山本高史 2008年9月19日



タケシ

                      
ストーリー 山本高史
出演 岡田優

両親はきちんと見えるようだから、オレが生まれつき目が見えないというのは何か
のはずみだ。な-んにも見たことがない。そうして17年間生きてきた。「不自由な
思いをさせて」と親に悲しそうな声で言われたりしてきた。もちろんこれが自由だ
とは思わない。でも自分のできることはすべてできる。ギターも弾けるしね。チャ
ーハンくらいならひとりで作れる。いいことと悪いことを自分なりに判断もできる。
その限りにおいては不自由じゃない。自分のできないことが多いことを不自由と呼
ぶのならば、ぼくもそうだが目の見える人もそういうことだろう。同じだ。目は見
えないが耳や鼻はその分優秀らしい。小学2年生のとき友達の家のかすかなガス漏
れを発見したこともある。自分としては利口な犬のお手柄みたいでちょっと嫌だっ
たが、命拾いした仲間たちにはそれからしばらく「ゴッド」と呼ばれた。目が見え
なくて耳と鼻が少しいい人生がどういうものか、いいものか悪いものか他人の人生
と比較のしようがないのでオレにはわからない。いいも悪いもオレにはこれしかな
いんだから、満足も不満足もない。もしオレの目が見えていても、きっとそういう
ことだろう。
 ある日大ニュースがあった。オレの目が見えるようになるらしい。医学の輝かし
い進歩だ。両親はオレの手をとって、しばらく泣いていた。オレは生まれつきのこ
とだからあきらめていたのか、もしくはこれはこれで問題もなかったので見えるこ
とを激しく望んだことはなかった。しかしいいニュースに違いない。わくわくもす
る。これを喜ばなければ何を喜ぶべきか、って感じ。入院して手術して成功した。
あっけないほどだった。手術前は「怖くないですよ」とか「痛くないですよ」と吉
田先生や看護師の岡本さんにむしろ脅された。目の中にメスという名の刃物を入れ
るらしい。しかしオレはメスというへんな名前のヤツはおろか自分の目ん玉も見た
ことはないのだ。見たことないもの同士で彼らの言う恐怖をどう組み立てていいの
かも想像もつかない。そんな感じも含めて手術はあっけなく終わった。岡本さんが
言うには、吉田先生は名医で経過は順調だということだった。岡本さんは可愛い声
の人で、ハタチだと言っていた。オレはまだ17だから働いている女の人が年上な
のはしょうがない。体温とか血圧とかでカラダを触られると、正直どきどきした。
包帯というヤツで目の回りはぐるぐる巻きだったが、病院の中を普通にあちこちう
ろうろもできたし、もともと見えないからね、入院生活もイヤな感じじゃなかった。
 そしてメインイベントにしてクライマックス、目の包帯を取る日がやってきた。
オレとしては何が見えるということよりも、見えるという感覚はどういうものなん
だろということでアタマがいっぱいで、でも想像してみたところでわかるわけなく
まあいいか程度の気分でいたが、母親や岡本さんのほうが興奮していることは声の
トーンでわかった。テレビの感動ドキュメンタリ-にありそうな話だ。そのうちオ
レのまわりで、オレが最初に見るべきものは何であるかということが議論が始まり、
オヤジが「やっぱり自分の姿だろう、自分の存在をはっきり自覚できるから」と言
い、なんだよちょっと待てよオレはそもそもここに存在しているではないかという
ことを口にしようとしたが、まわりの連中は一気に納得したみたいでオヤジは満足
げに咳払いをした。
 「じゃあ始めます」とカウントダウンしかねないようなウキウキした声で岡本さ
んがオレの包帯を取った。さあゆっくり目を開けてだいじょうぶだよ」という吉田
先生の声でオレが自分の目で生まれて最初に見たものは、壁にかかった板だ。つる
んとしている。これが鏡というヤツか。ものや人を映すものと聞いたことはあるが
もちろん見るのは初めてだ。そしてつまりその鏡という板にへばりついているヤツ
がオレということになる。これが鼻か。穴はこういうふうに開いていたのか。以前
から目と鼻の位置関係はほぼつかんではいたものの、正確にはこういうふうになっ
ているのか。試しに口を開いてみた。なんだこの肉の色。なるほどそうかこういう
のを色というのだな。その奥は穴だ。こんなところに食べ物を放り込んでいたのか。
食べ物ってのは何なのかね。何だったのかね。固かったり軟らかかったり乾いてい
たり濡れていたり。そう思いながら、オレはガッカリしたし疲れた。オレは自分が
こんなに物体だとは思わなかった。食べ物と同じ物体だ。固かったり軟らかかった
り乾いていたり濡れていたり、何なのかねオレ。オレには想像力しかなかったから、
でも想像力は無限につながっていってオレを飽きさせることはなかったから、自分
は大きいも小さいもなく表わしようもないくらいとてつもないものだと思い込んで
いたけど、目の前のこの物体じゃあなあ。タケシという名前はコイツこの物体につ
けられた名前だ。オレじゃない。それにしても鏡。おまえ何映してんだ?ほんとお
まえつまらねえヤツだな。オレは鏡を叩き割りたい衝動を押さえるように目を閉じ
た。すっごく落ち着いた。

