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岡野草平 2012年9月9日

俺のなでしこジャパン

         ストーリー 岡野草平
            出演 岡田優

なでしこジャパンの選考にもの申したい。
ワールドカップ優勝、オリンピック銅メダル。
サッカーの結果からいえば文句のつけようがない。
でも、なでしこって、大和撫子でしょ?
ここはひとつ、美しさだけで
11人を選んでみようじゃないか。

まずフォワードから選ぶとしよう。ツートップの一角に、
圧倒的な攻撃力をほこるストライカーとして沢尻エリカを。
彼女には多少のラフプレーも辞さない
往年のロマーリオのようなプレーを期待したい。

そして、もう一角には高さが必要だ。
候補は3人いる。
長澤まさみ(168センチ)
新垣結衣(168センチ)
松島菜々子(172センチ)
おおいに迷うところだが、
ここは松島のベテランとしての経験に賭けてみたい。

次は中盤だ。
まず司令塔。日本の10番を背負う訳だから、ここは重要だ。
綾瀬はるか、か、北川景子なんだが、悩ましい。
本田か、香川どっちを真ん中するかぐらい悩ましい。
が、ここは綾瀬はるかで。
北川景子には左サイドに回っていただくことにしよう。

AKBから1人ぐらい選んだ方がいかなとも思うので
とりあえず、右サイドに小嶋陽菜。
ここは、だれでもいい。まえあつでも、大島優子でも。

あとは、守備的なミッドフィルダー。ボランチである。
ここは絶対的な安定感が欲しい。向こう10年は任せられるような。
そうすると、竹内結子しかいないでしょう。

守備は、4バックで。
サイドバックは運動量が豊富な若手がいい。
若手で元気といえば、剛力彩芽か武井咲。
この2人を左右に据えたい。

センターバックには強いフィジカルが必要だ。
ということは、ボディバランス優先でグラビアから1人選びたい。
順当に選べば吉木りさであろう。

もう1人のセンターバックは、ハリウッド女優を帰化させたい。
アン・ハサウェイがいい。日本名は「葉佐上井アン」にしよう。

最後にゴールキーパーは、ホープソロで。
アメリカ代表じゃないかって?
まあ、いいじゃない。美しいんだから。

出演者情報:岡田優 03-5454-0223 五社プロダクション所属

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安藤隆 2012年9月2日

なでしこってどんな花?

       ストーリー 安藤隆
          出演 清水理沙

「なでこ、なでこ、行けー、行けー、なでこー」と監督が叫んでいる。
 行けーというのは、前へ行けという意味のことも、戻れ、守れという意味のこともある。どっちの場合も行けーとしか言わないのだ、監督は。でもいまの場合、なにをすべきかははっきりしていた。わたしは相手フォワードに猛然とタックルに行った‥。
 わたしの名前は鬼瓦(おにがわら)撫子(なでしこ)。屋根の鬼瓦に、撫でる子と書く。撫でる子と書いて、なでしこと読むのは、お花の撫子と同じだ。わたしは小学校四年生の女。四年生だって女だ。
 撫子の名前にこだわったのは母だと聞いている。苗字が怖すぎるから名前は優しくしたいと、父に言い張ったそうだ。母の名前は鬼瓦勝代(かつよ)。もともと強そうなのに、鬼瓦なんて苗字の男と結婚したから、ほんとに迷惑してる、と母はいつも嘆く。
 その母が、寝物語に、教えてくれた。撫子はね、別名大和撫子という花で、控えめだけど芯が強い日本女性のたとえなんだよ。色はね、ピンクがいちばん多くて、白もあって‥。わたしは途中で、寝てしまう。
 母ががんばった撫子という名前が、わたしは好きではない。控えめだけど芯が強い、というのがひどく苦手だ。撫でる子という字もいやだ。母もわたしが「なでこ」とあだ名されることになるとは、想像してなかっただろう。
 それでもわたしがなでしこジャパンに憧れて、女子サッカーチームに入ることになったのは、自分の名前のせいだった。はじめて自分の名前が許せたから。体は小さいけどすばしこいわたしに、監督ははじめから目をかけてくれた。いまではチームのフォワードだ。
 土曜日は多摩川の川原で練習か、試合がある。今日は試合だ。
 グラウンドは、川原の草花に囲まれているけど、中は芝が禿げて、タックルすると土が舞う。わたしが体当たり気味にボールを奪ったら、相手の、体も学年も上の女が、わたしの足を蹴って「この野郎、殺してやる」と言った。
 わたしはなでしこジャパンでは、川澄奈穂美選手がすきだ。母から聞いた撫子の花のイメージと比べると、派手で、白い花というより、ピンクの花という感じだけど。
 といっても、わたしは、実物の撫子の花を見たことがない。控えめだけど芯が強い、と母から聞いて、頭に描いた撫子のイメージが、小さな白い花だった。かすみ草か何かのような。それからずっと、白い花だと思っている‥。

