山口は不器用だ。
山口は不器用だ。
「自分、不器用ですから……」
という自覚もないくらい。
たとえば、
切符を自動改札に入れ損ねる。
不器用だから。
それで、よく後ろの人に足を踏まれてる。
踏まれてるのに、
いつも山口が謝っている。
口ぐせなんだ。「すみません」が。
線路の上によくモノを落とす。
何度も落とすものだから本人も慣れっこで、
勝手に落し物を拾う棒を取り出して拾おうと
するんだけどその棒まで落としてる。
自動販売機でも、
小銭がうまく入れられない。
何とかジュースが買えても、
今度はプルタブがあけられない。
不器用な上に、いつも深爪だから。
不器用だから、
つい深爪しちゃうんだろう。
ゆでたまごの殻も満足にむけない。
コンビニのおにぎりも上手にむけない。
CDの包みも、開封口のリボンが
うまくつまめず、あけられない。
飛行機の救命胴衣も、きっと
一人だけふくらませられないんだろうな。
かわいそう。なむなむ。
ラーメンのレンゲは
すぐに器の中に落とす。
枝豆は必ず一粒落とす。
四粒入ってるさやだと、
二粒落とすこともある。
ケータイで「お」の字を打つのに、
「あ行」を何周もぐるぐるやってる。
一つ押しすぎてちいさい「あ」になっちゃって、
またもう一周して、行き過ぎて。
だから、メールの返信は遅いし、短い。
最初の頃は、嫌われてるんじゃないかと思ったくらい。
不器用だから、
告白される時もすぐわかった。
あきらかに、いつもと違う空気。緊張感。
告白中も沈黙が多いし。
わたしがいじわるく「で?」
とか言うと、「う」とかなっちゃって、
それはそれでちょっとおかしかった。
結局、告白されたのかどうか、
うやむやのまま、告白は終わり、
わたしたちは、何もなかったように、
いままでどおり過ごしている。
不器用だから、
ネックレスの金具が外せないんだろうな。
ブラのホックも外せないんだろうな。
あれとかも、すぐつけられないんだろうな。
そんなこともたまに想像してみるけど、
その時の精神状態によって、
「ま、それもいいかな」と思ったり、
「やっぱり山口はないな」と思ったり。
そんな山口が、最近、
なぜか告白されたらしい。
すごく熱烈に。
不思議だ。
でも、こう言ったんだそうだ。
「彼女はいないけど、好きな人がいるので、
いまお付き合いすることはできません。すみません、不器用で」
その話をした後、山口はわたしの方を見て、
ぎこちなく微笑んだ。
山口は不器用だ。
よく言えば、正直だ。
正確に言えば、バカ正直だ。
というか、正直、バカだ。
そうか、バカだったんだ。
わたしは小さく、「ばーか」と、つぶやいて、
何となく山口の手を握った。