小山佳奈 2018年2月11日

メッセージとマッサージ

    ストーリー 小山佳奈
       出演 石橋けい

「メッセージとマッサージって似てるよね」
わたしはいつも以上に力をこめて
彼氏の肩甲骨のこりをほぐしながら言った。

自分がこっている人はマッサージが上手というのは本当で
マッサージが得意だったわたしは
彼氏のこりをほぐすのが日課になっていた。
首の右側の付け根がこっている時は
重たい書類を持ってクライアントを回ってたんだろうなと思うし
肩甲骨がガチガチな時には
一日中パソコンに向かって大変だったんだろうなと思う。
マッサージは、メッセージ。
マッサージをすると彼氏のたいていのことはわかると
わたしは勝手に自信を持っていた。

しかし昨晩、神妙な顔つきで彼氏が
「他に好きな子がいる」と言い出したことによって
その自信は、見事に砕けた。
聞けば会社の同じチームの新入社員だという。
こっちは仕事のことをあれこれ心配しながらマッサージしていたけど
実はずいぶんと楽しんでたんじゃないか。
マッサージは、メッセージなんかじゃなかった。
けれどもわたしは泣かなかった。
その代わり、へらへらと笑いつづけた。
彼氏はただひたすら謝りつづけた。

そうしてほとんど寝ないで迎えた翌朝、
出て行こうとする彼氏に
最後にマッサージをさせてと懇願した。
「その子、マッサージ得意?」
「全然」
「そうだよね、若いと肩とかこらないもんね」
そんなどうでもいいことを言いながら
わたしはへらへらとした笑顔で駅まで彼氏を見送り
その足で近所のマッサージやさんに行った。
人にもんでもらうのは久しぶりだった。

おでこのきれいな女性の店員さんがやってきて
首、肩、背骨、腰、ひととおりやさしく手で触れて言った。
「お客さん、何かありました?」
そう言われた瞬間、
わたしの中で何かがぶわりと崩壊した。
怒りが、悔しさが、嫉妬が、絶望が、
わたしの体からあふれでる。

どうしてその子がよかったんだろう。
なぜわたしじゃダメだったんだろう。

「それじゃ始めますね」
肩甲骨に指をぐりぐりと入れられながら
わたしは顔を枕に押しつけて泣きつづけた。



出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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小山佳奈 2016年3月6日

koyama

「桜の季節のとある話」

   ストーリー 小山佳奈
      出演 藤谷みき

王様は困惑していた。
王様には生き別れた双子の弟がいる。
皇太后、つまりは、自分の母親が、
死ぬ間際に王様を一人、部屋に招き入れ、
泣きながらそう告白した。
この国の古くからの言い伝えで、
双子はその家に災厄をもたらすもの、
特に王族でそれは禁忌に近く、
双子は生まれた瞬間に片方だけ野に放り出されるのが常だった。
母親はそれがどうしてもどうしても嫌で、
出産の狂乱状態の中で乳母たちに懇願し、
極秘で母親の郷里近くの村の老夫婦に引き取ってもらったという。
王様はその弟の行方を調べに調べさせ、
ようやくその居場所を突き止めた家来の報告をいま聞いている。
「我が弟はどこにいる」
「は。はるか遠く東の果ての小さな島国におられます」
「かわいそうに。して、その地で何をしておる」
「ユーチューバーになっています」
「え?今何って言ったの?」
「ユーチューバーです」
「チューバ?楽団員か?」
「いやユーチューブに動画をあげてPVでお金を稼ぐ人たちです」
「全然わかんないんだけど、それは素敵な仕事なの?」
「はい、若者を中心にとても人気があります。見てみますか?」
「うん」
王様は家来が開いたパソコンをじっと見ていた。
「っていうか、そもそもこの銀のまな板みたいなものは何?」
「これは説明しだすと長くなるので後で」
そこでは、桜の木の枝を頭につけた裸のおじさんが、
炭酸を一気飲みして鼻から吐いたり、
はちみつを全身に塗って蜂の巣に突進したりしていた。
「こんな拷問のようなことが金になるのか?」
「はい。少なくとも我が国の国家予算は軽く超えるほど稼いでいます」
「えー」
「しかもアカウント名がですね」
「え、何?」
「要は名前がですね、”キングスブラザー”っていうんです」
「どういうこと?」
「つまり、この弟さんは自分が王様の弟であるということを知ってるんです」
王様は困惑した。
王様の描いていたシナリオは、
異国の地で頼るべき身寄りもなく辛酸をなめているであろう弟を、
ある日突然迎えに行き「弟よ」とこの手に抱きしめ、
何も知らずに驚く弟を国に連れて帰り、
王族として盛大に迎え入れるというもので、
なんなら相応の婚姻も用意しようと思っていた。
「結婚はしているの?」
「えぇ、インスタグラマーと結婚しています」
「え?何?」
「一応ネット上でメッセージを送ってみたんですけど
 ”元気にしてるんで、構わないでください。
  それよりそっちもがんばってチョリス”って」
王様はもはや聞き返す気力もなかった。