出演者情報:岡田優(劇団海亀の産卵)

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小野田隆雄 2008年9月12日



曇った鏡

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳       

              
空飛ぶ円盤みたいな形の、
古びた丸い金属の物体で、
表面に竜の絵が
描かれているモノ。
それが小学生の頃、
初めて昔の鏡を、
写真で見たときの記憶でした。
中学生になってから
あの竜の絵の裏側の面が、
ピカピカに磨かれていて、
そこにモノが映り、
鏡の役割を果たしていたことを
知りました。
遠い遠い昔、太陽をつかまえてひかり、
モノの姿を映しだす鏡は、
そこに神様が宿るものと考えられて
深く信仰されていたのだそうです。

石見の国、いまの島根県、
浜田市に近い海岸に
小さな漁村がありました。
松林のあいだに
家々が並び立ち、
白い砂浜を、のぞんでいました。
その砂浜から沖まで舟を出し、
トビウオをとることで、
村人たちは生きていました。
ところで、この白い砂浜に
飛箱みたいな形をした、
大きな岩がありました。
その岩の上に、
三歳の子供の背丈ほどの
石造りの社が、
ひっそりと建っておりました。
そして、この石造りの社に、
一枚の古い鏡が
まつられていたのです。

さて、この村に、すっかり腰も曲がり、
歯も欠けて、白髪になった老婆が、
住んでいました。
彼女は、まいにち、この岩山にのぼり、
社に水をそなえ、六日に一度は、
鏡をていねいにみがきました。
それが彼女の仕事でした。
七十年ほど前、この村は
大きな津波に襲われ、
まだ少女だった老婆を除いて、
みんな死んでしまったのだと、
村人たちは聞いていました。
「鏡が曇ると、この村に
 悪しきことが起こるのじゃ。
 だからの、わらわは、
 このように、磨くのじゃ」
老婆は、ときおり砂浜で遊ぶ子供たちに、
話しました。
子供たちは、みんな、彼女の言葉を
信じていましたが、
ただひとり、この村でいちばん大きな家の
ひとりっこ、ハヤテマルだけは、
いつも、うすく笑っているのでした。

それは、ハヤテマルが十一歳に
なった九月の中旬、
とうとう彼は
満月に近い夜に岩山に登り
うすく笑いながら、
石造りの社の鏡に、
イカの墨を塗りつけたのです。

翌朝、老婆は狂ったように
鏡の異変を知らせました。
「逃げよ。津波じゃ」
けれど、ハヤテマルの
いたずらを知っていた村人たちは、
笑うだけで、誰も逃げませんでした。
そして、その日は、何ごともなく
夜になり、月が高くなるころには、
村人たちは、みんな寝てしまいました。
ですから、海が月光をあびながら、
一枚の青い岩のように立ちあがり、
すさまじい勢いで、
村に襲いかかってくるのを、
知るひとは、いませんでした。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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一倉宏 2008年9月5日



こころを2で割った答は

                         
ストーリー 一倉宏                           
出演 久世星佳

ねえ…
どうしていまごろ そんなこと言うの?

まだ陽射しの残る9月の夕暮れ
あなたは青山のあの店で さよなら と言った
あれから私は… どうしたと思う?

