関陽子 2012年5月5日

変身

             ストーリー 関陽子
                出演 平間美貴

83、55、87。

え、すごいナイスバディですって?
うふふ、この数字にはちょっとした裏話があるの。
でも女が自分の話に酔うのはかっこ悪いものよね。
手短かに、お話ししましょう。

「必ず痩せるダイエットに、興味はありませんか?」
新宿で声をかけられたのは3カ月前。
3歳のときにはぷくぷく可愛いわね~とちやほやされた私は、
15歳のころにはデブリンと呼ばれてもニコニコ耐えていた。
28歳のいままで、
何を試したっていちども痩せたことのない筋金入りのデブリンだったの。

でも、その男は言った。
「そういう方にこそ、必ず痩せてもらえるシステムなのです。
 一度コースに参加しませんか?」
魔法のようなすーっと落ち着く声。
そうだ、私は、アヤリンで~す、デブリンで~す、なんて
ちっさいライブハウスでボケてる自分がイヤになっていたんだ。
「この世に必ず、なんかない、とお思いですか? 
 ありますよ。いま、ここに」
男は私の目をじっと見て、そっと囁いた。

数日後、私はとある施設に入った。
フルーの壁。ブルーのソファ。ブルーの部屋着。
落ち着く色の部屋に荷物をおろし、食堂へ向かう。私は男に聞いた。
「やっぱり断食ですか?」
「いえいえ、何を好きなだけ食べてもいいのです」
「え?」
「どうぞおなかいっぱい召し上がってください。
夕飯は麻婆豆腐とステーキと野菜炒めです。おいしいですよ」
どういうことだろう?
私は食堂の椅子についた。
そして、運ばれてきたお盆に目を疑った。
青い麻婆豆腐。青いステーキ。青い野菜炒め。青いごはんに青いお味噌汁。
目の前の食べ物は、すべて青かった。

そう、必ず痩せるダイエットとは、青いごはんしか食べないで過ごす、
ということだったの。
青は食欲をなくす色、それだけのこと。
そして、それだけのことで、私は3週間でなんと-28キロを達成したわけ。

え、そんなに痩せたようには見えない?
そう。
このダイエットのただひとつにして最大の欠点は
青くない食べ物がやたら美味しそうに見えて
ガマンできないことなのよねえ。

83、55、87。
あーあ。リバウンドするの、早かったなあ。

出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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大曲康之 2012年5月3日

