小野田隆雄 2008年3月14日



花盗人 
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

 
ひな菊と呼ばれる花があります。
ひなは、おひなさまのひなで
花の姿が、かわいらしいので
こう呼ばれるのだそうです。
春になると、菊の花の形をした
小さな花を咲かせます。
この花を
英語では、デージーと呼びます。

さて、テレビがモノクロだった頃の
お話です。

北関東の赤城山が見える小さな町の、
麦畑や竹やぶが続く
町はずれに
「お花病院」と呼ばれる病院がありました。
このお医者さまの庭には、
いつも季節の花が
こぼれるように咲いているのです。
周囲は白いペンキ塗りの板べいに囲まれ、
西洋ふうの二階建てで、
赤レンガの屋根には
かわいい風見鶏がついていました。

四月の、ある日曜日の午後、
男の子がひとり、
白いペンキ塗りの、板べいの
ふし穴から、じっと、
病院の庭をのぞいていました。
視線の先には、ピンクや白い
ひな菊の花が、
おしゃべりするように
咲いています。
彼は、じっと花をみつめています。
小学校三年生の彼は
花が大好きでした。
チャンバラごっこや竹馬よりも、
花を植えたり育てたりするほうが、
ずっと好きでした。
彼は、よく、この板べいのふし穴から
庭をのぞいていたのです。
でも、今日、ひな菊を
みつめているうち、
「あの花が欲しい」と
急に、思ってしまいました。

白いペンキ塗りの板べいの一ヵ所に
門がついていて、
「本日休診」の札がかかっています。
でも、鍵はかかっていません。
建物の中は、ひっそりしていて
ひとの気配もないようです。
屋根の上で、風見鶏が、風を受けて、
カラカラ、カラカラ、鳴っています。
少年は、息をころして
その門からしのびこみました。
はうようにして、ひな菊に近づき、
むしり取るように、盗みました。
それから、後もふりかえらずに
竹やぶの陰に向かって走りました。
竹やぶの中に入り、少年は、
ほっと息をつきました。
両手でつつむように、持っていた
ちいさなひと株のひな菊は、
まるで小鳥のように
息づいているようでした。
少年の爪のあいだには、
黒い土が、びっしりつまっていました。

少年は、ひな菊を、
自分の家のせまい花壇のすみに
ひっそりと植えました。
でも、ひな菊は、根づきませんでした。
一週間もすると、しおれていき、
五月になる頃には、枯れました。
ごめんよ、と少年はつぶやきました。
花を盗んだということは、
あまり、悪いとは思いませんでした。
枯らしてしまったことが、
とても、かわいそうに思えたのです。
その日から、少年は、
「お花病院」のお花畑を
覗き見ることを
やめてしまったのでした。
そして、いつのまにか花を見ることより、
野球が好きな少年に
なったのでした。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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一倉宏 2008年3月7日



春のニュース

                 
ストーリー 一倉宏
   出演 池田成志

春のニュースをお伝えします

目黒区の主婦が 自転車で 買い物からの帰り道に
ふと モーツァルトの「春への憧れ」をくちずさみました
また 練馬区では モンシロチョウが一羽
保育園の室内に迷い込み 園児たちの喚声をあびました
保育園では おひるねの時間 だったとのことです

つづいて
板橋区の公園で 写生に来ていた小学生が
落ちていた100円玉に気づき 近くの交番に届けました
100円玉は タンポポの近くで見つけたそうです

春のニュースをお伝えしています

都内の高校 専門学校 大学などでは 新入生たちを迎え
早くも 恋が芽生えはじめているようです
すでに カップルで下校する姿も見受けられ
例年よりやや早いペースで 恋の花も咲くと思われます

花咲く恋 といえば 散る恋も
入学 就職など 多くの若者たちが移動するこの季節は
出逢いの春 と同時に 別れの春 ともなる世の定めです

思い返せば この私も・・・ 高校時代の彼女と 
その定めを越えることができませんでした なぜなら
彼女は大学に合格して上京 私は地元で浪人することになり
「先に行って待ってるからね」 の約束も
「ごめん 好きなひとができました」と あっさり
ゴールデンウイークを待たず 散り果てたのでありました
お決まりのような どこにもよくある話ですけれど

そんな 春のニュースをお伝えしています

春の恋 といえば ネコたちにとっても
春は 恋のシーズンなんですね
「猫の恋」ということばがあって 俳句の歳時記では
ちゃんと 春の季語として採り上げられています

それと 関連があるのでしょうか
次のニュースは・・・

杉並区の 2才になるメスのトラネコが 
春の陽気に誘われたのか 外にでたまま一晩家に戻らず
飼い主を心配させていましたが 翌朝無事帰りました
とつぜんの無断外泊にも 本人はなにくわぬ顔でした

その他 ネコに関するニュースが増えてきています
スズメをつかまえた ガマガエルをくわえてきた など
困った事態も 各地から報告されていますので
この時期 外出するネコさんには くれぐれも
ご注意ください

