「鬼門」
えー、くだらない噺を一席。
近頃では何かとAIだ、バーチャルリアリティだと、
とかくデジタルの世界が騒がしくなっておりますが、
毎度お馴染み、八っつぁん、熊さんの住むお江戸が、
仮想空間にバーチャルな環境として作り上げられる時代も、
そう遠くないのかもしれません。
おーい、熊さんてえへんだ。
なんでえ、八っつぁん。かみさんが川にでも落ちたかい。
そんなことになったら川が雪隠詰めで大洪水だよ。
ちがうんだよ熊さん、
大江戸バーチャルスケープのセキュリティゲートが
クラックされて、てえへんなんだよ。
おおそりゃまたてえへんだ。
八丁堀のゲートキーパーが居眠りでもしてたのかい。
それがどうやら同心レベルのセキュリティプログラムに
致命的な欠陥がみつかったらしい。
そりゃまた物騒だね。どうして今までわからなかったんだい。
それがまた粗忽な話でね、
スケープを立ち上げた時点でアセンブラに
成長型のAIクロウラーが書き込まれてたらしくって、
そいつの脆弱性がコンバージェンスの度に、
少しずつコラプション起こしてたってんだから、しようがねえ。
なんだいそりゃ、粗忽だねえ。書いたやつ呼んできやがれ、
俺がそのツラ書き直してやる。
それで火消しの連中は何してるんだい。
いろは四十八組総出で当たってるが、
相手は火事じゃねえ、ばけもんだ。
越後屋のでっちの方がまだ役に立つって話だよ。
なんでえ、たよりねえ。ばけもんったって、
たかがローカルのマルウェアだろう。
大騒ぎするようなことかね。
それが熊さん、そうでもねえんだ。
与力も腰抜かすほどのガウリレベルの敵性ジャーゴンらしい。
さながら通りは百鬼夜行、触れるもの皆、
ばったばったと量子崩壊さ。
これで大江戸バーチャルスケープ3000年の泰平も
一貫の終わりかと思ったそのとき、現れたのが鍾馗様よ。
おうおう、鍾馗様ってぇと、端午の節句の、あの、鍾馗様かい?
ご名答、まさに鬼より怖い鍾馗様のご降臨よ。
身の丈10間にもなろうかって、大入道が通りにいきなり降って湧いて、
魑魅魍魎をばったばったとプランクレベルまで分解し始めた。
その姿が、まるで鍾馗様そっくりだったって話よ。
そりゃあ妖怪どもも度肝抜かれただろうに。
おかげで百鬼夜行もどこへやら、通りに転がるのは、
ぼてふりでも踏み潰せる程度のジャンクウイルスばかりとなりにけり、
ときたもんだ。
さすが鍾馗様。
しかし八っつぁん、その鍾馗様そっくりの大入道は一体全体、何者なんだい。
このお江戸スケープじゃ、
5間を超えるサブスタンスは認可されちゃいねえはずだ。
それが熊さん、えれえ話で。
安楽寺に逗留中の謎の坊さまの話を聞いたことはねえかい。
ああ、2、3ヶ月前に寺の前で行き倒れてるのを、
安楽寺の和尚が見つけて以来、世話してるっていう、あの坊さまかい。
その坊さまが、実は、アルファケンタウリ星系からやってきた、
未知の知的情報生命体だったってのが、もっぱらの噂でね、
その知的情報生命体が、鍾馗さまの正体だったらしい。
お江戸の危機と見るや否や、
そいつが江戸スケープのグランドプロトコルをぶちぬいて、
巨大化したって話だ。
そりゃまた奇想天外な話だね。なんでまたそんな宇宙人みたいなやつが、
お江戸の危機を救ってくれたんだい。
宇宙人にも、一宿一飯の恩義ってやつがあったんだろうよ。
強力なバーチャルナノマシンを撒き散らして、
妖怪どもを一網打尽にしたあと、煙みたいに消えちまった。
しかしまあ、敵性ジャーゴンウイルスには、不運なこった。
そこだよ熊さん。敵性ウイルスがこじあけたセキュリティゲートは、
安楽寺の真裏、鍾馗様が睨みを効かせる、うしとらの方角だ。
それがどうしたってんだ。
つまり、敵さんにとってはゲートはゲートでも、鬼門だったってことよ。
お後がよろしいようで。
出演者情報:遠藤守哉はフリーになりました。