昭和24年のある夜

         ストーリー 大曲康之
            出演 原金太郎

昭和24年のある夜、

国鉄鹿児島本線を走る普通列車のデッキの所に、
若い夫婦が立っていました。

若い母親は、赤ちゃんを抱いていました。
二人に初めて出来た赤ちゃんです。

夫は、つらい戦争から帰って来て、
なんとか日本国有鉄道に仮採用されたという立場でした。

炭水掛りといって、
蒸気機関車に石炭や水を補給する仕事です。

妻は、戦時中もずっと銀行の窓口に座っていました。

実は、母親にしっかり抱かれている赤ちゃんには、
すでに命はなかったのです。

「恵子」と名付けられたその赤ちゃんには、
生まれて一ヶ月で重い心臓病が見つかり、

「生きても3ヶ月くらいでしょう。」と、
お医者さんに言われました。

母親は、病院にいくつも行きましたが、
どの病院でも診断は同じでした。

もはや、神仏にすがるほかありません。
祈祷師さんに、お祓いもしてもらいました。

もはや母親は、精神錯乱みたいな状態です。

でも、残念ながら、お医者さんの診断は、
間違っていませんでした。

二人は、雑餉隈(ざっしょのくま)という街の
国鉄のアパートに住んでいました。

でも、そこでお葬式をする気には、
どうしてもなれませんでした。

夫の故郷は、
佐賀県の三養基(みやき)郡というところにあります。
二人は、どうしても、そこでお葬式をしたかった。

今と違って、クルマとか誰も持っていません。
列車で故郷に帰るしか、方法はなかったのです。

でも、国鉄では法律で死体を運ぶことを禁じています。
国鉄に採用されたばかりの人間が、
国鉄法を犯さなきゃいけない。

二人は、だから、周りに悟られないように、
デッキにずっと立っていたのです。

母親は、すべてを自分のせいにして、
ずっと自分を責め続けました。

その夜以来、
自分が好きなものを二つ断ちました。

お茶と、牛肉です。

そののち、2人の男の子が生まれました。
下の子が、僕ですが。

僕は、家で母親がお茶を飲むのを見たことがありません。
ご飯を食べた後も、自分だけは白湯を飲んでいました。

茶ソバも茶煎餅も、とにかくお茶の味のするものは、
すべて拒否していました。
お茶が隠し味になってたお菓子を、
口から吐き出したこともあります。

まあ、貧しかったので、
牛肉の方は、家で出て来なくても
何の疑問も感じませんでしたが。

「下の子たちだけは、せめて無事に生きて行きますように。」
という願掛けは、母親が86才になった今も続いてます。

彼女は、「美しく蒼きドナウ」という曲が大好きで、

「ヨーロッパに一回行ってみたい。」

とつぶやいていたので、
70才くらいの時に夫婦で連れていったのですが。

「パッケージツアーやから、
牛肉食べんとか言えんやろ。
もう、子供がどうなろうとお母さんの責任じゃないから、
解禁しなさい。」

と言って、なんとか食べさせました。

でも、旅行から帰って来たら、
お茶断ちと牛肉断ちを再開して、
いまだにやってます。

出演者情報:原金太郎 03-3460-5858 ダックスープ所属


 

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中山佐知子 2012年4月30日

橋のニュース

      ストーリー 中山佐知子
         出演 遠藤守哉

橋のニュースをお伝えします。
2011年11月
インドネシアのサマリンダでは
補修中の橋が落ちるという惨事がありました。

この橋は中国の支援で建設されたクタイ・カルタヌガラ橋で
通行中のバスやオートバイがも川に転落し
10人が死亡、33人が行方不明になっています。
水中でガレキの下敷きになった犠牲者もいた模様です。
建設後わずか10年で橋が落ちた原因については
設計、資材、施工すべての原因が取りざたされています。

橋は怖いものだ。
つくづくそう思います。

1850年、フランスのアンジェという歴史ある街で
突然吊り橋が落ちました。
500人の歩兵隊が足並みを揃えて渡っている最中のことでした。
橋と一緒に転落した兵士は487人、うち226人が亡くなっています。
原因を調べたところ
足並みの揃った行進の歩調に吊り橋が共振したためと判明しました。
共振というのはブランコをタイミングよく押してあげると
どんどん揺れが大きくなる、あの原理です。
揺れて揺れてついに限界を突破して落ちる。
500人の兵士たちは
自分たちが危険なブランコをを押していることも知らずに
勇ましく行進し、落ちて亡くなりました。

橋って本当に怖いですね。

同じ共振の例としては
アメリカ合衆国ワシントン州のタコマナローズブリッジがあります。
この橋はもともと無理な設計のために
風のある日はロデオのように揺れる危険な橋として有名でしたが
1940年の開通間もないある日、風速19メートルの風を受けて揺れに揺れ
まっぷたつになって落下しています。
このときは危険な状況になってから通行規制が敷かれたために
人間の犠牲者はなく
クルマのなかに置き捨てられた一匹の犬だけが犠牲になりました。

橋は怖いです。
それでもあなたは橋を渡りますか。

1879年
スコットランドのテイ湾にかかる鉄橋テイブリッジが
風速30メートルの風を受け、走っていた列車ごと落下しました。
名前が判明した死者60人のほかに
15人の身元がわからない犠牲者がでています。

それから8年後
落ちた橋から数十メートル上流に新しい橋が架けられました。
この橋はいまでも健在です。
さて、数年前のこと。
この新しいテイブリッジ、といっても建設されて120年にもなるわけですが
この橋の再生プロジェクトが組まれ
橋の鉄骨から1000トンではきかない鳥の糞をこそげ落としました。
1000トンという想像を絶する重さと量の鳥の糞は
クルマ1000台分の重さに相当します。
誰も通っていないときでも橋はクルマ1000台の重さを支えていたのです。
本当にお疲れさまです。

それにしても橋は怖い。
あなたはそう思いませんか。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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中山佐知子 2012年4月29日

日暮れどき、土手の上に

           ストーリー 中山佐知子
              出演 西尾まり

日暮れどき、川の土手に立つと
汽笛を鳴らして下流の鉄橋を渡る列車の音が聞こえた。
鉄橋は長く、汽笛もまた長い尾を引いた。

列車の向かう北の方角には遠い山並みが青く霞んでいた。
川は西から東に向って流れ
土手の道もまた東西に延びていた。
夕陽は西の山に沈み、カラスは南の山に帰っていった。
あの頃は目に見える景色だけが明るく開けた場所だった。
僕は鉄橋を渡る列車の行く先を考えたことがなかった。

日暮れどき
僕はよく土手の上にいた。
列車の音が広い空に消え、夕焼けの最後の光もなくなってしまうと
土手の道は暗く沈んで
鉄橋の手前に架かる橋の灯りが浮かび上がった。

僕はその橋を自分から進んで渡ったことがなかった。
橋の向こうは古くから開けた土地で、遺跡が多かった。
奈良時代には役所が置かれ、条里制に従って道がついていた。
古墳があり銅鐸が出土した。
僕のじいちゃんはその土地で生まれ
ご先祖のお墓も橋の向こうにあったのに、僕は橋を渡るのが嫌だった。