出演者情報:藤谷みき http://ameblo.jp/knockonwood/

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小山佳奈 2015年8月13日

1509koyama

「台風の目」

       ストーリー 小山佳奈
          出演 清水理沙

台風の目と目が合ったのは、夏の終わりの夕暮れだった。
台風の目はまじまじと私を見ると、唐突に言った。
「つけまつげつけたの、似合う?」
たしかにひじきのような黒々としたものが、
上まぶたにも下まぶたにも張りついている。
「あんまり似合わない」
そういうと台風の目はシュンとなった。
風が少しやんだ。
私はちょっとかわいそうになって慌てて付け加えた。
「台風はさ、台風のままが一番かわいいと思うよ」
そういうと、台風の目は嬉しそうにその目をしばたかせた。
びゅんと風が巻き起こった。
「本当はジェルネイルとかもしたいんだけど」
「やめて、これ以上爪痕残さなくていいから」
台風の目がまたシュンとなった。
「そういうの、もう少し大人になってからでいいと思うよ」
苦しまぎれに言った私の言葉に、台風の目は伏し目がちに答えた。
「これ以上大きくなったら私、台風じゃなくなっちゃうの」
台風のしくみがよくわからなかった私は、あいまいにうなずいた。
「いいよね人間は。ちゃんと大きくなれるんだもの。
 台風って大きくなったら後は消えてなくなるしかないの」
「そうなんだ」
「本当は大きくなったら、恋もしたいし、デートもしたい。
 好きだから嫌い、嫌いだから好き、みたいなのしたい」
「めんどくさいよ」
「めんどくさいの」
「めんどくさいよ。
 だから私はこんな日にこんな崖の淵に立っているんだよ」
「好きだったんだ」
「嫌いだった」
「めんどくさいね」
「そう、めんどくさいの」
「さらってあげようか」
「いい。なんかそういうのもめんどくさい気がしてきた」
「いいな、そういうめんどくさいこと、うんとしたかった」
台風の目は遠くを見つめていた。
「もう少しで私いなくなっちゃうの。
 だから少しでもこの世にいた証拠を残したくて暴れちゃうんだ」
「迷惑だよ、それ」
「知ってる」
台風の目が笑ったので、私もつられて笑った。
「っていうか、こんなにここで無駄話してていいの」
「たぶんどこかがすごいことになってる。
 嫌われちゃうからそろそろいくね」
「うん」
台風の目は何回かまばたきをしてから、
北の方へ向かっていった。
風がごうと吹いた。

その日の夜、宿に戻った私は、テレビのニュースで、
台風が温帯低気圧に変わったことを知った。
私は古ぼけたコンビニにかろうじて置いてあった変な色のネイルを
はげかけたペディキュアの上から丁寧に塗った。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

 

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小山佳奈 2015年3月8日

koyma1503

「ノダアカネ」

    ストーリー 小山佳奈
       出演 石橋けい

夢の中に出て来た女の子の名前は、
夢の中でもすぐに思い出した。

ノダアカネ。
転校生だったノダアカネは、
目がぎょろっとしていて背も大きくて、
ポニーテールにまとめた髪の毛もちょっとくるくるしていて、
小学校4年生にしてはあまりに大人びていた。
いわゆる転校生っぽい遠慮はどこにもなくて、
誰にでも話しかけて、関西弁が妙にまたおもしろそうに聞こえて、
彼女のまわりにはいつも人垣ができていた。
勉強も運動もそこそこできたし、
男子とも物怖じせずに戯れていた。
そして近所のスーパーには絶対売ってないような、
ひらひらとした丈の短いスカートをいつもはいていた。

