点くみたいだった。
格闘ゲームで敵の弱点がわかるような感覚だ。
そのランプが光ると突っ込まずにはいられない。
先生に「あなたは人が一番言われたくないことを言う」と叱られた。

読書感想文が得意だった。
大概は本を読まずに書いた。
正確には、巻末の解説だけ読んで、
自分なりにアレンジして作文にした。
それなりに評価されて賞ももらった。佳作だった。

初夏の頃、写生大会があった。
遠足を兼ねて、近くの山に行った。
風景画は簡単である。
うまく見えるためにはコツがあるのだ。
まずは遠近感。近くにあるものと遠くにあるものを共存させる。
例えば手前に大きな木があって、その枝越しに風景が見える構図。

次は色だ。
下手なやつは色を使えない。
木の幹は茶色に塗るし、葉っぱは緑に塗る。
しかし、よく見ると葉っぱの緑色の中にもいろんな色がある。
緑という色は幅が広いのだ。青っぽい緑、黄色っぽい緑、
茶色っぽい緑だってある。

それを塗り分ける。実際に見えているよりも多くの色を使う。
絵が緻密に、複雑に見える。

サラサラと描きあげてしまい、時間が余ったので、
画板を持ったまま、描いているクラスメイトの絵を覗きながら
その辺をうろつく。
こいつもたいしたことない。そう思って安心する。

そんな中、茶畑(ちゃばた)君の後ろ姿が見えた。
クラスの中でも地味なタイプの子だ。
彼は一人地面にあぐらをかいて、画板に向かっていた。
目の前には古びた山門。その先にはお寺がある。
彼はその門を描いているようだ。

これはまた地味なものを、と後ろから近づき、
何とはなしに覗き込む。
そこにあったのは画用紙から溢れてる、
すごい迫力の山門だった。

ど正面。遠近感などどこにもない。
工夫もない。しかしただただ大きくこちらに迫ってくる。
色は赤みがかった茶色。元の朱色から経過した時間が
重さになって伝わってくる。
そしてその中に、僕の得意な緑色は、どこにも使われていなかった。

僕は声をかけることもできずに、その絵を見つめていた。
しばらくして振り返った茶畑くんが「今日は暑いなあ」と言った。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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井田万樹子 2022年5月8日「だんご3おじさん」

だんご3おじさん

     ストーリー 井田万樹子
            出演 遠藤守哉

僕の家の近くには、とても広い公園がある。
都会の真ん中にあるのに、自然の森が残っていて 大きな池もあって、
週末はバーベキューをする人や
スケートボードをする人なんかで賑わっている。
僕はその公園に行って、誰もこない静かな場所を見つけるのが好きだ。
一面に緑が広がって、気持ちのいい風がずっと吹いている。
でも誰もいない。
そんな場所を見つけると、僕は嬉しくなる。
今日見つけた場所は、最高だった。
寝転がると新緑の青もみじに包まれる。
風が吹くたびに青もみじの葉っぱがさわさわと揺れる。
僕はその場所で、のんびり読書をはじめた。

突然、足元から小さな甲高い声がした。
「ちょっと兄さん、ここ!ここ空いてるわよ!」
草の陰から、小さな丸いものが顔を出した。
「あら、先客がいるわ!」
「あら、ほんと!」
同じような顔が3つ並んでいる。
だんごである。
1本の串に刺さった、3つのだんごなのである。
「仕方ないわよ、弟。
だってこの場所、この公園で1番いい場所だもん」
「そうね、兄さん」
「よいしょ、よいしょ」
だんご達は横一列に並んで、こちらに向かって歩いてくる。
だんごの頭の下には小さな体があって、ちゃんと靴も履いているのだ。

クリッとしたつぶらな瞳。
くるんとカールした立派なヒゲ。太い眉毛。
3人とも、なかなか濃い顔立ちだ。
醤油のタレで焼かれたおでこがツルッと光っていて、
炭火で炙られ香ばしく焦げ目のついた頭は、
今どき珍しいバーコードヘアだ。
3人ともお揃いのブルーのジーンズにすみれ色のシャツを着て、
シャツのお腹はぽっこり出ている。
つまり、なんて言うか、おじさんなのである。
そっくりの顔をした3人の、おじさんの、だんごなのである。
兄さんと呼んでいるところを見ると、兄弟なのだろうか。

「よいしょ、よいしょ」
おじさん達は串にささったまま、せっせとこっちに向かって行進する。
そして僕のすぐ横までやって来ると、
「よっこらしょ!」と、3人同時に小さな石の上に腰をかけた。
「ちょっと…狭いわ!兄さん」
「大丈夫よ、弟!詰めたら座れるわ」「あたし、落っこちちゃう!」
「ねぇ、大兄さん!もうちょっと詰めてよ!」「あんたが詰めなさいよ!」
3つのだんごが、ぎゅうぎゅうに押し合っている。
串の先っぽが僕の足に当たったので、
「いてっ」と思わず僕が声を上げると、
だんご達は一斉に僕を見た。