どうしてだろう。
どうして僕はあの橋を渡らなかったのだろう。

じいちゃんの若いころの武勇伝がある。
橋の向こうの名主の息子だったじいちゃんが
キツネに化かされた村人を助けたのだ。
それは他愛もない昔話だ。
けれどもその他愛のない話から浮かんだ風景は
提灯がなければ歩けないほど闇につつまれた道だった。
その道端にはつかむと手を切る草が生え、
田圃の用水路の草むらには蛇の目が光っているのだった。

そして、キツネは本当にキツネだったのか。
橋の向こうでは、人と人でないものが
あまりに近い距離で暮らしているように僕には思えた。

ある日、橋の向こうから学校に来ていた同級生のお父さんが死んだ。
隣のおっちゃんが突然狂って鎌を持って暴れ出し
それを止めようとして斬り殺されたのだという話が伝わってきた。
人が殺せるほど鋭く研ぎ上げた鎌…
その鎌を手にして自分の家族と隣人に襲いかかった隣のおっちゃんは
本当に人だったのだろうか。

じいちゃんはその土地を捨て、村を捨て
山も田圃も売り払ってキツネやタヌキや蛇の目と縁を切り町へ逃れ
若くして死んだ。
死んだときは家の軒先から火の玉がふわりと浮かんで空へ昇ったそうだが
たぶん古い土地の名前や
土地にしみついた2000年を越える人の営みの匂いや妄執や
人でないものとの近しい距離は
じいちゃんと一緒に空にかえっていったのだろう。

僕はすでに匂いの希薄な町で長く暮らし
夜の暗さや知らない土地への恐怖を忘れてしまったが
それでもときたま夕暮れの橋の灯りとその先の鉄橋の列車の音を
思い出すことがある。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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古川裕也 2012年4月22日

遺言

       ストーリー 古川裕也
          出演 大川泰樹

最愛の妻ジュスティーヌ。きみのおかげで幸せな人生だった。
「ありがとう」という言葉を君には数え切れないほど言ってきたけれど、
この「ありがとう」が最後の「ありがとう」になると思う。
おそらく、私は、1週間もしないうちに神に召される。
その前に最後の気力と体力を振り絞って、
君に言っておかなくてはならないことがある。
言うべきなのか、言わざるべきなのか。ずいぶん迷った。
そもそも、このことを君は知っているのだろうか。知らないのだろうか。
世の中の人は、まったく知らない。
その証拠に、私はかつて一度たりとも、
スキャンダルに見舞われたこともなければ、
それを公然の秘密として、周りに囁かれたこともない。
ごく一部の男の友人たち、ジャン・ピエール、パトリック、
ジャン・リュイ、フランソワ、ジャン・クロードだけしかしらない。

彼らは私の恋人たちだ。

子供の頃から、自分が女性を愛せないということは気がついていた。
ただ、わたしは必死に隠した。
君も知っての通り、私の家は厳格で
1ミリたりともスキャンダルを許さない家柄だった。
本当の自分を封じこめて暮らしているうちに、
私の中の、どうしても男性を愛したいと言う気持ちが
薄まってきたような気がした。
もしかすると、女性とも生きていけるのではないかという
希望のようなものが生まれた。
その頃、リシャール伯爵が紹介してくれたのが、
ジュスティーヌ、君だった。
わたしは、あの出会いを一目惚れだと思った。けれど、それは、
クラナッハが描く女性像を美しいと思うのと同じことだった。
君は、女性として、人間として素晴らしかった。
君との暮らしは楽しく充実していた。
プッチーニやドニゼッティのオペラへ行き、
タイユヴァンで、牛の腎臓、血のソースや、子羊の脳みそのフライを食べ、
気持ちよく晴れた昼下がり、君はヴァージニア・ウルフを読み、
僕は、フラン・オブライエンを読んだ。
ふたりともセックスには淡白なことを、神に感謝した。

ある日。
橋の上で、コンドームをもらった。

くれたのは、ジャン・ピエールだった。
私の最初の恋人であり、本当の私を呼び起こしてしまった男だ。
もはや隠してもしょうがないので、言っておくと、
私は、男という字を書いただけで、ジャン・ピエールという名前を書くだけで、
性的興奮を覚えてしまう。
ジュスティーヌ、申し訳ない。それが私の本性なのだ。

ジャン・ピエールは、正確に私のことを見抜いていた。
彼の告白とも誘惑ともつかぬ、
“橋の上でいきなりコンドームを渡す”という行為が、
ポピュラーなものなのかどうかはわからない。
ただ、ストレートすぎて、逆にユーモアがあり、
なぜか、ボードレールの“人工楽園”を私に思い出させた。
その後の4人、パトリック、ジャン・ルイ、フランソワ、
ジャン・クロードとの出会いでは、
私が、橋の上でコンドームを渡す側にまわった。
それから、病を得るまで、
私たちは、極くふつうの恋人同士としてつきあってきた。
誰にも知られてはならないという以外、極くふつうの。

