柴田常文 2007年6月15日



反論の余地

                     
ストーリー 柴田常文
出演 坪井章子

それでは、次にまいります。
世田谷区に住む57歳の男性からのお便りです。       
  
私には、一人娘がおります。
現在、女子大の3年生になります。  
彼女が生まれたのは、私が36歳の夏でした。
ヘンな男のムシなどついたらタイヘン、と、
小学校から大学まで、一貫教育の女子校に入れ、
それこそ、蝶よ花よと、大事に大事に育ててきました。

ある晩、いつものように、午前様で帰宅しました。

あ、申し遅れました。
私は、芸能プロダクションの会社を経営しております。

テーブルの上に、妻からのメモが置いてありました。妻は、もう就寝中です。
「私にはとても、理解が出来ませんので、夢子といちどお話をしてください」
と、書いてあります。

夢子というのは、娘の名前です。夢がある子に、夢をもたれる子に、と、
私が名づけました。

夢子の部屋をノックすると、彼女はまだ起きておりました。
ビールを一缶あけて、リビングのソファに腰をおろしました。
「ママからのメモだよ。いったいどうしたと言うんだね?」と、
彼女にメモを見せました。

「もうママったら・・」と困惑した表情で、私を見つめます。
「だんだん、いい女になってきたなあ・・
でも、私の会社には所属させんぞ。芸能界はイカン!」と、ふと思いました。
大学3年生になって、就職をどうしようか?と悩んでいたと言います。
ああ、もうそんな歳になってしまったんだな、と、シミジミ思いました。

「私は働きたくない。毎日、毎日、時間に縛られ働いて、
何が楽しいんだろう・・だから、就職なんかしたくない」と言います。

「今のままがいい。何不自由なく育った今のままで、
ずっと、ずっと生きられたらいいなあ、と・・。
働いても、結局、いつかは結婚して家庭に入る・・それなら、
最初から、永久就職がいい」と思ったと言います。

「永久就職!!」って・・・・まさか?!

その、まさか!でありました。

夢子は「結婚します!」とキッパリ言いました。

「け、結婚って・・ま、まだ21だろ、ゆ、夢子・・あ、相手はいるのか?」
その時の私の動揺をお察しください。

「私はパパやママに大事に育てられてきて、ホントに感謝しています。
何不自由なく生きてきたし、貧乏なんて知らないし・・だから、
働いたりしたくない。苦労なんか、したくない。
お金のある人と結婚して、早く子供を産んで、ママになりたいの。
だから、安心して、パパ!」と、屈託のない顔でニッコリ言いました。

「お、お金がある人って・・その男はいったい誰なんだ?」と詰問しますと、
昨年の夏、アルバイトで行った原宿のアパレル会社の社長だと言います。
「そんな浮き沈みの激しい会社、ITと同じで、今はいいかも知れないが、
いつ、どうなるかわからんぞ。そんな若い経営者じゃ、危なっかしい・・」
と、私は、思い直すよう必死になって語りかけました。

すると、
「大丈夫なの、心配しないで、パパ!
彼はチャンとした大人だし。広尾にマンションも持っているし、
軽井沢とハワイに別荘もあるの」と、目を輝かせます。

「お、大人といったって・・・いったい、その男は何歳なんだ?」
と聞きますと、

「49歳よ。あ、バツイチだけど・・。
友だちは、年齢が離れすぎだって言うけど、私、全然、ヘーキ!
大丈夫なの。彼ったら、私と、生まれてくる赤ちゃんのために、
一生困らないように、生命保険にもド~ンと入ってくれるって言うし。

ね、いいでしょ?!パパ、安心でしょ!
君は何もしなくていいよって。メイドもつけてくれるし、
私を娘のように、一生可愛がってくれるからって。
よかったね、パパ!」と、言います。

それからあと、私は何を言ったか・・

おそらく、何も言えずに、リビングを去りました。

私とたいして歳の違わない男から、お父さんって呼ばれるのか・・

喜んでいいのか?
何なのか?それさえも、もはや、定かではありません。

こんな娘に・・・誰がした・・・って。


*出演者情報 坪井章子 3479-1791 青二プロダクション

Photo by (c)Tomo.Yun

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