「行け、行け、なでこー」と監督の声が聞こえる。わたしは前へ走る。するとキャプテンの宮間(きゅうま)さんが、絶妙のバックパスを、ゴール前に流す。わたしは走り込み、角度のないところからゴールへ蹴る。その角度は、川澄奈穂美選手の得意とする角度だ。ということはわたしも、練習を重ねた角度だ。ディフェンスに倒されながら、ボールを蹴り込む。球がゴールへ向かってゆく。入る前から入ることがわかる。倒されたわたしの目の前に、ピンクの小さな花が、一面咲いている。花びらの先端が、細かく優雅に裂けて、ひらひらしている。あ、この花は前からすきだった。この花はなんという名前の花だろう、とわたしは思う。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/


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直川隆久 2012年8月26日

猫の恩返し

            ストーリー 直川隆久
               出演 清水理沙

「卒業制作、すすんでますか」
中央食堂前のベンチでコーヒーを飲みながらぼんやりしていると、
見知らぬおやじが話しかけてきた。
いまどきベレー帽にマフラー。油絵科の教授か?にしては、服がぼろい。
いいかげんな返事をしていると、わたしの隣に腰掛けてきた。
「見覚えありませんか」
おやじが帽子をぬぐと、頭に大きなやけどのあと。
そこだけ髪の毛が生えていない。
「…ない。です。見覚え」
「若い頃、あなたに助けていただいたものです。
 ここの学生にいじめられているところを――」
そう言われて、あ、と思った。
3年ほど前、野良猫のひたいをタバコで焼いている映画学科の学生がいて、 
そいつらとものすごく喧嘩したおぼえがある。 
「現代版世界残酷物語を撮るんだ」とかわけのわからないことを言うバカ達だった。
「はい。その猫です」
ええー。なんだ、ずいぶんふけているな。
「すみませんね、猫は歳とるのがはやくて」
「いえ」
「長年このキャンパス内でうろうろさせてもらいましたが、
 残飯の味が悪くなったんで、河岸を変えようかと思いましてね。
 でもその前に一言あなたにお礼が言いたくて」
 
おどろきはしたが、感激はしなかった。
近頃、恋愛も卒業制作も行き詰っているせいで、
心の余裕がなくなってきたんだろうか。

「最後の機会ですから、何かお願いとか、ないですか」
「お願い?」
「ええ、お礼として…ひとつぐらいならなんとかなるかもしれません」
「今月の家賃とか、なんとかなりますか」
「…う~ん…」
猫おやじはかなり長いあいだ考えていたけれど
「…猫なもんで…」と言った。
「いや、まあ、そりゃそうですよね」
「すみません――ヌードモデルとかは不要ですか。デッサンの」
「特に…」
ああ、とおやじは肩を落とした。
「お役にたてること、なさそうですね」
「いいですよ。気つかわなくて」
「あ、そうだ。せめてちょっとした卒業制作のアドバイスをさしあげましょう」
「なんです」
「――あなたの指導担当の岡崎先生はね、4回生の清本さんとできていますからね。
 彼女とテーマがかぶらないほうがいいですよ。
 このあいだ、3号棟の実習室で二人が乳くりあってるのを窓から見てしまいました」
「へえ」
「かぶると、どうしても自分の女のほうをひいきしますから…なんて、
 すみませんね。こんなことしかもうしあげられなくて。さようなら」
「さよなら」
おやじは礼をして、歩き去った。
たしかに、猫背だった。

