中山佐知子 2017年7月23日

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あかあかや

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

コロコロとかわいい鳴き声がカジカ、
それに較べると
ヒグラシは歯ぎしりだと茶店のおばちゃんがかわいい声で言う。

ここは京都の北西にある山の中だが
名所といわれる三つの寺があるおかげで
谷川に沿った道には足を休める茶店があるし、
鮎を食べさせる料理屋もある。

湿気がまとわりつくような暑い日で
茶店でラムネを飲んでもちっとも涼しくならないが
川から聞こえるカジカの声が
わずかな風を呼んでいるように思える。

あのお寺さんは、と、おばちゃんは
いちばん小さな寺の噂をはじめた。
前の住職さんが亡くなって、
後継ぎの住職さんは副業で学校の先生してはって
それから明け六つの鐘の鳴る時間が遅うなりました。

なるほど。
名所の寺とはいえ近ごろの事情というものがあるようだった。

ところで、「あかあかや」って知ってますか、と
おばちゃんに尋ねてみた。
おばちゃんは、カジカみたいな歌どっしゃろと言って
明恵(みょうえ)上人の歌を詠じてくれた。
 あかあかや あかあかあかや あかあかや
 あかあかあかや あかあかや月

なるほど。
おばちゃんのかわいい声で
「あかあかや」と同じ音の繰り返しを読むと
カジカのように聞こえなくもない。

「あかあかや」の歌を詠んだ明恵上人は
このあたりでも観光客が多い寺の開祖で、
その寺のおかげで商売をする茶店ならば
有名な歌のひとつも覚えて客の相手をするのだろうと思った。

 あかあかや あかあかあかや あかあかや
 あかあかあかや あかあかや月

そういえば「あかあかや」の寺ができた頃の日本の家は
屋根と床と柱のみで壁というものがなかった。
暑さも寒さも光も風も、
カジカの声もそのまま受け入れる家だった。
居ながらにして月の明るさを知ることもできた。

日本人はいつの頃から
夜になると雨戸を閉めて玄関に鍵をかけ
月の光を締め出すようになったのだろう。
この国の人間の弱体化がわかったつもりになった。
自分も含めての話だ。

コロコロとカジカが鳴いて
カナカナとヒグラシが唱和する。
山は日暮れが早い。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2017年7月16日

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セミマン

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

最近の暑さときたら、もう、どうしようもないねえ。
とくに、この周辺はさ、緑も少ないし。
あなたのとこもそうでしょ?
このアパートも、昼間は蒸し風呂だよ。
窓?だめだよ。開けたって。
向かいのマンションが、もう、手で触れられるくらいのとこに、
でーんと建ってるからね。
昼間さんざん太陽に灼かれて、コンクリートがほっかほかだから。
輻射熱っていうんですか、それがもう、手、かざすと感じるもん。

暑い、っていうのがもう生ぬるいよ。
熱いんだ。
熱い。
なにもかも。空気も、壁も。畳も。
目あけてると、目が熱いもんな。
「温暖化」って言葉にだまされてた。
温暖なんて、そんななまやさしいもんじゃないよこれは。

1年中夏でしょ、今や。12月だっていうのにミンミンゼミが鳴いてるんだから。
寝苦しいでしょ。ねえ。毎晩毎晩。

いや、俺もね、もう寝られなくて困ってたの。
夜中に何度も起きて水浴びてさ。でも、じきに体が火照ってきちゃって。
でもね、最近ちょっとしたことがあって、少し希望がでてきたんだよね。
っていうのもさ。
こないだなんだけど、夜中に目が覚めちゃったの。背中がやけに痒くて。
ダニかな畜生、と思いながら腕ねじってがりがり掻いてたわけ。
そしたらさ、なんだか、ゴツっとしたものが指先にあたるんだよ。
なんだこりゃ、虫のさされあとかな、と思ってまさぐったらさ、
そのゴツゴツがずーっと、背中から腰まで線路みたいに続いてるわけですよ。
お尻の割れ目のあたりまで続いてる。
なにこれ、って思ってると、その一番下のとこに、
小さくてかたいものがぶらさがってる。
なんか、覚えのある手触りだなとおもってさわると、あれだよ。
ファスナーですよ。
ファスナーのツマミ。
そいつを、ちょっと、引っ張り上げると、じじっ、と音がして、
どうも背中の肉がだんだん開いていくみたいなんだな。
皮、っていうか、皮と筋肉が一緒になったくらいの厚さ。

