2023年07月29日
波多野三代
〜夏の音〜 蝉の声
木々から降り注ぐ蝉の声。
だが、電話の相手には聞こえていない。
蝉の鳴き声は4000ヘルツ以上。
スマートフォンが再生できる音は3500ヘルツまで。
蝉時雨の真っ只中で話をしていても
電話の向こうの相手には
静かな場所からかけていると思われる音のマジックだ。
〜夏の音〜
2023年07月29日
木々から降り注ぐ蝉の声。
だが、電話の相手には聞こえていない。
蝉の鳴き声は4000ヘルツ以上。
スマートフォンが再生できる音は3500ヘルツまで。
蝉時雨の真っ只中で話をしていても
電話の向こうの相手には
静かな場所からかけていると思われる音のマジックだ。
〜夏の音〜
2023年07月29日
風鈴は、その昔魔除けだった。
奈良時代、風は災いを運ぶと信じられていた。
その頃中国からやってきたのが青銅製の風鐸。
仏教とともに渡ってきたその音色は風から邪気を払うと考えられた。
いつしか人々は、流行り病を運ぶ風が吹く頃になると
軒先に風鈴を下げるようになった。
〜夏の音〜
2023年07月29日
花火が上がる時の「ヒュー」という音。
あれは取り付けられた笛が鳴っている。
笛と言っても、人が吹いて鳴るものではない。
中に詰められた火薬から、
勢いよくガスが噴き出すことで高い音が鳴り響く。
「ドン!」と大輪の花が咲く前の一瞬の期待感。
そのためだけに、今日も笛は鳴る。
〜夏の音〜
2023年07月29日
雷の音は、氷から生まれている。
雷のゆりかごは、入道雲。
強い上昇気流がある雲の内部で、ひょうなどの大きな氷の粒と
雪のように小さな粒がぶつかりあう。
するとその摩擦で静電気が生まれる。
大きな粒にはマイナス、小さな粒にはプラス。
それらが瞬間的に放出されるのが、雷の正体だ。
夏の空に湧き上がる入道雲
その上空は氷の世界だった。
〜夏の音〜
2023年07月29日
鬱陶しい蚊の羽音。
撃退してくれる蚊やり豚は、なぜ豚なのか。
江戸時代、蚊をよけるために、
木や草を燃やした煙で燻していた。
が、木と紙でできた江戸の街に火は大敵。
そこで「火伏せの神」と崇められてきた
猪をかたどった器が作られるようになる。
やがて猪はまあるい豚になっていった。
〜夏の音〜
2023年07月29日
炎天下、汗をかいた冷たい瓶に
ビー玉が落ちる音が響く。
ラムネのビー玉。
その名前の由来には諸説あることをご存じだろうか。
ラムネの語源はレモネード。
日本に入り、なまって「ラムネ」になった。
そしてビー玉の名の由来だが、
これにはふたつの説がある。
一つはポルトガル語でガラスを意味する「ビードロ」が変化したという説。。
もう一つはABCのBという説だ。
ガラス玉で栓をするラムネの原理を発明したのはイギリスのハイラム・コッド。
当初、炭酸飲料はコルクで栓をしていたので、
隙間から二酸化炭素が抜けてしまっていた。
試行錯誤の結果、炭酸が出ようとする力を利用して
内側からガラス玉製の栓を押し上げる方法が考えられた。
少しでもガラス玉に傷や歪みがあればそこから炭酸は抜けてゆく。
なので「ラムネ専用」のガラス玉を作り、規格をクリアしたものを「A玉」と呼び、
合格しなかった「B玉」を、おもちゃとして子どもたちに売り出した。
それが広まった、というのだ。
今となっては確認のしようもないが、
眩い陽の光に透けるガラス玉を眺めながら
その由来に思いを馳せるのも悪くない。
ちなみに、ラムネを日本に持ってきたのはペリーだった。
ビー玉を押し込み、ポンと音が鳴った時。
お侍さんたちは鉄砲と間違え、一瞬刀に手をかけたそうだ。
〜夏の音〜
2023年07月23日
年に1度だけ開設される、郵便局がある。
南極の「昭和基地内分室」だ。
郵便料金は、日本国内と同じ。
年間約1000通の郵便物が差し出されるそうだが、
それが日本に届くのは、
南極観測船が往復する、年に1度だけ。
最も南にある、日本の郵便ポスト。
そこには、どんな手紙たちが届くのだろうか。
2023年07月23日
世界一短い手紙。
それは、ヴィクトル・ユーゴーが
出版社に送った手紙だと言われている。
便箋にたった一文字、
「?(はてなマーク)」のみ。
「レ・ミゼラブル」の売れ行きを心配して
送ったものだった。
出版社からの返事も一文字。
「!(びっくりマーク)」のみ。
「レ・ミゼラブル」は発売数日で売り切れとなり、
ヴィクトル・ユーゴーに莫大な収入をもたらした。
想いを伝える手紙。
長い文章は必要ないようだ。
2023年07月23日
『源氏物語』で有名な紫式部。
彼女は結婚してわずか数年で夫に先立たれた。
幼い娘とふたり、悲しみと生活の苦労の中、
彼女を励ましたのは物語の存在だったという。
当時は漢文や和歌こそが学問であり、
物語は女子供が楽しむものと見られていた。
それでも紫式部は
物語好きの仲間と文通をつづけ、
互いに意見をかわすことが
心の救いであり、喜びだった。
近づきにくい人にも、物語のためなら
つてを辿って手紙を送ったという。
彼女はやがて、好きが高じて物語を紡ぎ始める。
『源氏物語』の始まりである。
これが貴族の間で評判になり
時の権力者である藤原道長の目にも止まり、
皇后の元で働くきっかけとなる。
1000年前の、好きを語り合うための文通。
現代のSNSに通じる部分があるのが、おもしろい。
2023年07月23日
作家・遠藤周作の作品には、手紙の書き方の本もある。
タイトルはこう。
『十頁だけ読んでごらんなさい。
十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』
読んでみると、ユーモアたっぷりの文章で、
久しぶりに手紙を書こうかな、と思える一冊だ。
遠藤周作は、この原稿を入院中に書いた。
作者こそがお見舞いの手紙をもらう側だったのだ。
執筆のきっかけになるような手紙があったのかもしれない。