2022年06月11日
川野康之
雨のある風景 『潮騒』
雨と風の中で高まる鼓動がある。
若者は待っていた。
嵐の中、娘が来るのを。
いつの間にか眠り込んでいた。
目を覚ますと、
焚き火の向こうに娘がいた。
裸になって、ずぶ濡れになった服を乾かしていた。
眠ったふりを続けるには、彼女はあまりに美しかった。
嵐に囲まれ、二人は火をはさんで向かい合った。
娘の震える声が聞こえる。
「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」
三島由紀夫の小説『潮騒』には
全編嵐と波の音が鳴り続けている。
そしてその中で生きる命が強く鳴り響く。