以上 春のニュースをお伝えしました

出演者情報:池田成志 03-5827-0632 吉住モータース

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中山佐知子 2008年2月29日



海山の間には一本の川が

                      
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

海山のあいだには一本の川が流れ
山の思いを海にとどけていた。

海は太古の秘密を隠すために
1万メートルの深みに暗闇の場所を抱いていたが
山は自分のすべてを与えても
その深さを埋めることはなかったので
山の男はある日海の女をとらえて
自分の領土に封じてしまった。

それは海のすべてではなく
ほんの一部にしか過ぎなかったが
山の男は日々海の女を愛おしんで暮らした。

山に封じられた海は
1万メートルの暗闇の底を失ったかわりに
自分の秘密をすべてその瞳に隠して
二度と目を開けることはなかった。

そこで山の男は瞳を閉じた女のために
新しい名前を考えることにした。
女はもう海ではなく
「みずうみ」という名前で呼ばれるようになっていた。
断崖に噛み付く波もなく
硫化水素の毒を吐き出す洞窟も火山もなく
ただおだやかに静まった水があるだけだった。
山の男がそのまわりに
そびえ立つ樹々を牢獄のようにめぐらせると
男の思いをとどけるためにまた新しく川が流れ
水辺に咲く花や赤や黄色に色づいた木の葉を
女のもとに運んだ。

それは湖の底に堆積し
女は少しづつ自分の場所を男に明け渡していくことになった。

海は40億年という時間の堆積を持ち  
この星に生命が生まれた秘密をかかえて
いまも生きつづけているが
湖は通常数千年でその生涯を終える。
山の思いに埋め尽くされ干上がった湖は
木が生え草が茂って
ついには山に呑み尽くされてしまうのだ。

そうして
山の男は自分のものになった湖を
どれだけ滅ぼしてきたかしれないが
それでも山は海に向って
繰り返し繰り返し思いをとどけずにはいられない。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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佐倉康彦 2008年2月22日



ゆびきり

               
ストーリー さくらやすひこ
出演  深浦加奈子

 
指の美しい男だな、と思った。
それ以外は、たぶん何の取り柄もない。
その男の心根は、
もう随分とすり切れ、薄汚れていたし、
その面相も、
おおむね醜男の範疇に入るだろう。
男は、
世の中に不満を持ち続け、
今の自分を呪い、
まわりに不平を垂れ流す。
それにもまして
始末に負えないのは、
心を斜めにしたまま
優しい言葉を
時折、投げつけては
人を傷つけることだった。
「でも、好きなんだ」
許せないひと言。
ニセモノで、
おしゃべりで、
浮気で、
偽善者で、
卑怯で、
欲情の奴隷で。
見下げ果てた男。
あたしも他人を
とやかく言えるほど
品行方正でもなければ
眉目秀麗でもない。
そんなことは
これまでイヤというほど思い知らされてきた。
裏切るし、
狡賢いし、
見栄坊だし、
毒を吐くし、
物見高いし。
性根が腐ったあたし。
それでも、
男よりは
この世の中で息をすることが
許されるのではないかと思えてくる。
被害者と被害者、
加害者と加害者。
こんなにもいびつで不完全で、
醜悪なふたつの塊が
もがきながら
ひとつに結びつこうとするキセキ。
崇高でも神聖でもない、不器用な奇跡。
「でも、好きなんだ」
繰り返された二度目の言葉も
その行き先を見失ったようで、
男の指先は、
虚空で小さくゆっくりと
ただ揺れている。
はじめから
不変の愛なんて
誓えるはずもないのに。
その証にあたしの小指を切るなんて
できるはずもないのに。
もう、「ゆびきり」なんて
できないこと
わかっているのに。
あたしの目の前で組まれている男の、
その両手の、 
絡み合った指から目が離せない。
指の美しい男だな、
あたしは、まだ思い続けている

*出演者情報 深浦加奈子

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小野田隆雄 2008年2月15日



ひなげし公園にて
          

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

 
それは、五月のことでした。

公園の日曜日は
ひなげしの中に
うづまっていました。
ときおり、
花びらが散りましたが、
高く舞いあがっていく、
すこし小さい花びらは、
それは、やはり、蝶々でした。
見あげると、あちらこちらに
けやきの木があって、
風が、その若葉の茂みに、
勝手に自分の通り道をつくり、
その中を、サラサラと走って、
青く晴れた空に
帰っていくのでした。

時が水のように流れていきます。
子供たちは、アイスクリームを食べて、
なかには、ノースリーブの
ワンピースの少女もいました。
風車(かざぐるま)を売るおじさんの自転車は、
いつものように、公園のすみに。
編物をするおばあさんは、
中央のベンチに。
そして、若者がひとり
花壇の前のベンチに、
ぼんやりと、もう
二時間もすわっています。

若者は、今年、大学生になりました。
昨夜、友人のちいさな部屋に
五人で雑魚寝をしました。
男子、さんにん、女子、ふたり。
安いお酒を飲み、歌をうたい、
楽しく騒いだあとでした。