楽しかったばかりではない。夜遅く帰って君の寝顔を見るとき、
大好きな“ドン・ジョヴァンニ”のツエルリーナの
アリアを聴いている君の横顔を見るとき、
自ら命を絶つべきではないか、その前に5人の恋人たちを殺してから。
と思ったこともあった。
それにしても、“密室の恋”と“未必の故意”はよく似ている。

やはり、こうして真実を最後に君に伝えてよかったと思う。
ずっと、言えなかった。
ほんとうに、申し訳ない。そして、ほんとうに、ありがとう。

ところで、先週、橋の上で話していた相手はジュリエットだね。
君の新しい恋人だね。
それまでの君の恋人は、時系列で
デルフィーヌ、フランソワーズ、イヴォンヌ、ステファーヌ、
そして、今のジュリエット。
この5人でまちがいないよね。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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平石洋介 2012年4月15日

戦場にかかった橋

        ストーリー 平石洋介
           出演 坂東工

ニューヨークのダウンタウンに、
エンジェルシェアというバーがある。

バーテンダーのシンゴは、その名の通り日本人。
ボクサーのような精悍な風貌、野心的な顔つきの若者だが、
ちょっと話せばわかる誠実で真面目な人柄、そんな彼目当ての客も多い。

銀座のバーで働いていたころ、腕を見込まれてスカウトされ、
世界で勝負してやろうとこの街へやってきた。

6年後、彼はついにチャンスをつかむ。
世界カクテルコンテストのアメリカ代表の座を勝ち取り、
26カ国の代表が競う本大会に出場することになったのだ。
そして各国を代表する強者バーテンダーたちを相手に準決勝を勝ち抜き、
8人で争う決勝に進出した。

決勝当日。戦いのルールはシンプルだ。1人の持ち時間は10分。
ステージにあがり、まず自己紹介、そして準備をはじめ、
カクテルをつくり、審査委員へサーブ、
さらに片付けを完了して、ステージを降りる。
10分を超えると大幅に減点され、その時点で優勝はなくなる。

シンゴの順番は、最後の8番目。
優勝候補のイギリス代表やオランダ代表をはじめ、
ライバル達の華麗なパフォーマンスを見ているうちに、
とてつもない緊張が襲ってくる。

ついに出番が来た。ステージにあがり、自己紹介を始める。
英語は得意ではない。それでも、自分が日本人であること、
渡米してからしばらくはビザの問題で日本に帰る事ができず、
家族に会えなかったこと。そしてあの大震災のこと。
必死に話しているうちに感情が高ぶり、
シンゴは不覚にも泣いてしまう。

気がつくと、もう5分以上が過ぎていた。
あわててカクテルを作り始める。
片付けを考えると、もう間に合わないかもしれない。
必死に作り続け、シェーカーを振り始めた時、
アナウンスが残り1分を告げた。

もうダメだ。でも最後までいいパフォーマンスを見せよう。
カクテルが完成した時、残りは30秒。
ステージを駆け降りて審査員にカクテルを配るシンゴの視界に入ったのは、
他の出場者たちが一斉にステージにあがっていく姿。
ちくしょう、時間切れか。。。

それでも審査員にサーブを続け、最後のユズの皮を絞り、
ステージに戻ったシンゴは、おもわず自分の目を疑った。
他の7人の出場者達が、
シンゴのために片付けを終わらせてくれていたのだ。
電光掲示版は残り15秒で止まっている。間に合った。
彼はただ立ち尽くしていた。涙が止まらなかった。
観客の多くも泣いている。
大歓声と鳴り止まぬ拍手。

何より勝つことにこだわっていたシンゴだったが、
もう勝ち負けはどうでもよかった。ニューヨークの予選、
アメリカ大会、そしてこの世界大会の最後の最後で、
こんな幸せな体験ができた。もう満足だ。

あれから数ヶ月。
ダウンタンのバー、エンジェルシェアで、
今夜もシンゴはシェーカーを振っている。
忙しく立ち働く彼とは、なかなか言葉を交わせないかもしれない。
英語が得意じゃないから、というわけではなく、
世界一に輝いたバーテンダーのカクテルを目当てにくる客が増えたからだ。
優勝おめでとう、と彼に声をかけたら、シンゴはちょっとはにかんで、
こう答えてくれるだろう。

「ありがとうございます。でも僕はチャンピオンなんかじゃなくて、
 良い仲間に囲まれたラッキーボーイなんですよ。」

出演者情報:坂東工 BIRD LABEL所属

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