ミッドナイトマーケット
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳
金色のちいさき鳥のかたちして
銀杏ちるなり岡の夕日に。与謝野晶子。
夕焼け空を、風に輝きながら、
小鳥のように舞う銀杏の葉も、いまは、
すっかり散ってしまったでしょうか。
今晩は、久世星佳です。
今日から明日へ、なつかしい、
夢のおみやげをご紹介する
ミッド・ナイト・マーケット。
眠り姫のやさしい胸に抱かれるまで
しばし、私のお話に
耳をかたむけて、くださいませんか。
さて今夜は、かわいい小鳥たちと
小鳥たちをめぐるお話も集まってくる
小鳥の市場で、
拾い集めたお話からです。
小鳥の市場は、八ヶ岳の山々の奥の、
星の牧場に近い高原の村にあります。
多くのひとは、その存在を知りません。
でも、色いろなひとが昔から、
ひっそりここを訪れていたのです。
はるばる、海を越えて、ベルギーから
チルチルとミチルという兄と妹が、
幸せの青い鳥をさがして
やってきたとも、いわれています。
私がこの市場で聞きたかったのは、
歌を忘れたカナリアのことです。
このカナリアは、
ある詩人が飼っていたのですが、
ある日、突然、歌わなくなりました。
詩人は、色いろなものを食べさせたり、
鳥のお医者様にも診断してもらいました。
けれど、カナリアは、
低く、チュッ、チュッ、と鳴くだけで、
真珠をころがすような、あの美しい歌声は
出せなくなっていました。そして、
悲しそうに、詩人をみます。
「わたしはもう歌えません。
どうぞ、わたしのことは
忘れてください」
カナリアは、そういっているように
詩人には見えました。
どうしよう、と詩人は思いました。
いっそのこと、近くの山に
放してしまおうか。
いやいや、もしも、性悪のカラスたちに
いじめられたら、かわいそうだ。
それでは、と、詩人は
心を鬼にして、考えました、
家のうしろの竹やぶに埋めてしまえ。
けれど、心のやさしい詩人に、
そんなことが出来るはずもありません。
それでは、柳の枝を鞭にして
たたいてしまおうか。
でも、詩人は、自分が鞭に打たれることを
考えると、体がふるえてくるのでした。
とうとう詩人は、ある月の明るい夜に、
小さな象牙の船に、銀の櫂をつけ、
そこにカナリアを乗せて、そっと
海に浮べてみました。
なんだか、そうすれば、歌を思い出して
くれそうに思ったのです。
さて、私は、あのカナリアが歌を思い出した
かどうか、知りたかった。
そこで、この市場に、いちばん古くから、
お店を出している、百歳をらくらくと
超えていそうな、アラビアうまれの老人に
カナリアのことを尋ねました。
老人は、トビ色の眼をキラリとさせて
いいました。
「私は、あの詩人に教えてあげたのだよ。
彼の夢枕に立ってね。
ヒヨコグサをあげなさいと。
それから、カナリアは、
歌を思い出したのさ」
ヒヨコグサ、あなたはご存知ですか。
春の七草のひとつ、ハコベのことです。
小鳥の好物です。でも、人間が、恋をなく
したり、歌を忘れたときも、効果があるか
もしれませんね。それでは、良い夢路へ、
ボン・ボヤージュ。おやすみなさい。