2022年11月27日
新井奈生
名前 #6
古くから名前は
個人を識別する記号、という以上の意味を持っていたようで、
時に権力者においては
自分の意志を示す道具として使われた。
紀元前1300年代のエジプトの王、アメンホテプ4世は
神官たちから権力を引き剥がそうと新たな神を擁立し、
自らの名前をイクナートンと改名した。
イクナートンによる宗教改革は苛烈を極めたようで、
歴史の教科書に名を残すほどである。
名付けの瞬間、そこには意志の旗が立つ。
2022年11月27日
古くから名前は
個人を識別する記号、という以上の意味を持っていたようで、
時に権力者においては
自分の意志を示す道具として使われた。
紀元前1300年代のエジプトの王、アメンホテプ4世は
神官たちから権力を引き剥がそうと新たな神を擁立し、
自らの名前をイクナートンと改名した。
イクナートンによる宗教改革は苛烈を極めたようで、
歴史の教科書に名を残すほどである。
名付けの瞬間、そこには意志の旗が立つ。
2022年11月27日
名前をつける、という行為は
旗を立てることに似ている。
そこが新しい領域であるということを
人に知らしめることになるからだ。
ジャズ、ロック、ソウル・・・
20世紀の音楽は、交配を繰り返しては新しい名前がつき、
今ではまるで大樹のような樹形図になっている。
しかしどんな大樹も、始まりはひとつの根。
音楽は常に人の怒りや悲しみ、喜びが
こぼれ落ちた瞬間の音からできている。
2022年11月27日
数学や物理の世界において、
定理の名称は、人名に由来することが多い。
わかりやすく、合理的だからである。
が、中には異質なものもある。
「ガウス驚異の定理」。
なぜかこれだけ、実に主観的。
誕生の瞬間の、衝撃の大きさが窺える名前である。
2022年11月26日
昭和30年代。
冷蔵庫のない家庭が多かった時代、
牛乳は朝の配達時に1本だけ飲むものだった。
牛乳屋さんは考えた。
どうしたらもっと牛乳を飲んでもらえるだろうか。
そこで目をつけたのが銭湯だった。
当時大繁盛だった銭湯は、
最新の冷蔵庫を置いていた。
そこに牛乳を並べてもらうのだ。
朝の1本だった牛乳が、
夜に冷え冷えでもう1本。
この贅沢が喜ばれ、
牛乳は銭湯に定着していった。
〜今日はいい風呂の日〜
2022年11月26日
国際宇宙ステーションのお風呂は
水を使わない。
無重力の宇宙では、水滴は飛び散り、
精密機械を故障させてしまう。
そのため、宇宙でのお風呂はドライシャンプー。
わしわし揉みこみ、きれいに拭き取って、終わり。
目の前に広がる、青い水の惑星を前に
宇宙での入浴は
水の常識との戦いでもある。
〜今日はいい風呂の日〜
2022年11月26日
湯船は、かつてほんとうに船だった。
最初の湯船は
江戸時代、銭湯が普及していない
町外れに住む人々のために考えられた。
屋形船に浴槽を乗せて
江戸中の運河を巡る。
いわば移動式の銭湯だ。
お風呂上がりに川風で涼む。
その幸せな記憶は、やがてその文化が廃れても
名前として人々の元に残った。
〜今日はいい風呂の日〜
2022年11月26日
風呂敷の起源は、
お風呂にある。
室町時代。
足利将軍は大名たちをお風呂でもてなした。
その時他の大名と取り違えがないよう
家紋をつけた布で衣服を包んだのが
由来とされている。
お風呂上がりには、その上で着替え
文字通り敷物としても重宝された。
敷いてよし、包んでよし。
やがて銭湯の文化が花開き、
風呂敷は庶民の道具として浸透していった。
〜いい風呂の日〜
2022年11月26日
温泉旅館のお茶とお菓子には
おもてなし以外にも意味がある。
長旅で人の体は血糖値が下がる。
いきなりお湯に浸かると、湯当たりを引き起こす。
満腹状態でお風呂に入るのはよくないが、
あのお茶とお菓子程度はちょうど良い。
旅館に着いたら お菓子でほどよく血糖値を上げ
お茶で水分とビタミンを補給する。
体は温泉に浸かる準備が出来上がる。
それは存分にお湯を楽しんでもらうための
用意周到な作戦だ。
〜今日はいい風呂の日〜
2022年11月26日
香川県の一部には、
お風呂でうどんを食べる風習がある。
家を新築したら
年長者から順番に新しい湯船に浸かり、
うどんを食べてお祝いする。
その昔、お風呂がまだ貴重だった時代に
浴槽のある家を新築できるのはめでたいことだった。
そこで、祝い事で振る舞われてきたうどんを食べた。
病気にならず、太く長く生きられますように。
家族の願いとともに、その伝統は生き続ける。
〜いい風呂の日〜
2022年11月26日
野や山、或いは庭や畑にある季節のものを
お湯に浮かべ
湯気とともに立ち昇る香りに包まれる。
日本には湯に溶け出した四季を肌で楽しむ文化がある。
その風習を「季節湯」と呼ぶ。
1月は松の葉。2月は大根の葉。
3月はヨモギ、4月は桜の樹皮。
5月の節句は菖蒲、6月はどくだみ、
7月には桃の葉を浮かべ、8月の暑い盛りには薄荷・・といった具合。
炎症を抑える、殺菌する。
植物の性質を利用し、それぞれにはきちんと薬効がある。
その歴史は古く、弘法大師がはじめ、
人々の病を癒した、とも伝えられる。
江戸時代になると、銭湯文化が活発になり
お風呂屋さんは競ってその効能をアピールした。
その頃の銭湯は混浴。
風紀の乱れを危惧した幕府が混浴禁止令を出すと
人々は「これはただの風呂ではなく薬湯風呂だ」と対抗した。
そうして1200年以上愛されてきた季節湯は、
習慣として今に残る。
ちなみに11月の季節湯は、「みかん湯」
柑橘類の皮に含まれる精油成分により
体が温まり、湯冷めしにくくなる。
古くから「みかん湯に入れば風邪をひきにくくなる」と言われるゆえんだ。
11月26日の今日は「いい風呂の日」。
秋の陽に干したみかんの皮を湯船にうかべて、
1200年以上の長きにわたり、
今年も巡ってきた季節に想いを馳せる。
そんな夜長もいいかもしれない。
〜いい風呂の日〜