名雪祐平 2023年6月18日「滝の奥」

滝の奥

ストーリー 名雪祐平
   出演 遠藤守哉

俺はくたくただ。重力よ、倍になったか? ダルい。
飛行機を3回乗り継ぎ28時間、車で熱帯雨林の奥へ3時間、
そこから初めて乗る馬に揺られ、ようやっと、たどり着いた。
チリ南部、パタゴニア地域にあるウィロウィロの滝が
いま目の前に聳り立つ。これが見たかった。

滝はあくまで白く、美しく、ウエディングドレスのようだ。
でもね、永遠に新郎が現れず、立ち尽くす新婦にも見えた。
腹の底からの女の本音か、水音はドドドドと唸る。

疲れ切って、じーっと滝を見つめちゃダメだった。
滝が俺なのか、俺が滝なのか、感覚がバカになってきた。
いつのまにか世界が逆再生してて、水は滝壺から上へ向かって
“堕ちる”。

半年前。璃子の結婚披露宴で、事は起こった。
璃子が男にモテていたのか、あまり知らない。
男っ気のある話を軽々しくするタイプではなかった。
俺たちはよく二人で飲みに行ったが、男と女ではなかった。
すごく信頼できる仕事仲間だった。

フレンチレストランでの披露宴は、
80人ほどの招待客がそれぞれの丸テーブルに陣取っていた。
宴の中ごろ、テーブルごとに記念写真を撮影するために、
新郎新婦がこっちに近づく。
まばゆく揺らぐAラインのウエディングドレス。
璃子が白い滝を着ているようだった。
立ち上がった俺の隣りに、璃子がぴったり寄り添った。
ドレスのふわふわに、俺の右手が埋まった。
その時。璃子の左手の指がからんできて、ぎゅっと強く握られた。
白い死角の中で、俺も握り返した。
だって、そうするしかないだろうよ。
そのまま璃子のやつ、新郎と腕を組みながら、
何事もないようにカメラに向かって笑っていた。

つぎのテーブルへ去る璃子。ほどける指と指。
あれはなんだったんだろ?
おたがい、あの日の出来事について確かめることはしていない。
ふれてはいけない予感があって。
記念写真もどんな感情で見ればいいかわからなかった。

ふと我にかえると、西陽になっていた。
ほんのちょっと橙色がかったウィロウィロの滝が、
ドドドドと唸っていた。

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出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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