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中山佐知子 2018年6月24日

祖母の嫁入り

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

祖母の嫁入りは雨の日だったそうだ。
朝からパラパラ降っていた雨が上がって
雲の切れ間から日が差しはじめた頃、
花嫁行列はやっと出発した。

祖母は黒い紋付の大振袖で
昨日まで三つ編みにしていた髪を島田に結い、
初めてさした紅に緊張していたと笑う。

ご近所の人に見送られ、人力を連ねて峠を越えたが
初めて乗ったその人力が恐ろしく
歩くと言って叱られたそうだ。

そのうちまわりを見渡す余裕ができると
雨に洗われた山道の様子が目に入ってきた。
ホタルブクロの花は揺れてシャラシャラ鳴りそうで、
山法師は風車になって飛んで行きそうで、   (かざぐるま)
くるくると丸まったシダの若い芽は歌の音符のようで、
まだ少女の花嫁はすっかり嬉しくなってしまった。

茂みの中からはヤマユリが頭ひとつ背伸びをしていたし、
少し開けた場所には
イチヤクソウが小さな金平糖のような花をぶら下げていた。

山もそういう時期なんだ、と祖母は思ったそうだ。
自分の身に引き換えてのことだった。
山の木も草も秋の実りの準備をはじめている。
自分も同じだ。
今日がそのはじめの日なのだろう。

湿った崖に岩タバコの花があった。
ところどころにミツバツツジの花が散っていた。
いい日だった。美しい日だった。

やがて峠の道は尽き、
ひらけた村里に大きな門構えの家があった。
ずっしりと重みのある家だったが
玄関も庭に面した座敷の障子もすべて開け放たれ
笑顔でやってきた花嫁をこころよく受け入れた。

それから70年余り、祖母はまだその家で暮らしている。
ほがらかで孫たちに人気があり
いまでも一輪挿しに山の花をいけている。



出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2018年6月17日

雨の来た方向

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

ぷつ、ぷつ、と窓をたたく音がするので
外光透過モードに切り替えると、
雨が見えた。窓辺に寄り空を見上げる。
風に軌道を曲げられながら遥かの高みから
きりもなく落ち続ける水滴の運動。
そういえば。地位、価値、評判。
そういったものがより望ましい状態であることを示すために、
地位が「高い」、価値が「高い」という表現をしていた時代があった。
考えてみれば不思議だ。
地面から垂直方向へより離れた状態をさす言葉がなぜ「よい」という意味を?
太古の時代には、雨や太陽の光といった農作物を育てる恵みが
「上」のほうから降ってきたからだろうか。
そこから「上」すなわち「よきもの」という感覚がうまれた、
というのはありそうな話だ。

人間にとって上空というものがとりたてて憧れを呼ぶものでなくなって久しい。
おそらくは、月や火星といった遥か我々の頭上にある場所が、
資源採掘の対象となり、
劣悪な労働環境の象徴とされるようになってからだろう。
現在地球上の人間は一般に「善い」「正しい」という意味をもつ言葉として
「screeny」という言葉を使うが、
その語源は「スクリーンでしばしば見られる、
スクリーン映えする」ということだったようだ。
それも、ある特定の価値観を反映した言葉である以上、
また変わっていくのかもしれない。

雨は、降り続く。おそらく、あと3週間はやまないだろう。
空気の中に湿りが充満していき、
肌との摩擦が少なくなる。自分と外との境界が少しだけ曖昧になる気がする。
これは、好きな気分だ。
とても、screenyだ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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張間純一 2018年6月10日

「雨の日のアドバイス」

    ストーリー 張間純一
      出演 桜岡あつこ

とても気になっている人がいて
恋人にどうかもうひとつ決めてが欲しいと悩んでいるとしたら、
雨の日の映画館に誘うのがよい。

正確に言うと、
天気予報を見て、
途中で降り出しそうな時間帯の映画に連れ出すのだ。

もちろん、予報のことは告げずに。
自分は折りたたみ傘をカバンの奥にしまって。

映画を楽しんで、外に出たら相手がどういう顔をするか見てみよう。

「あ、雨」

というひと言は、どういう人か知る手がかりになるだろう。
予想外のことを、楽しめるのか、困惑するのか、
そのときどういう表情をするのか。
ひょっとすると、天気予報を知っていて予想外じゃないかもしれない。
だとすると、どう反応する人なのか。

「あ、雨(喜)」
「あ、雨(怒)」
「あ、雨(哀)」
「あ、雨(楽)」

次はどう行動するかだ。

この雨を知らなかったら。
濡れない道を探す人かもしれない。
近くのコンビニに傘を買いに走る人かもしれない。
それをいっしょに楽しむのもいいし、
用意していた折りたたみ傘を取り出してふたりで入るのもいい。