さて、わたしも恩返しをしなければならない――岡崎先生にだ。
清本と二股かけてくれてて、ありがとう。
これから、彫刻刀を研いで、岡崎の研究室に向かうことにする。
 

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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中山佐知子 2012年8月19日

麦畑

         ストーリー 中山佐知子
            出演 村木仁

あたり一面の麦畑だったな。
ところどころに背の低い柳の木があった。

その細い一本道を
馬と一緒に行軍しているときだったな。
耳元でバリバリと音がしたかと思ったら
馬とおまえが血を流して倒れていたんだよ。

麦畑なんて
隠れるところもないもんだから
何十頭の馬はみんな撃たれて死んで
兵隊もずいぶん死んで
威張ってた連隊長も死んだけど、おまえも死んだ。

それから
知らない間に戦争が終わって
知らない国に置き去りにされて
それでもなんとか船に乗って帰って来たら
村の麦畑は石ころだらけで土もボロボロになっていた。

これはきっと
知らない国の麦畑で鉄砲を撃ち合って
死んだ馬とおまえを置き去りにした報いだと思ったんだ。

それから
石をどけ、麦をつくり、麦わらを鋤きこんで土を肥やして
三年たったら、麦の穂は重く実り
麦わらはお日さまにつやつやと輝くいい色になった。

その麦わらを水につけると柔らかくなる。
やわらかくなったら帽子が編める。

かぶるとだぶだぶの麦わら帽子。
大きくて、風が吹くとすぐに飛ばされて
狭いところでは邪魔になって
帽子のなかでいちばん戦争に向いていない麦わら帽子。

どこにもいかず
ずっと麦わら帽子をかぶって働いていればよかったな。
戦争になんか行かなきゃよかったな。

麦わら帽子を編んでいると
おまえが死んだ麦畑を思い出す。
踏み荒らされた麦畑、
機関銃の弾や人や馬の死体でいっぱいだった
あの麦畑はいまも麦畑なんだろうか。
誰かが世話をして、いい麦がとれて
残った麦わらで麦わら帽子を編んでいるだろうか。

そうだといいなあ。

出演者情報:村木仁 03-5361-3031 ヴィレッヂ所属

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国井美果 2012年8月12日

「帽子のっけ」

              ストーリー 国井美果
                 出演 いせゆみこ
                      
私の父は、作った料理に、かなりの確立で目玉焼きをのっけた。
そのメニューは「帽子のっけ」という名で呼ばれた。

ハンバーグの帽子のっけ。
ナポリタンの帽子のっけ。
鶏そぼろごはんの帽子のっけ。
焼きうどんの帽子のっけ。
炊きたてごはんの帽子のっけ。

卵チャーハンに帽子をのっけたり、
あろうことかオムライスに帽子をのっけた時は、
かぶっているじゃないか・・・!と思ったけれど。

帽子ののった一品の他には、決まって豆腐と葱のお味噌汁と、
商店街で買ってきた、煮物やポテトサラダやアジフライなどのお惣菜が並んだ。
私が小学生の頃、病気がちな母に代わってキッチンに立った父の食卓は、
大雑把で、カロリー高めで、ワンパターン。