「こんにちは」
と僕が言うと、だんご達はにっこり笑って、そして、
「ねぇ見て、あたし達、座れたの!」と言った。
こんなに広い公園なのに、どうして僕のすぐ横に座るのだろう。

「ねぇ、兄さん、あの野球選手の名前なんだったかしら?」
「誰よ、あの野球選手って?」
だんごおじさん達は僕のことなんか気にしないで、
ぺちゃくちゃペチャクチャ喋り続けている。
「ほら、友達のお母さんと結婚した〜…」
「何よそれ?」「ほら、なんとかちゃんって呼ばれてて」
「なんとかちゃん?」
「ラミレスじゃなくてマルチーニじゃなくて〜」
「思い出した!ペタジーニよ!」
「だからペタジーニがどうしたのよ?!」
キャッキャっと笑うたびに、
だんごおじさん達のまわりの草がサワサワと揺れる。

しばらくすると、目隠しあそびが始まった。
「だーれだ!」
1番後ろの兄さんだんごが、一生懸命に手を伸ばして、
1番先頭の弟の目を塞いでいる。
真ん中のだんごは間に挟まれて窮屈そうだ。
「だ〜れだ!」
「えーっと…ちい兄さんよね?この手は?! …あれ?やっぱり大兄さんかなぁ?」
「どーっちだ!」
「ちい兄さん!」
「はずれーっ」「あ〜っ」
おじさん達はとても仲がいい。

真ん中のだんごが、肩にかけていた小さなカバンを開けると、
中から小さな水筒とポップコーンを取り出した。
兄さんだんごは右から、弟だんごは左から手を伸ばして、
それぞれポップコーンを食べはじめる。
ぱくぱくぱく
「ねぇ、ちょっと!」ぱくぱく
「ねぇ、ねぇ、あたしが食べれないじゃない!」ぱくぱく
「どうしてあたしがいつもポップコーン持つ係なのよ?!」
「だって、それが…1番食べやすいんだもん」ぱくぱく
「あたしは食べやすくないのっ!」
真ん中ってのは、いつも少し大変そうだ。

気がつくと、だんごおじさん達は昼寝をはじめた。
新緑の風がそっと、おじさん達のヒゲを揺らす。

だんごおじさん達は、いつからこの公園にいるのだろう。
広場の団子屋で焼かれていたのだろうか。
兄弟でこっそり逃げ出してきたのだろうか。
若葉の香りに包まれて、すやすやと寝息が聞こえてくる。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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窓の向こうには(2022版)

窓の向こうには

      ストーリー 中山佐知子
       出演 遠藤守哉

窓の向こうには薄青い空があった。
食卓にはキリストと12人の弟子たちがいた。
それはダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵だ。
キリストはその夜自分が逮捕されて
十字架にかけられることを知っていた。
それでもダ・ヴィンチは窓の向こうに晴れた空を描いた。
見るたびに、
ああ、いい天気だ、とつい思ってしまう。

そういえば、十字架にかけられたキリストの背景が
目も覚めるような青空という絵を見たことがある。
あの絵はどう見ても青空と雲が主役だ。
ラファエロもそうだ。
なんだか牧歌的な十字架のキリストを描いている。
いいお天気で空が美しい。
どうしても空と風景を眺めてしまう。

もしかして、画家が絵を描き始める前の最初の仕事は
天気を決めることではないだろうかと
思ったりする。
晴れの日にするか、曇りにするか、
それとも雨を降らせるかで
全体のトーンが決まるからだ。

神話や伝説にも空があり、天気がある。
黄泉の国から森を抜けて妻を連れ帰るオルフェウスの向こうには
明るい空が見えている。
我が子を殺した王女メディアの絵に
ドラクロワはわずかに青空をのぞかせている。
アーサー王がエクスカリバーを授けられた湖は
白い霧が立ち込めている。
最後の戦いで重傷を負ったアーサーは再びそこに戻り
湖の乙女たちに身を委ねた。

ジークフリートが殺された日も晴れた日だった。
この英雄は森で狩りをしているときに
妻の兄とその家臣の計略で背中に槍を突き立てられるが、
そこは全身不死身のジークフリートの唯一の弱点だった。
槍が刺さったジークフリートが最後に見上げている空は
夕焼けの薄赤い色で、
見ていると赤は悲しい色だなと思えてくる。

神々も英雄もその物語には必ず空がある。
ミケランジェロの「最後の審判」の空は
変化ののない重い青い空で、
やがて世界はこんな空で蓋をされるのかと思う。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

録音:字引康太

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