この雨を知っていたら。そして傘を用意していたら。
自分の傘を出すのはワンテンポ待とう。
その間にその人は何か行動するはずだ。
もしくは行動しないはずだ。
そのあと、傘に入れてもらうのもいいし、
自分の傘を出してもいい。

近くの喫茶店やご飯やさんでひととおり映画の話をし終わるころには
その人が、
どのくらい用意周到な人なのか
どのくらい予想外のことを楽しめる人なのか
困ったときにどういう行動をとるのか
そして、どのくらいの親密さをその人と持ちたいのか
気づいているはず。

そうしたら、もう一度雨の話をしてみよう。
かならず、試すようなことをしたことを謝りながら。
その時の対応もまた、その人がどういう人かを知らせてくれる。

もし、ちょっとでもトラブルになりそうなら、
このラジオにそそのかされたことにしてください。
東京コピーライターズストリートのテーマが雨で
困ったコピーライターが変なことを書いた、って。

でも。
多少怒ったって、困惑したって、逆に楽しんだって、
きっとうまくいきますよ。

ふたつの意味で、雨降って地かたまる。です。



出演者情報:桜岡あつこ 03-6435-4353 懸樋プロダクション

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正樂地 咲 2017年6月3日

「 毎秒400粒 」

     ストーリー 正樂地 咲
       出演 清水理沙

コンビニで 意地でも 
傘は買わない主義
かわりに買った からあげくん 
 
毎秒400粒の
水のしずくが わたしのうえ
躊躇もなしに 降ってくる
しとしと しとしと 降ってくる

へなちょこパーマの髪のうえ
のびたグレーのパーカーのうえ
履き古したスニーカーのうえ
1粒 1粒  降ってくる

ああもしも このしずく
レモン だったらどうだろう

目にはいったら すんげえ痛い
口にはいったら ちょっとすっぱい
濡れたパーカー いいにおい
初めてのキスは レモン味

体育のあとの 女子たちは
エイトフォーのレモンのにおい
手洗い場には レモン石けん
隠れて見てた くりいむれもん

わたし あれから 成長してない
ちっとも なんの 芽もでてない
どれだけ 水をくれたって
ただただ そこが 濡れるだけ

ああ 
毎秒400粒のしずくたち
わたしになんか 降ってる場合か

もしもわたしが しずくなら
あのアイドルの 胸の谷間に 
一直線に迷わずダイブだ

わりと濡れてる からあげくん
最初のいっこ 口にする

おい誰だ 
勝手にレモン しぼったやつは



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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中山佐知子 2018年5月27日

勝負

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

彼にはもともと浪費癖があった。
不自由のない暮らしができるほどの収入はあったが
金が入るとすぐに使ってしまう。そして借金をする。
次の収入は借金の返済にあてられ、
生活のためにまた借金をする、そして浪費をするという
借金と浪費のスパイラルだった。

40歳を過ぎて若い女と駆け落ちをした。
いや、駆け落ちをするつもりだった。
女を先にパリへ向けて立たせ自分は後から行くつもりだったが
途中で立ち寄ったドイツの町でルーレットにのめり込んでしまった。
ビギナーズラックで最初に1万フラン儲けたのが原因だった。
彼が4日間ルーレットばかりやっている間に
女はパリで新しい恋人をつくっていた。

その後も彼はギャンブルをやめなかった。
相変わらず借金の返済に追われていた。
悪質な出版社ととんでもなく不利な契約を結んで借りた金まで
ギャンブルですってしまった。
もう後がない。そんな状態で彼は長編小説を1本書いた。
2本めは口述筆記で仕上げた。
そのとき彼の言葉を文字にした20歳の女学生は
彼のプロポーズを受け入れたが、
新生活がはじまると間もなく、
花嫁は自分の道具をすべて質に入れる羽目になった。

結婚しても彼は相変わらずギャンブルに耽っていた。
無一文になっては、これが最後と言いながら妻に金をせびった。
そして妻からもらった金は当然のようにギャンブルに消えた。
彼がいつものように一文なしになったとき、
妻に書き送った手紙がある。
 
 わたしは自分の仕事、つまりこの勝負について、
 少し詳しく説明する。わたしはもうこれで二十度も、
 ルーレット台に近寄るたびに、こういう実験をしたものだ。
 もし冷静に、落ちついて、はっきり胸算用しながら勝負をしたら、
 負けるなんてことは絶対にあり得ない!

