渋谷三紀 2020年11月8日「ベンチにて」

「ベンチにて」

ストーリー 渋谷三紀
   出演 藤谷みき

「キスをするのに最適な身長差について考えてみたんです。」
ベンチに座るなり、タカシは話し始めた。

「映画やドラマのキスシーンを見ていると、
キスをする時、男性は顔を横に傾けるようです。
自分の顔を自然に横に傾けてみると、角度はおよそ45度。
顔を45度傾けると、唇が何センチ下に下がるのかを
数学の三角比を使って求めてみます。
僕の首の付け根から唇までの長さを測ると12センチなので、
計算式は12-12sin45°で、およそ3.5。
キスをする時、男性の唇の位置は3.5センチ下に下がることになります。」
地面に図形や数式を書きながら、タカシは説明をつづけた。

「次は女性です。
女性は男性と回転軸が異なり、顔を上に向けるようです。
試しに顔を上に向けてみると、角度はおよそ30度。
女性の首から唇までの長さを8センチとすると、
計算式は8sin30°で、およそ4。
キスをする時、女性の唇の位置は4センチ上に上がります。

男性が低くなる3.5センチと女性が高くなる4センチを足すと、
キスをするのに最適な身長差は、7.5センチ。ですが、

ここでさらに考えてみます。
キスをするシチュエーションについて。
立ってキスをするとすれば、おそらく室内より屋外ですから、
必然的にもう一つの要素が加わります。
そう、靴です。
周囲の男女の靴をつぶさに観察したところ、
男性の靴底は平均1.5センチ、
女性のヒールは平均6センチで、
男女の靴の高さの差は4.5センチでした。
つまり、先ほどの7.5センチに4.5センチを足した12センチが、
キスをするのに最適な身長差だと、僕は結論づけました。」

わざわざ休日に公園のベンチに呼び出して、
この人は何を言っているのだろう。
唖然とするマチコに、タカシはうつむいて言った。
「僕とマチコさんの身長差はまさに12センチです。」 

もしかして、これは回りくどい告白なのだろうか。
それには気づかないふりをして、マチコは静かに言い返した。
「確かに私とタカシくんの身長差は12センチです。
ただし、タカシくんが163センチで、私が175センチ。
女性の方が高い場合は、計算が違いますよね。」

「もちろん、それも計算済みです!」
突然ベンチから立ち上がり、タカシは言った。
「高さ24センチのこのベンチの上に立てば、
僕はマチコさんより12センチ高くなります!」

果たして、タカシのそれは正解だったのだろうか。
マチコの採点が始まろうとしていた。



出演者情報:藤谷みき フクダ&CO所属

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