パウダールームの鏡の前に立つと ふたりの私がいたんだ
くちびるを噛んで無表情な私と 涙をぽろぽろとこぼした私
どちらの私が ほんとうの私だと思う?
それから
石のように無表情な私は 外苑東通りを歩きはじめた
あなたの置き去りにしたものに 私は怒っていた
すべてが中途半端で 矛盾して 曖昧なままだった
結論のない 謎ときのない ミステリーのようだった
私が怒る理由は すれ違うひとの数よりも多いと思えた
あなたは確実に 犯人だった
臆病で ただ逃げまわる 情けない犯人だった

それから
涙のとまらない私は 外苑西通りを歩きはじめた
あなたの言ったことは ぜんぶ嘘に違いない
その証拠に あなたは一度も私の目を見て話さなかったから
いつもより小さな声で 真直ぐにことばを投げなかったから
だけど そんな薄弱な根拠に また涙がこぼれた
はじめて 愛している と言ってくれた記憶も
あなたは 横顔だったから

外苑東通りを歩く私は 無表情のままだった
復讐ということばさえ 胸に浮かんだ
あなたの罪状は 優柔不断のろくでなしだった
外苑西通りを歩く私は 涙がとまらなかった
どんなことでもするから 戻って欲しかった
私が死なない方法は それ以外にないと思った

外苑東通りを歩く私は くちびるを噛みつづけた
中途半端で 矛盾して 臆病な犯人に
私を共犯者にさえできなかった その弱さに

外苑西通りを歩く私は 泣きつづけていた
ぜんぶ嘘だと なんどもなんども考えた
携帯電話が鳴らないかと なんどもなんども確かめた

外苑東通りを歩く私は 怒っていた
あなたを 一生許さないと考えた

外苑西通りを歩く私は 泣いていた
死ぬまで 泣きながら待ちつづけるのだと思った

ねえ…
あれから私は どうしたと思う?
どちらの私が ほんとうの私だと思う?

それから ふたりの私は
桜田通りでタクシーを拾い 行く先を告げた

その夜 私はひとりで
怒りながら 泣きながら 
もう 決してあなたを愛していない私を 選んだ

それが… いまの私です

出演者情報:久世星佳 03-5423-5904 シスカンパニー

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張間純一 2008年8月29日



ふたつの日記

                     
ストーリー 張間純一
出演 三坂知絵子

アケミの日記 8月22日晴れ

早く夏休みにならないかな。
そう思っていた。
夏休みが来るまでは。
夏休みになったら
Mに会うこともなく
みんなにシカトされることもなく
トイレに落書きをされることもなくなると思っていた。

それはその通りだったけど
掲示板やプロフは学校がある時と
全く同じかそれよかひどいくらい。

見なければいいのに。
そう思うけれどどうしても見てしまう。
一度ケータイの電池を抜いて窓から投げてみたけど
3時間かけて探し出してしまった。

1つの掲示板の書き込みが途絶えると不安になって
Mが私につけそうなアダ名というかコードネームを
検索して別の掲示板を探す。

なんで自分の悪口なんかを
こんなに必死に見てしまうんだろう。
きっと確かめないと不安になるんだ。
そんな性格自分でもイヤになる。
でもそうまでして私は私の悪口を求めている。

夏休みなんて
なかったらよかったのに。

マリの日記 8月22日晴れ

早く夏休みにならないかな。
そう思っていた。
夏休みが来るまでは。

夏休みがすぎたら
このゲームはリセットされて2学期が始まるかも知れない。
それはそうかも知れない。
けどそうじゃないかも知れない。

だから私は夏休みの間もゲームを続ける。
Aには悪いけど
これはみんなが中学をなんとかやり過ごすための
掃除当番みたいなもの。

2年になったとき当番は私にまわってきた。
そのときAはいろんなことを私にした。

でもゴールデンウィークが明けたとき
なぜか立場が逆転した。
なんとなくみんなの空気がそうなったというだけの理由で。

いま、私はAが私にしたことを
そっくりマネしてAにお返ししている。

夏休みがすぎたら
このゲームはリセットされて2学期が始まるかも知れない。
でもリセットされたときに私に役はあるんだろうか。

今の役も当番も何の役もないなんてつらすぎる。

だから私は夏休みの間もゲームを続ける。

夏休みなんて
なかったらよかったのに。

出演者情報:三坂知絵子 http://www.studio-2-neo.com/

*2008年8月はオリンピック中継のため。番組は2回のみになります。

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山本渉 2008年8月1日



ある夏の日の出来事

                 
ストーリー 山本渉
出演 瀬川亮

それは気が狂いそうになるほど、暑い、暑い夏の日のことだった。

カーステレオから聴こえてくるラジオがCMに入ったとき、
営業車の古いカローラはゆっくりと踏み切りに入った。
前を進む自転車のタイヤが溝にとられるのを
眺めているうちに、遮断機が降り、行く手を遮った。
カンカンカン、というけたたましい音とともに。
ことの重大さに気づいたのは、猛スピードで迫り来る列車が、
助手席側のウインドウの先にはっきりと見えてからだ。
その瞬間、目の前に巨大なザリガニが現れて、遮断機をその真っ赤な
ハサミで二つに切り落とした。

