2022年06月25日

執筆者波多野三代

〜作家のLoveletter〜 ラフカディオ・ハーン

「小サイ可愛いママサマ。
ヨク来タト申シタイアナタノ可愛い手紙、今朝参リマシタ。
口デ言ヘナイ程喜ビマシタ。」

この可愛らしい手紙は、
ラフカディオ・ハーンが、妻のセツに宛てたもの。
英国から来たハーンの独特な話し言葉は、
「ヘルンさん言葉」と呼ばれ
セツはそんな彼の言葉を愛し、
日本の怪談を一つ一つ教えていった。

ハーンの書く、恐ろしくも怪しい話は、
夫婦の優しい言葉のやり取りで紡がれていった。

〜作家のLoveletter〜

2022年06月25日

執筆者波多野三代

〜作家のLoveletter〜 芥川龍之介

芥川龍之介は、妻となる塚本文へ
Loveletterを送り続けた。

プロポーズももちろん手紙で。
結婚が決まった時は、こんなことを書いている。

「文ちゃんは御婚礼の荷物と一しょに
忘れずに持つてこなければならないものがあります。
それは僕の手紙です。」

ふたりの手紙を一緒にして、いつまでも持っていよう。
そう願ってのことだった。

今はその手紙はほとんど残っていない。
「文ちゃん」が、自分のお棺に入れて
大事に持っていったから。

〜作家のLoveletter〜

2022年06月25日

執筆者波多野三代

〜作家のLoveletter〜 谷崎潤一郎

スキャンダラスな愛に身を焼いた文豪、
谷崎潤一郎。

生涯3度の結婚をした谷崎は、
3人目の妻、松子にLoveletterを送り続けた。
その内容が尋常ではない。

「一生あなた様に御仕え申すことができましたら
例えその為に身を滅ぼしても
それが私には無上の幸福でございます。」

一生あなたに御仕えしたい。
その言葉の通り、
二人は今も同じ墓に眠り続ける。
京都の法然院。墓石には「寂(じゃく)」の一文字。
仏教では、煩悩の炎も消えた悟りの境地、という意味だとか。

燃やし尽くした愛の炎。
満足ですか、先生。

〜作家のLoveletter〜

2022年06月25日

執筆者波多野三代

〜作家のLoveletter〜 小林多喜二

プロレタリア文学の旗手、
小林多喜二

貧富の差が激しい大正時代、
恋人だった田口タキは身分の差に悩み、
エリートである小林多喜二の愛を恐れた。

そんな彼女へ宛てたLoveletterには
こんな一文が綴られている。

「闇があるから光がある。
そして闇から出てきた人こそ、
一番ほんとうに光の有難さがわかるんだ。」

光と闇。
社会の矛盾を問い続けた作家が
終生愛し続けた女性へ、最初に贈った言葉だった。

〜作家のLoveletter〜

2022年06月25日

執筆者波多野三代

〜作家のLoveletter〜 シェイクスピア

ルネサンス期を代表する劇作家、シェイクスピア。
彼の作品の一つ「ソネット集」と言われる詩集は
Loveletterだったのではないか、と言われている。

この本には謎めいた言葉がある。
「このソネット集の唯一の産みの親であるW. H.氏に捧ぐ」
この人物が誰かは、いまだにわかっていないが
詩に繰り返し登場する「美少年」が、
この本を捧げられたW.H氏ではないかと言われている。

全154番ある詩のうち、18番から126番が、
この「美少年」への愛をうたっているからだ。

中でも最も有名なソネット18を戸所宏之の訳で読んでみる。

「君を夏の日に喩えようか。
いや、君はずっと美しく、穏やかだ。」

この詩は愛する人を輝かしい季節になぞらえ
その短さを、人のうつろいに重ねてゆく。
そして、こんな願いにも似た言葉で終わる。

「でも、君の永遠の夏を色あせたりはさせない、
もちろん君の美しさはいつまでも君のものだ、
まして死神に君がその影の中で彷徨っているなんて
自慢話をさせてたまるか。
永遠の詩の中で君は時そのものへと熟しているのだから。
ひとが息をし、目がものを見るかぎり、
この詩は生き、君にいのちを与えつづける。」