え?
いや、それが痛くないんだよ、全然。
それどころか、ファスナーの開いたとこは外気にふれるでしょう、
すごい涼しくて気持ちがいいの。とまんなくなっちゃってさ。
背中の真ん中くらいまで上げて、腕がどうにもそれ以上曲がらないから、
ひもの端っこに洗濯バサミつけたのでツマミをはさんで、引っ張ったんだ。
そしたら、じじじじーってファスナーが開いて、
後頭部の真ん中あたりまで、ぱっくり。

で、体をぶるぶるっと揺するとさ、
肉とその下の間に隙間ができて空気が入って、
がぼぼ、なんて音がしてさ。もーう、涼しい!
体揺すってるあいだに、頭の肉も、がぽがぽいいだしてさ、
これ、ひょっとしたら、頭、脱げんじゃないのと思って、
頭の先っちょを、前にこう、ぐーっとゆっくり押してやると、
最後にずるっと脱げちゃった。
頭がでたら、あとは楽だったね。ウェットスーツ脱ぐみたいな感じで、
全身の肉が足元に落ちたよ。
けっこうな音がしたね。どべちゃっ、て。
ためしに持ってみると、けっこう、重いんだよ。肉って、分厚いし。
そんで、ほかほかしてるしね。
こんな分厚くて、あったかいもの着てりゃあ、そりゃ暑いわけだよ。

で、そのまま、風呂場に行ってさ、水のシャワー浴びたらさ。
いや!
その気持ちいいのなんの・・!
おもわず声がでちゃったね。
クーラーなんて目じゃないよ。
ああ、気持ちがいい。
気持ちいい〜〜〜〜!
あうおおおおお!

あ、ごめんごめん、でっかい声だして。

脱皮しておっきな声だすのって、なんだか、あれだよね、
セミみたいだよな。
連中も、ひょっとしたらさ、皮脱いで
「あー、涼しい!せいせいした!」つって鳴いてんじゃないのかね。

いや、そうやって水浴びてね、身も心もひんやりとして床につき、
ようやく朝まで安眠できましたってわけなんだけど・・・。
ねえ。
ははは。
そういうファスナーがね・・・そういうファスナーが、
俺の背中にないもんかな?
ほら、どうだろう。
ちょっと見てくれやしないかい。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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渋谷三紀 2017年7月9日

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「息子の観察」

   ストーリー 渋谷三紀
      出演 藤谷みき

これは、
小学一年生の息子を観察する母の、
日々の記録である。

○月×日
「いってきまーす。」と言って、
元気に家を飛び出したはずの息子が、
玄関に立っていた。
「忘れ物した。」
「なに忘れたの?」
「ランドセル。」
「・・・。」
もうこれくらいでは動じない。
息子は毎日、母を成長させる。

○月×日
洗いおわった洗濯物をとり出そうと
洗濯機のふたを開けた。
「ん?」
なにかが、にゅ~っと、顔を出した。
「ぎゃーーーーー!!!」
「あ、ポケットに入れたの忘れてた。」
息子が飼っているカメだった。
「甲羅があって無事でよかったね」とのんきに笑う。
先週は引き出しからカエル。
一昨日は筆箱からダンゴムシ。
寿命が縮むようなサプライズを、
息子はよく私にくれる。

○月×日
いつになく、息子が真剣な顔をしている。
うちに遊びに来た
同じクラスの田口くんとにらみあっている。
その瞬間、
両者は鼻に指を突っ込み、
ぐりんぐりんとほじり出し、
相手に突きつけた。
鼻くそ相撲。
特大の鼻くそで勝利した息子は
その指を天につき上げ、
声にならない雄叫びをあげた。