なんとか踏み切りから抜け出した僕に、
そのザリガニは、ゆっくりとした口調で話しはじめた。
「私をお忘れですか?」
呆然とする僕に彼女は続けた。
「あの時、逃がしてくれたザリガニです。20年前ひょうたん池で。」

ひょうたん池。
それは子供のころ夏休みになると、みんなでザリガニ吊りに行った場所。
ひょうたんの形をしたその池の北側に、小川が流れ込むその場所が、
最もザリガニが集まる場所だと子供達は知っていた。
同級生はみんな捕まえた獲物を学校に持ち帰り、大きさ自慢をし合っていた中、
ただ純粋に昆虫と触れ合うのが好きだった僕は、捕まえて、形を確認すると
逃がしていた気がする。

「あなたの側にいて、あの時のお礼がしたいのです」
彼女の言葉とともに、僕達の奇妙な生活が始まった。
僕は彼女をザリエと呼び、一緒に買い物をしたり、誕生日にはレストランで祝ったり、
それは普通のカップルとなんら変わらぬ関係だった。
ザリエは、外ではすましているけど、家では甘えてくる。
いわゆるツンデレというやつだった。
そんな彼女が、僕は、ただただ、いとおしかった。
この生活がいつまでも続けばいいのに、そう思っていた。

二人の再会が突然であったように、
別れも突然やってきた。
ある日家に帰ると、ウォークインクロゼットの横に座り、
一枚の写真を握り締めザリエは泣いていた。

それは、数年前付き合っていた彼女と行った、御宿の伊勢海老祭りの写真。
笑顔で生の伊勢海老を頬張る僕の姿が映っていた。
付き合う前の事だという言い訳を始めたが、僕はそれを途中でやめた。
彼女の前で、それ以上言葉を発することはできなかった。

ザリエが家を出て、もう数年が経つ。
今でも街で、赤いコートの女性を見かけると、
彼女を思い出す。

そんなある日、
大量のダンボールを営業所に運んでいると、
底が抜けて商品が道に崩れ落ちた。
慌てている僕の前に、一匹の巨大メスクワガタが現れ、運ぶのを助けてくれた。
「私のことお忘れですか?」
彼女は、ゆっくりとした口調で話しはじめた。

それは、気が狂いそうになるほど、暑い、暑い夏の日のことだった。

出演:瀬川亮 http://www.y-motors.net/actor/segawa.html吉住モータース 

*2008年8月はオリンピック中継のため。番組は2回のみになります。

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中山佐知子 2008年7月25日



乗り遅れた左手は
                 
                
ストーリー 中山佐知子                    
出演 大川泰樹

                   
乗り遅れた左手はもう僕の手ではない。
差し出したのに繋いでもらえなかった手
振り払われてしまった左手は
もう僕のものではない。

さっきまで笑っていた左手は
生命線をまっぷたつにする傷口が開いている。
僕の心臓がドクンと打つたびに
ポタンと赤い血が流れ出す。

おまえはもう僕の左手ではないのに
どうして僕の血が流れるのだろう。
どうしてまだ
僕の心臓とつながっているのだろう。

おまえが僕の心臓を掴んでいるせいで
僕の目からも水がにじみでているが
どうして僕の目と
僕のものではない左手がつながっているのだろう。

乗り遅れた左手はもう僕の手ではない。
振り払われた手はもう僕のものではない。
僕は左手がなにをしたか気づいてもいなかった。

みんなおまえのせいだ、と
僕は左手に言う。
おまえは考える前に走り出す。
おまえは疑う前に信じてしまう。
犬のように追い払われ
やすやすと置き去りにされる。

僕のものではなくなったおまえは
捨ててもいい。
おまえのいない不自由さより
おまえのいない平安を選びたい。

朝になって
二本の線路も枕木も、
枕木を埋める無数の小石も高原の霧の底に沈むとき
僕の左手も沈んでいくだろう。

本当に早くそうなればいい。
そう願いながら僕は駅から遠ざかろうとする。

けれども僕の心臓はまだ左手とつながっている。
僕の目は僕のものでない左手と一緒に泣いている。
僕の足は勝手にまわれ右をし
いったん背を向けた駅へ向って走りだす。
そして、僕の右手は
僕のうっかりものの左手を
差し出して振り払われた左手を
僕の愚かさ、僕の無邪気、
いつも血を流して泣いている僕の油断を抱きしめる。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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