シェイクスピアは眩しいほどの憧れをもって、
そのひとを言葉の中に永遠に刻もうとした。

ちなみに、愛を伝える手紙に「Loveletter」という名前をつけた人物は
他でもないシェイクスピアだと言われている。

〜作家のLoveletter〜

2022年06月19日

執筆者熊埜御堂由香

雨のはなし 1 『晴耕雨読』

雨が降ったら何をしよう。

晴れていれば畑を耕し、雨が降れば本を読めばいい。
晴耕雨読というこの言葉は日本で生まれた熟語だ。

誰の言葉なのか由来が定かではないが、
明治中ごろの日本人の漢詩に出て来るそうだ。

悠々自適とも言い換えられるが、
晴耕雨読という言葉には
ただのんびりではない潔さがある。
どこか自然と人の営みの根源を
感じる。

雨が降ったら何をしよう。
まさに、これは究極の人生の問いだ。

2022年06月19日

執筆者熊埜御堂由香

Photo by Hasan Almasi on Unsplash

雨のはなし 2 『雨の匂い』

雨の日に、ふと、独特な香りを感じることがある。

雨の匂いは科学的に解明されていて、
降り始めの香りは、ギリシャ語で石のエッセンス
「ペトリコール」と呼ばれる。
ペトリコールは
雨粒が降り注ぐときに土や石から放出される
植物由来の香りだそうだ。

一方、雨上がりの香りは
ギリシャ語で大地の匂いという意味の「ゲオスミン」。
土の中のバクテリアなどによって作り出される有機化合物が、
雨によって拡散する香りで、
降った雨が蒸発し始めるときに匂いが強まる。

雨にもトップノートとラストノートがある。
次の雨が楽しみだ。

2022年06月19日

執筆者若杉茜

Photo by Ricky Rew on Unsplash

雨のはなし 3 『サマセット・モームの雨』

サマセット・モームの傑作短編小説、『雨』。

雨季のサモアを舞台に、
狂信的なイギリス人宣教師と、
同じ宿に滞在している女との関わりが描かれる。
女は毎晩のように客を取っており、
宣教師は女が娼婦であることを知って教化に乗り出す。

しとしとと降るイギリスの雨とは違い、
ときには恐ろしいほどの大音量で暴力的に降り注ぐサモアの雨。

小説には頻繁に雨の描写が登場し、
降り続ける雨は女を導こうとする宣教師の信仰や理性を
蝕んでいく。

物語の中の医師は言う。
「雨は、人を不安にさせ、恐れを抱かせるに十分なものだ」

雨は悲しみや悲しみに通じる美しさとして描かれることが多い。
だがときには、雨の持つ恐ろしさへと誘われてみるのも、
一つの楽しみかもしれない。

サマセット・モームの「雨」は1932年に映画化もされている。

2022年06月19日

執筆者若杉茜

Photo by *雪華

雨のはなし 4 『祈雨』

京都 神泉苑。
日本でもっとも古いお花見が行われたこの園遊の地は
雨乞いの祈祷が行われる霊場でもあった。

その始まりは824年、
日本中が日照りと旱魃に苦しんでいたとき
空海がここで祈祷を行い、
龍王を召喚して雨を降らせたのが始まりとされる。
平安時代の説話集に「祈雨日記」という項目があるほど
雨乞いは頻繁に行われていた。

憂鬱な雨の日がある。
しかし、乾き切った土に
雨の最初の一滴が降ることを想像するのは楽しい。

2022年06月19日

執筆者厚木麻耶

Photo by Julián Cárdenas on Unsplash

雨のはなし 5 『虎が雨』

虎が雨。
旧暦5月28日に降る雨のことをいう。

5月28日は鎌倉時代に起こった曽我兄弟の仇討ちの日。
遊女の虎御前は兄の十郎祐成の恋人だった。
十郎祐成は父の仇(かたき)を討ち果たしたものの
その場で斬り殺されてしまう。

悲しみにくれる虎御前の涙を雨に重ね、
この日に降る雨を「虎が雨」と呼ぶようになった。

旧暦の5月28日を今の暦に直すと6月23日。
虎が雨は梅雨の雨である。