磯島拓矢 2024年12月29日「約束」

「約束」

ストーリー 磯島拓矢
   出演 阿部祥子

今の彼とつき合い始めて気がついた。
前に同棲していた人が、約束好きだったこと。
「今日夕飯おねがい。明日、私やるから」そんな私の一言に、
その人は必ずこう言った。
「約束だぞ」
「明日まとめて洗濯するよ~」という私の言い訳にも、こう返してきた。
「約束だぞ」
それが嫌いで別れたわけではないけれど、こうして思い出すということは、
それなりにストレスだったようだ。
確かに、別れ話は私からした。
「寂しくなったら、連絡するかも」別れ際の挨拶にも、彼はこう言った。
「約束だぞ」
もちろん、その約束は守っていない。

「明日まとめて洗濯するよ~」私の言葉に、今の彼はこう返してくる。
「わかった」。以上。
約束というのは、つまりは言質を取る、ということなんだなあと改めて思う。
前の人は、言質を取ることで、ちいさな安心を積み重ねていたのだろう。
今の彼は、言質を取ることで、互いに縛られてゆくのが嫌なのだろう。
どちらが正しいということではない。
今の私には、今の彼が合っているということだ。

彼は本当に約束をしない。
「約束を破らない唯一の方法は、安易に約束をしないこと」
これは今私がつくった教訓だが、彼のスタイルを言い当てているかもしれない。
「約束をするのはたやすい。約束を覚えておくのが難しい」
これも今私がつくった教訓だが、ん~ひょっとしたら、こっちかもしれない。
約束というのは、確信犯で破られることは少ない。
約束を忘れてしまうことから、多くのトラブルは生まれている。
どうせ忘れちゃうから、約束はしない。
彼がそう思っているとしたら、なんと不誠実な態度だろう。

そんな不誠実な男と、私は来週結婚する。
当然のように「君をしあわせにします」みたいな約束はなかった。
家族に紹介した時も「娘さんを大切にします」みたいな約束はなかった。
両親は気にしてなかったけれど。
彼が「しあわせにします」と言わないのは、
「安易な約束はしない」からなのか、
「そんな約束きっと忘れちゃう」からなのか…。
こんなことをあれこれ考えてしまうのが、マリッジブルーというものなのか。
でも私は、前の人に電話しようとは思わない。

来週私たちは式を挙げる。
例の「病める時も健やかなる時も、愛し敬うことを誓いますか?」の儀式をやる。
そう、人生最大級の約束だ。
彼は一体どうするのだろう。
さすがにここは誓うのか、それとも、ここでもいつもの無表情で流すのか。
ちょっと、ドキドキしてきた。

ひとつ、決めていることがある。
「愛し敬うことを誓いますか?」牧師が私に聞いた時、
すぐには答えないことにする。一拍おいてやろうと思う。
そして、彼の顔をのぞくのだ。
私だって安易な約束はしないよ。
忘れちゃうような約束はしないよ。
それを、彼に伝えてやろうと思っている。

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出演者情報:阿部祥子  連絡先ヘリンボーン https://www.herringbone.co.jp/

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坂本和加 2024年12月22日「なまえのやくそく」

なまえのやくそく

   ストーリー 坂本和加
      出演 平間美貴

ちょっと前に良い話を聞いた
とある役者さんの名前の話だ。

来年控えている大きな仕事と
自分の名前がよく似ているのは理由があった。

それは同じ役者だった父の願いが込められた名前。

初めて知った自分の名前の由来と父の思いに、
大いに驚くといった感動ストーリーだった。

そうだ

名前は名付けた親の願いそのものだと
あらためて思った

私の名前は父がつけた
画数にこだわって
どうしても使いたい漢字にもこだわって
悩んでつけてくれた名前だった
おかげで姉も兄もみんな同じ画数になった

和加という名前は
音も漢字も当時はちょっと珍しくて
名前をネタにからかわれた。とても嫌だった。
いい名前だねとほめられるの嫌だった。恥ずかしいから

わたしは自分の名前が好きではなかった。
それについて深く考えることもなかった。

中学の時、古文の授業で「いろはうた」の
元になった漢字に自分の名前を見つけて
「そうだったのか〜!」と、感銘して帰宅したら
父の返事は「そんなの知らない」。

がっかりして、母に後から聞いた名前の由来は、
「和を加える、じゃないの」という
そのまますぎる内容だったけれど、
「和」には「なかよくする」という意味もあれば
「やわらぐ」や「おだやか」「なごむ」、
ひいては「日本のこと」だったりもする。

「ワ」という音は、輪になるの「ワ」だなとも思った。

父は私が学生のうちに他界してしまったので
私にどんな「和」を加える人になってほしいのか
もう聞くこともできない。

けれど人付き合いの苦手だった父を思うと、調和、の和かなと思う。

え・・・・・・。そっちの和はあまりにも立派すぎる。

どこへいっても、なんとなくはみ出してきた私に
そんな素敵なことができた試しがあるはずもなく。
あの役者さんのような感動ストーリー!にもまったくなってない。

コピーライターは、
日本語を使う、和っぽい仕事と
浅はかに喜んでいただけでした。

・・・・・・じゃあ、いまからでも。

もう死んじゃったんだから、
父との名前の約束に、遅いも早いもないよ。

そうと決めて、鏡の前で、笑顔をつくる。引きつっている。

がんばろー、私。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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佐藤充 2024年12月15日「100ドル」