でも、そんな食卓のあれこれを弟と私と父で分け合って食べたあの光景は、
夕方の透明な光とともに、いまも私の大切な部分を照らしている。

時折テレビで、皇族の方が公の場に帽子をちょこんと被って現れる姿を観ると、
「お父さんの帽子のっけだ」と思ってしまう。

あれから時が過ぎ、私も自分の家族ができて、
今は毎日、子どもたちにごはんを作る日々だ。

とりたてて料理が上手いわけでもなく、器用でもない者が
仕事をしながら家族にごはんをつくるには、
ある程度の割り切りと、鷹揚さがなければ続かないことがわかってきた。
時間がなくて、準備もできていなくて、
みるみる機嫌が悪くなる私が作るごはんは、さぞ美味しくないに違いない。

それよりは、いつかの風景のように
恐るべきワンパターンでもいいから淡々と、
なんだか笑ったりしながら囲む食卓が、
どれだけその人をつくっていくものだろう。と、思う。

あいにく卵アレルギーの子どもなので、
今のところ帽子をのっけられないのが残念だけれど。

出演者情報:いせゆみこ 03-3460-5858 ダックスープ所属

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磯島拓矢 2012年8月5日

「帽子」

            ストーリー 磯島拓也
               出演 大川泰樹

男が身ぎれいにするのは誰のためなのか。
取引先に失礼のないように。見た目も実力のうちだから。
それとも単なるナルシシズムか。
まあ、そんなことを考えている時点で負けだろう。
35歳独身男としては、女子社員にもてるため!と
爽やかに言い放つべきであろうが、
あれこれ考えてしまうのが僕である。

米田マリに声をかけられたのも、あれこれ考えている時だった。
土曜の午後の百貨店のメンズ館。35歳独身男の似合う場所。
僕は白のパナマ帽のようなものを試着してあれこれ考えすぎていた。
これはオシャレか?やりすぎか?そもそも似合っているのか?

「お似合いですね」振り返ると米田マリだった。
会社で斜め後ろに座っている。そのせいか、
振り返って彼女がそこにいるのはとても自然な気がした。
「先輩おしゃれですね」
僕はあわてて帽子を脱ぎ、オシャレな人というより、
オシャレ好きのオジサンに見えないか?と口走る。
米田マリはけらけら笑う。…話、弾んでいるではないか。
そして僕は慎重に慎重に、1人かどうか尋ねる。
そしてさりげなくさりげなく「どうだいメシでも」と言ってみる。

「いいですか。あなたがランチに誘って女子社員がついてくるのは、
あなたに好意を持っているからではありません!
単にあなたが上司だからです!」
社のセクハラ委員の声がよみがえる。
米田マリはあっさり食事に同意する。なぜなら僕が上司だから。

しかし、イタリアンでは会話は弾んだと確信する。
「あの帽子買わないんですか?」と米田マリは繰り返す。
素敵だったのに、と繰り返す。そうかなと僕は笑う。
会話とは助け合いである。
途切れそうになると、米田マリは素敵な帽子というボールを投げ、
僕は照れながらそれを受け取る。
「じゃ、明日」気持ちよく別れる僕たち。
帽子が取り持つ何とやら。

「週末、あの帽子買うの、付き合ってくれない?」
そんなセリフを胸に秘め3日経つ。会社で偶然2人になるのは難しい。
あれこれ考えすぎながら社員食堂でかつ丼を食べていたら、
目の前に米田マリがやってくる。偶然ではない。彼女の意志だ。
「先輩、ここいいですか」もちろんだ。
「これ見てくださいよ」写真を渡される。
米田マリの隣に、同世代の男子が立っており、その頭に…あの白い帽子。
「あの帽子ホントに気にいっちゃって、彼にプレゼントしちゃいました。
素敵でしょ?」
ああ確かに素敵だ。その時、社のセクハラ委員の声が頭に響く。

「いいですか。あなたが帽子をかぶって女子社員が似合うと言うのは、
あなたに好意があるからでも、似合っているからでもありません!
単にその帽子が素敵なだけです!」
ああ、セクハラ委員。あなたは正しい。
「先輩、あの帽子買いました?買うと、彼とおそろいになっちゃいますよ」
ああ、米田くん。追い打ちをかけないでくれ。
大丈夫、帽子は当分、買わないと思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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