○月×日
今日は私の誕生日だ。
息子がバースデイカードをくれた。
『おたんじょうびおめでとう。
犬すきなお母さんへ。』
犬?
ああ。おそらく「大すき」と書きたかったのだろう。
ありがとう。
あと、漢字ドリルがんばろう。

○月×日
二階で掃除機をかけていたら、
ベランダに息子が見えた。
柵から身を乗り出していた。
どうやってかけよって、
ひきずりおろしたのか、記憶にない。
私の腕の中で泣く息子が、
「飛べるよ。」なんてばかなこと言うから、
息子より大きな声をあげて、私は泣いた。
息子の肩越しには青い空。
一本の飛行機雲が伸びていた。

○月×日
まるでセミの抜け殻のように、
床に脱ぎすてられた息子のTシャツ。
先月買ってやったばかりなのに、
もうきつくなったらしい。
まだ体温がのこる息子の抜け殻に、
私は顔をうずめた。
そうして息子の匂いを嗅いでいたら、
鼻の奥がツンとしてきた。
私は気づいている。
母と息子の季節は、思ったよりも、ずっと短い。

出演者情報:藤谷みき http://ameblo.jp/knockonwood/

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伊藤健一郎 2017年7月2日

ito170702

「羽化」

    ストーリー 伊藤健一郎
       出演 地曳豪

もう寝るところ。遅い時間だったと思います。

「おもてで一服してたら、見つけてさ」
ふいに祖父が拾ってきたのは、
生きているのか、死んでいるのか、よくわからない塊でした。

祖父は、その塊を、居間のカーテンに引っ掛けて、
「見ていてごらん」私にやさしく微笑むのでした。

大きさは4、5センチ。薄茶色だったと思います。
おそるおそる近づくと、昆虫なのだとわかりました。

でも、何か変です。
その体は、すでに体としての役目を終えているようで、
かわりに、体内で何かが動く気配がありました。

当時の私は、虫が苦手でしたが、不思議と気持ち悪さはなく、
これから神聖な瞬間を目撃する、その予感だけがありました。

5分、10分、30分…、息をころして見守り、
「何かが来る」と思った矢先、
その背中が割れたのを覚えています。

青白い光を放つ物体が、
かつて体だったものを突き破ってあらわれました。
暗くしていたわけでもないのに、
部屋がパッと照らされた気がしました。

「羽化だよ」祖父は静かに言いました。
私は、生まれたばかりのそれから目をそらすことができず、
ただ黙って頷きました。
触ったら壊れてしまいそうな、繊細でやわらかな、白い生き物。
羽化したセミは、あたらしい体に慣れないようで、
小さく小さくたたんだ羽を、長い時間をかけて広げました。
ひとつも皺が残らぬよう丁寧に。

祖父の手に抱かれ眠っていた塊が、生まれ変わるまで、1時間。
気づけば私は、1日中遊びまわっていたかのように、
大量の汗をかき、パジャマをぐっしょり濡らしていました。

「こいつは、長いこと土の中で暮らしていてね、
いま初めて地上の世界に出会うんだ」
祖父は、飽きずに見入る私の頭をなでながら言いました。
「外にかえしてあげよう」

ようやく羽らしくなった羽を傷つけないように、
カーテンから引きはがそうとすると、
セミは、思ったよりも素直に手の中におさまりました。
鳴き声ひとつあげませんでした。

夜風にあたると、さみしさがこみあげましたが、
私の手をはなれ、桜の幹にしがみついた彼は、なんだかうれしそうで。

羽を大きく広げると、一瞬からだを震わせて、夜空に飛び去りました。
呆然と立ち尽くす私を置き去りにして、
さっきまで手の中にいた彼は、闇に紛れて消えました。

家に戻ると、カーテンには、抜け殻が残っていて、
かつて命を包んでいたそれは、まだすこし温かかった気がします。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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