100ドル

    ストーリー 佐藤充
       出演 地曳豪

1ドルが80円くらいの頃。

「You are crazy」

「No! You are crazy」

エジプトのどこかわからない砂漠で、
僕はエジプト人と言い争っていた。

なぜこんなことになったのか。

2日前、
パスポートを含む全ての荷物をタクシードライバーに盗まれた。
エジプトではアラブの春と呼ばれる革命が起きていた。

どこの航空会社も渡航中止を呼びかけていることも知らずに、
ヨルダンからフェリーで入国してカイロへやってきた。
観光客もほぼいないカイロのゲストハウスで日本でも読める
AKIRAや寄生獣などの漫画を何度も読んで過ごしていた。

そこで帰国するために空港へ向かうタクシーで
着ている服以外をすべて盗まれたのだった。

翌日ゲストハウスのスタッフに日本大使館の場所を聞き、
大使館でパスポートの代わりとなる渡航書の発行方法を聞き、
100ドルを借りた。

渡航書発行にはいろいろな書類と、
帰国日のわかる航空券が必要だということがわかった。

やることが多くて気が遠くなるが、
そのまま警察署で盗難されたことを証明する書類を書いてもらい、
次はカイロ市内の区役所的な場所で書類をもらおうとしているときだった。

日本のように番号の書いた整理券をもらい順番を待つスタイルではなく、
窓口に向かって人の群れをかき分けて身体をぶつけあい、
順番を勝ち取るのがエジプトスタイルだった。

何度かチャレンジして諦めそうになっている時だった。
エジプト人の男が話しかけてきた。
この男がいうには友人に警察がいるので、
頼めばすぐに書類が手に入ると言う。

昨夜から一睡もできていなかったので藁にもすがる思いで
この男の言葉を信じてついていくことにした。

なぜか区役所的な施設を出て、
電車を乗り継いでたどり着いたのは、
この男の家だった。

友人の警察が来るまでゆっくりしてくれと言うので、
出されたコーヒーを飲んでくつろいでいると、
ドライブに行かないか?と男が言う。

もうここまで来てしまったら、
とことん付き合おうと思い、
ドライブへ行くことにした。

車は街を抜けて砂漠のなかへ入っていく。
街がどんどん遠ざかり小さくなっていく。
するとピラミッドが見えてきた。

それは教科書でよく見るスフィンクスがいる
ギザのピラミッドとも違う見たことのないピラミッドだった。

男はピラミッドの前で車を停める。
見渡す限り観光客などもいなく
ここにいるのは男と僕の2人だけだった。

ピラミッドのなかへ入ろうと男が言うので、
入ってみることにした。

なかは狭くて暗くて洞窟のような感じだった。
男が日本の有名な曲を歌ってくれないかと言うので、
坂本九の『上を向いて歩こう』を歌った。

男は手拍子をして答える。
知らない男と知らないピラミッドのなかで
『上を向いて歩こう』を歌う日が来るとは。

そんなことをしてピラミッドを出たあとだった。
男が僕に言う。

100ドルだ、と。

何を言っているのかわからないという態度をしていると
畳み掛けるように男は言う。

ドライブして
ピラミッドの中に入ったのだから100ドルだ、と。

そんなの払わないと伝える。

「You are crazy」と男が言う。

「No! You are crazy」と言い返す。

誰もいない砂漠のうえで言い争う男2人。
遠くに見えるカイロの街に夕陽が輝き砂漠を照らしている。

今朝大使館で借りた100ドルは消えた。
そして、友人の警察に頼んで書類を手にいれてくれる約束も嘘だった。

この100ドルなくなると無一文になるんだけど、と伝えると
男はポケットから小銭を出して渡してきた。
これでバスに乗れるから帰りな、と。

知らない街で
知らない男に渡された小銭を握りしめ、
どこで降りればいいかもわからず、
知らないバスに揺られる。

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す春の日 ひとりぼっちの夜

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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田中真輝 2024年12月1日「煙草と5万円」

煙草と五万円

      ストーリー 田中真輝
      出演 大川泰樹

煙草に火をつけ、深々と煙を吸い込む。
薄暗いバーの店内。年季の入ったカウンターの上には、
ぞんざいに置かれた旧札ばかりの五万円。
くらり、とめまいがして、カウンターに手をついた。
なにか、大事なことを忘れているような気がする。
大丈夫、少しずつ思い出しますから、と遠くで誰かの声がする。

そういえば、あの夜、わたしはかなり酔っていた。
仕事でのミスをうじうじと思い返しながら、
惰性のようにグラスを空け続け、煙草を吸い続けていた。

カウンターの隣の席に座っていた女性が、
際限のない煙を嫌がってか席を移っていった。
このご時世、いくら煙草が吸える店だとは言え
ヘビースモーカーの肩身は狭い。

こんなものはいつだってやめられるんだ。
きっかけさえあればね。
誰に聞こえるともなく、つい言い訳をしたわたしに、
ふと、誰かが話しかけた。

では、きっかけを差し上げましょうか。
例えば、お客さんが次にうちにくるまで
煙草を吸わないでいられたら、五万円差し上げる、
と言ったらどうです?