しかし彼は負け続けた。
最初は勝つことがあっても負けるまでやめないのだから
最後には一文無しになるに決まっている。
若い妻はそんな彼のギャンブル狂いを
手のほどこしようがない病気だとあきらめて彼を支えた。

彼は手紙で勝負が仕事だなどといっているが、
偉大な作家でもあった。
彼の名前は
フョードル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキーという。



出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2018年5月20日

日暮れに

       ストーリー 直川隆久
          出演 地曵豪

バスが、古い工場と団地の並ぶ寒々しいエリアにさしかかり、
角を曲がった。
夕日の赤い光が窓から入り込む。
そのとき、「あの」と、隣に座っていた黒いスーツ姿の乗客が
僕に声をかけた。
男は、50代くらいに見えた。
こちらに体をむけると、首元が緩められた白シャツと、
脂の浮いた黄色い顔が目に入った。
「次が、白鳥団地1丁目ですか」と男は僕に尋ねた。
そうですね、と僕は答える。
男は「ああ…」と声をあげ、両手で顔を覆った。
しばらくそうしていたが、やがてその手の指の間から、声が漏れた。
「今から…今から引き返してはくれないでしょうね」
そして、長々しい溜息を吐いたあとで、顔を覆う手をはずし、
乾いた調子で「君は、高校生?」と訊いてきた。
僕は、そうだと答えた。
「そう…」男は、それだけ言うと、窓の外を見た。
工場を囲む植栽の単調なパターンが窓外を流れていく様子を、
男はしばらく目でなぞっていたが、ふいにまた口を開いた。
「言っておこうと思うんです…
ひょっとすると、君は、ぼくが話す最後の人間になるかもしれないから」
僕は意味がわからず、はあ、としか答えられない。男は続ける。
「ぼくはね、これから、白鳥団地1丁目で降りるんです。
そこで、ある車がぼくを迎えにくる。
ぼくはその車に乗って、また別の場所に連れていかれる。そこでぼくは…」
男は、口の中が乾いたのか、
舌を口蓋にすりつけて唾液をしぼるような仕草をした。
にちゃりと音がする。
「そこで、ぼくはある勝負をするんです。それに勝てば、
 戻ってくることができる。でも負ければ…」
そこまで言うと、男はぼんやりと呆けたような顔で黙ってしまった。

ぼくは、しばらく前からチキチキという音が
間断なく続いているのに気付いた。
見ると…男が、ポケットの中で落ち着きなく手を動かしている。
チキチキ…チキ。
カッターの刃を出したり入れたりする音だ。
チキチキチキ。
出す。
チキチキチキ。
戻す。
それが、繰り返された。
そして、男の声がまた聞こえた。震えている。
「引き返すチャンスは何度もあった。なのに」
男は目から涙を流し、小刻みに体を震わせていた。
嗚咽をこらえきれずに、男はポケットから抜き出した手を口元にあて、
その肉をかみしめた。四角い歯が、肉にめり込んでいく。
そして、急にがくりと体の力が抜けた様子で、
座席に、さらに一段と深く沈み込んだ。
男は、こちらを見、また話しかけてくる。
まっすぐにこちらを見て。だが、その視線は、
僕というより、僕をつきぬけて、
僕の背後に茫漠と広がる空間へ向けられているようだった。

「言っておくよ。森の奥へ入るときには、
 帰り道にかかる時間も計算に入れとかなきゃいけない。
 まだ大丈夫、まだ大丈夫と、引き返すのを先延ばしにしていると、
 もう、日 暮れまでには絶対に戻れないところまで進んでしまう。
 森の中で日が暮れてしまったら…」

そこから先は、男の声は小さくなって、聴き取れなくなった。
動かない視線の下で、口が小刻みに動き続ける。

僕は、男に声をかけた。
あの、もうすぐ白鳥1丁目のバス停ですけど。
男の口元の動きが、とまる。
僕は続ける。ひょっとして、警察とかに知らせたほうが。
だが男は腕を伸ばし〈降車〉のボタンを押した。
〈つぎ、とまります〉の表示が灯る。
「手遅れなんだ」と、
男はゆらりと立ち上がりながら、力なくつぶやいた。
「もう、日は暮れかけてるから」
バスは、ほどなく止まった。運転手がバス停の名前を繰り返した。
男は、乗降口にむかって、歩き出した。
小銭を運賃箱に入れ、ステップを降りる。
薄暗くなりかけたバス停の周囲には、人通りもない。
バスが発車する。
男の姿が小さくなり、やがてバスが角を曲がって完全に見えなくなった。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

 

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