それは今朝の
明け方に近い時刻でした。
窓の外で雀が鳴き、
彼が眼をあけたとき、
彼を見つめている視線がありました。
彼女の視線は、何かを
耐えているように、動かずに
彼をみつめていました。
ほかのひとびとは、
軽い寝息をたてています。
せまいアパートの畳の上、
彼が手をのばすと
同じように彼女の手ものびて、
ふたりの、のばしきった指が、
二、三本、触れることが出来ました。
畳のひんやりする感触の上で、
ふたりの指は熱く、
部屋のすみで、コチコチ鳴る
目覚まし時計の音が、
触れあっている指と指の、
ふたりのドキドキする脈搏と
重なっていく。けれど、
けれど、声を出すことも、
体を動かす余地も、
ふたりの置かれた関係では、
なすすべは、ありません。

その時、誰かが、
あっ、いま何時だろ、と言いました。
ふたりは、もういちど見つめあい、
指をからませたあと、
視線も指も離れていきました。
ゆっくりと、
行きすぎる舟のように。
もう、出会うこともないように。
たった、それだけのことでした。

でも、指が離れていくとき、
「今日の午後、
 ひなげし公園で…」
彼女のささやきを、
彼は聞いたかと思いました。
いいえ、聞きたかっただけ、
だったのかも知れません。

公園のチャイムが
五時をつげました。
今朝(けさ)のことを、
僕はいつまで、おぼえているだろうか。
と、若者は思いました。
五月が終れば、
木々の若葉は、重い緑になるのでしょう。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

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岩崎俊一 2008年2月8日



よっちん

                   
ストーリー  岩崎俊一
出演    仁科 貴

よっちんが東京に逃げたという話は、ヒデオから聞いた。

2日前、よっちんはけんか相手にケガをさせた。
木屋町通りを、恋人の今日子さんと歩いていたよっちんは、顔見知りの
3人連れの男にからまれ、今日子さんの肩に手をかけた男の顔面に思いき
りパンチを入れた。男は倒れ、気を失った。

よっちんは、僕より4つ上の24歳だった。もともとは、僕の大学の同
級生であるヒデオの遊び仲間だった。
京都の街なかで育ち、小さいころから男女のやりとりや、大人の酔態を
見てきたヒデオは、僕よりはるかに世間に通じていたけれど、その何歳も
年上で、高校を中退したあと、いろいろな世界を見てきたよっちんの成熟
度は、僕の想像をはるかに越えていた。
気性は激しいけれど、よっちんはやさしい男だった。インテリであり、
熱かった。義に感じて無茶ばかりやり、そのあげく損ばかりしてきた。高
校をやめたのも、職を転々としたのも、ケンカばかりしてきたのも。
うわべしか見ない人は、たぶん彼をチンピラと呼んでいただろう。でも、
よっちんは、チンピラとはまったく次元が違っていた。
そのよっちんが、
「わし、ほれた女できてん」
と照れながら話してくれたのは、一年前だった。シマちゃんも、シマち
ゃんの店の大将も、明石焼きのおばちゃんも、喫茶店のマスターも、ヒデ
オも、僕も、よっちんのためにとてもよろこんだ。
それからしばらくして、よっちんは仕事に就いた。前からやりたかった
インテリアの会社に入ったのだ。もともと好きなことであった上、頭がよ
くて情熱家のよっちんは、その会社ですぐ頭角をあらわした。恋人のため
に働く男は強いと思った。もう前のように一緒に遊べなくなったヒデオと
僕は、ちょっとさびしい思いもしたけれど。

よっちんが東京に逃げたのには理由がある。
2年前に、彼は、やはりケンカで傷害騒ぎを起こしていた。その時は大
事にならずにすんだのだが「次、あると、まちがいなく実刑だから」と警
察に強く釘をさされていたのだ。
一年間、東京に行く。待っててくれと言うよっちんに、昨夜、今日子さ
んは泣いて怒った。
「なんでケンカなんかするんや。あんたは、ケンカしたらあかんのや。
あんたは人をなぐってるつもりかしらんけど、あんたのそのげんこつはな、
うちをなぐってるんやで」

結局よっちんは、東京に2年いた。京都の会社の社長が紹介してくれた
内装関係の店で働き、一人前の職人として京都に戻り、もとの会社に勤め
た。そして3年後独立した。騒動の元になったけんかは、男のケガも大事
に至ることはなく、事件にならずに終息したらしい。
でも、京都に戻ったよっちんに、今日子さんはいなかった。
よっちんが東京に行った3ヶ月後、今日子さんに新しい恋人ができたと
ヒデオから聞いた。それを聞いて、なぜか僕はとても傷ついた。胸がどき
どきして、そして痛かった。
大人になることは大変だと思った。ただ恋人を失うのではない。腕の中
にあった恋人を失う痛手に、大人は耐えなければならないのだ。

出演者情報:仁科貴 03-3478-3780 MMP

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