え、と顔を上げると、店のマスターと目が合った。
シニア、というよりも老人と言った方がしっくりくる、
そんな枯れた雰囲気の男だった。

唐突にごめんなさい。
いや、わたしも同じような経験がありましてね。
と笑いながら、マスターは続ける。

例えば、二週間。二週間後にうちに来ていただくとして
それまで吸わないでいられたら、五万円です。
どうです? いいきっかけになりませんか?

マスターはそう言うと、
引き出しから茶封筒を出してカウンターに置いた。

そんなことをして、マスターにどんないいことがあるんだい。
意外な申し出に、わたしは思わず問いかけた。

いやね、実はこの五万円、ちょっとしたいわくつきでしてね。
そう言ってマスターは自分の昔話を始める。

わたしも禁煙をめぐって先輩と約束したことがありましてね。
二週間、煙草を吸わないでいれたら五万円やろう、と、そうです、
いま、わたしがお客さんに言ってるのと同じ約束です。
煙草なんて、すぐやめられる、やめられないやつの気が知れない、
そんなことを言っていた手前、どうにも引っ込みがつかなくてね、
その話に乗ったわけです。
そして二週間後、先輩に会ったわたしは、
一切煙草を吸わなかったことを伝えて、
無事、五万円を手に入れました。

しかしほんとのところは違いました。わたしはその約束をした
次の日から煙草を吸っていたんですからね。
次の日も、また次の日も、どうせわかりゃしないんだからと
毎日、いつも通り煙草を吸いました。
そうです、とんでもない嘘つきです。
その先輩は、若いわたしを思って、禁煙できるようにと
分の悪い賭けをしてくれたのに、
わたしときたら、そんな思いやりを踏みにじって、
五万円をせしめたわけです。

煙草なんて、もう見たくもない、そう言ったわたしに
五万円を渡したときの先輩の顔。
あの顔が、頭にこびりついて離れないんですよねえ。

遠い目をしたマスターの横顔に、一瞬影がさす。
その影に、深い後悔と絶望のようなものを見た気がして
ふと目を伏せる。

そのときせしめた五万円が、これです。
しかし、どうにも後味悪くてね。結局こうして使わずじまいです。
まあ、ちょっとした罪滅ぼしってやつです。
これであなたが煙草を辞められたら、この五万円も浮かばれる
ってもんです。

そういってマスターが差し出した茶封筒を改めて良く見てみると、
確かにかなり古びている。
いまのマスターの年齢からすると、相当昔の話のようだが、
あながち嘘でもなさそうだ。

わかりました。じゃあ、乗りましょう。
ただし、わたしは本気で禁煙したいんだ。
もちろん嘘なんてつきませんよ。
正々堂々と、二週間きっちり禁煙して、五万円、頂きましょう。

酔いに任せてそう啖呵を切ると、わたしは手にした煙草の、
息の根を止めるように灰皿に押し付けた。

二週間後、わたしは同じバーの同じ席に座って
マスターからの五万円を受け取る。
もちろん、煙草はやめてはいない。
やめてはいないが、やめたことになっている。
どうせわかりゃしないんだから、と思っている。

禁煙、おめでとうございます。わたしも、たいへんうれしいです。
そういうマスターの笑顔がなんだか変に見えたのは、
きっとわたしの歪んだ気持ちのせいだろう。
因果応報ってやつさと、心の中でつぶやく。

マスターの目が、店の明かりを捉えて、ちらりと光る。
わたし、こう思うんです。
約束っていうのは、一種の呪いなんじゃないかなってね。
約束した人を、何かに縛り付ける力がある。
そういえば、煙草ってのは、昔、呪術に使われていたそうですね。
煙草と悪魔、なんて話もありましたっけ。

そういいながら、マスターが火のついた煙草を勧めてくる。
いやわたしはもう、煙草なんて見たくもないんだ、とつぶやく。
しかし言葉とは裏腹に、わたしはマスターが差し出す煙草を、手に取っている。
そして、ゆっくりと口に運ぶと、深々と吸い込む。

くらり、と世界が傾いて、そのまま横ざまに倒れたと思った瞬間、
わたしはバーにいた。カウンターの内側に。
片手に煙草、片手にぼろぼろの茶封筒をもって。

ゆっくりと煙が漂う中、わたしは五万円を古びた茶封筒に入れ直し、
カウンターの下にある引き出しにしまいこむ。
そして、ふと思う。そろそろ、店を開ける時間だ。
代り映えのしないここでの仕事に就いて、もうずいぶん経つ。
この店に立ち始めたのが、いつからだったのか、もう忘れてしまった。
何か大切なことを忘れている、
そんな気持ちも、吐き出した煙と一緒に薄れて消えた。

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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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