赤松隆一郎 2011年12月4日

悲しみの飴玉。喜びの飴玉。

       ストーリー 赤松隆一郎
           出演 赤松隆一郎

少年は今日も、
いつものように、
いつもの道を通って
二つの村を往復する。

彼は両手に籠を持っている。
しなやかな蔓草で編まれた
その籠の中には、
飴玉が入っている。

右手の籠には、悲しみの飴玉。
左手の籠には、喜びの飴玉。

悲しみの飴玉は、
悲しみの村で作られる。
悲しみの村の住人たちは、
悲しむことで生きていて、
目に映るもの、耳に聞こえるもの、
触るもの、感じるもの、すべてを悲しむ。
そして彼らは、悲しみの涙を流す。
流れた涙は、
地面に落ちたそばから結晶になり、
その結晶は、
村を吹き抜ける冷たい風を受けて
ころん、とした飴玉になる。
悲しみの村人はそれを、
少年の右手の籠にいれる。

もう片方、
喜びの飴玉は
喜びの村で作られる。
喜びの村の住人たちは、
喜ぶことで生きていて、
目に映るもの、耳に聞こえるもの、
触るもの、感じるもの、すべてを喜ぶ。
そして彼らは喜びの涙を流す。
流れた涙は、涙腺を離れた瞬間に結晶になり、
その結晶は、
涙を拭った村人の手の平で
ころん、とした飴玉になる。
喜びの村人はそれを、少年の左手の籠に入れる。

喜びの飴玉は、喜びの味がする。
それは、少年によって、
日の出とともに、悲しみの村に届けられる。
悲しむことしか知らない村人たちは
喜びの味がする、この飴玉を舐める事で、
喜びがどんなものなのかを知る。
しかし、そのことで涙を流すことはない。
彼らが涙を流すのは、あくまでも
何かを悲しむ時だけだ。

悲しみの飴玉は、悲しみの味がする。
それは、少年によって
日の入りとともに、喜びの村に届けられる。
喜ぶことしか知らない、村人たちは
悲しみの味がする、この飴玉を舐める事で、
悲しみがどんなものなのかを知る。
そしてもちろん、
そのことで涙を流すことはない。
彼らが涙を流すのは、あくまでも
なにかを喜ぶ時だけだ。

今日も少年は、飴玉を運ぶ。
悲しみの村と、喜びの村を往復する。
悲しみの村の大人たちは言う。
「私たちの涙でできた飴玉を、
 決して口に入れてはいけないよ。
 もしそれをしたら、
 お前は死んで、この世界から消えてしまう。
 お前がいなくなると寂しい。
 だから飴玉を舐めないでおくれ。
 そして毎日、この村に喜びの飴玉を届けておくれ。」

喜びの村の大人たちは言う。
「私たちの涙でできた飴玉を、
 決して口に入れてはいけないよ。
 そんなことをしたら
 お前は死んで、この世界を失ってしまう。
 お前にはこの世界が必要だ。
 だから飴玉を舐めてはいけない。
 そして毎日、この村に悲しみの飴玉を届けておくれ。」

少年は村人たちとの約束を守っている。
両手の籠にある飴玉を、
一度も口に入れることなく、
毎日、それぞれの村へと運んでいる。
でもそれはずっとは続かない。
彼が飴玉を口に入れる時が、
いつの日か、必ずやってくる。
いけない、と思いながらも
頭ではわかっていながらも、
その日の少年には
それを抑えることができない。

はっと気づいた時、
少年の口の中に、
悲しみの飴玉が一つある。
もちろんそれは、
少年が自分の手で、自分の口に運んだものだ。
悲しみの飴玉を舐めてしまった。
村の大人たちが言ったように、
僕は死んでしまうのだろうか。
この世界から消えてしまうのだろうか。
もしそれが本当だとしたら、
もう同じことだ。
悲しみの飴玉がまだ残っている口の中に
少年は、喜びの飴玉を一つ放り込む。
柔らかな舌の上で、
二つの飴玉を交互に転がす。
悲しみ。喜び。悲しみ。喜び。
そして気がつく。
二つの飴玉が、
まったく同じ味だと言う事に。

太陽が真上を通り過ぎる。
少年は空を見ている。
口の中はだいぶ前からからっぽだ。
彼にはもうわかっている。
籠の中の飴玉をいくつ舐めようが
僕は死にもしないし、消えもしないし
何も失ったりはしない。

そして、少年は歩き出す。
彼はもう村へは行かない。

この先、二度と行くことはないだろう。
歩いたことのない道に、ゆっくりと足を踏み入れながら
少年は新しい飴玉を一つ口に入れる。
それが悲しみの飴玉なのか、
喜びの飴玉なのか、
少年はもう考えもしないだろう。

その日は必ずやってくる。

出演者情報:赤松隆一郎 http://ameblo.jp/a-ryuichiro/


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