2023年09月16日
小林慎一
水平線をつかめ ♯7
猛毒のハコクラゲに刺されたダイアナは、
治療を受けるとまたフロリダを目指して泳ぎ出した。
1日を泳ぎ切り、夜を迎え、次の日の夕方。
また、ハコクラゲに刺されてしまう。
彼女はボートに乗ることを決心し、
治療を受け、回復をはかり、そしてまた泳ぎ始めた。
しかし、スタートしてから41時間後。
彼女はボートに引き上げられた。
呼吸が完全に止まっていた。彼女の夢はそこで終わった。
それから4年後の2013年。
彼女は64歳になった。
キューバ・フロリダ間をシャークゲージなしで泳ぐ5度目の挑戦。
マリナ・ヘミングウェイの岩の上には、
キューバの国旗が旗めいていた。
スポーツトレーナ、栄養士、医師、
多くの専門家は不可能だと言っていた。
この挑戦の2ヶ月前、世界最強のスイマーの一人である28歳の
クロエ・マッカーデルもキューバ・フロリダ間に挑んだ。
彼女は11時間後にハコクラゲに刺され挑戦を諦め、こう語った。
「もう二度と戻ってこない」
ダイアナは、シリコン製のマスクを特注でつくった。
呼吸は苦しくなるが、クラゲに刺されるよりはマシだ。
彼女は頭の中でジョン・レノンのイマジンを歌いながら泳いだ。
1000回歌い終わると9時間45分泳いだことになる。
水温は29度。徐々に身体が冷え、体重が減っていく。
そして低体温症による嘔吐が始まった。
ダイアナは栄養を取り、泳ぎ続けた。
すると、目の前にインドのタージマハールが見えてきた。
素晴らしい光景だった。
その夜、ダイアナは、ほとんど泳げていなかった。
パートナーのボニーが近づいてきてこう言った。
「あの灯りが見える?」
水平線に灯りが見えた。ああ、朝が来るのね。ダイアナは言った。
「違う、あれはキーウエストの灯りよ」
あと、15時間。15時間なら、泳ぎ慣れた時間だ。
彼女は、ついにキーウエストの浜辺に立った。
水平線に手が届いたのだ。
ダイアナは、海水で腫れ上がった喉で記者団に最初にこう言った。
夢を、決してあきらめてはいけない。