たしか私はノダアカネが気に入らなかった。
下品で失礼な人だと決めつけていたし、
へんに馴れ馴れしいのも気に入らなかった。
正確には、苦手だったんだと思う。

ある時、ノダアカネがとても困った顔をして
私に話しかけてきたことがあった。
「ナプキンとか持ってないよね」
ひょろひょろして男の子みたいな体つきをした私には、
一瞬何のことだかわからなくて、びくっとした。
考えてみればノダアカネは、体も大きかったから、
そういうことが始まっていても、ちっともおかしくはなかった。
そういえば、少し前にそういう授業を保健の先生から受けた時に、
全員に一つずつ渡されていたものが
まだロッカーにしまってあったことを思い出した。
そうか、ノダアカネはまだその時いなかったんだ。
でも私はそのことをノダアカネに言わなかった。
「ごめん、持ってない」と嘘をついた。
なぜそんな嘘をついたのか、自分でもわからない。
ノダアカネは、一瞬困った顔をして、
でもすぐに「ありがと」と笑顔になって教室を出て行った。
その日一日、私はノダアカネの丈の短いスカートが、
真っ赤に染まってしまわないか、ドキドキしながら見ていた。

夢の中のノダアカネは、その時と同じ困った顔をしていた。
でも、すぐにやっぱり笑顔になって、
どこか遠くへ行ってしまった。
目が覚めるとお腹に特有のだるさが広がっていて、
トイレに行ったら案の定、生理が始まっていた。
ノダアカネは、今ごろ何をしてるんだろう。
トイレットペーパーに広がる茜色のものを見ながら、
今でも丈の短いスカートをはいてるといいな、と思った。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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小山佳奈 2014年3月9日

「だから言ったじゃん。」

        ストーリー 小山佳奈
           出演 石橋けい

スミレさぁ、
だから言ったじゃん。
いい年して、パンケーキ食べてるだけのブログ、
いいかげんにやめなって。
あと一緒に載せてるスムージーって、
たぶんアサイーボウルだし。
DEAN&DELUCAのかばんも自慢気に載せてたけど、
別にいま街中のOLみんな持ってるからね。
つけまつげも、真っ赤な口紅も、なんか微妙だし、
だいたいアヒル口ってのも、ちょっともう、つらいし。
ドラマとかCMの仕事してるって言ってたけど、
全部スタンドインって奴でしょ?
そこからスカウトされるんだって言ってたけど
そんな子ほぼいないらしいじゃん。
っていうか10年もやってたら、気づくよね、ふつう。
あとその芸人目指してるとか言ってた彼氏?
いやそいつが本気で目指してるかどうかも怪しいけど、
そいつが合コン行きまくってるって知ってた?
友だちが行った合コンに来てたらしいんだけど、
「オレにバカみたいに貢いでくる女がいるんだよね」
って言ってたらしいよ。 
だいたいそいつのネタ、全部ニコ動のパクリだって、
気づいてた?
お金ないのに、よくわかんないとこで整形なんてするから、
よくわかんない顔になっちゃって、
あんたのお母さん、自分の娘か確認しろって言われても、
しばらくは全然わかんなかったんだよ。
っていうか、あんたスミレなんて名前じゃなかったじゃん。
松川スミ子って、名前見てみんなぎょっとしてるよ。
そういう、うすっぺらなところが大っきらいだった。
そういう、バカで、単純で、流されやすいところが大っきらいだった。
なんで最後まで笑ってる顔しか見せてくれなかったの。
なんで怒ったり泣いたり恨んだりしてくれなかったの。
なんでほんとのこと言ってくれなかったの。
ねぇ、何で死んじゃったの。
何か言ってよ。スミレ。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース


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小山佳奈 2013年3月17日

「シベリアの花」

        ストーリー 小山佳奈
           出演 植野葉子

シベリアで3万年前の花が咲いたという
ニュースをテレビで見たのは、
父の3回忌の日だった。

母と私をあっさり捨てて若い愛人のもとに走った父は
半狂乱になって死んだ母の葬式にも連絡一つ寄越さず
それから10年くらいたった頃に流行り風邪をこじらせて死んだ。
ご親切な役所から紙切れが送られて来たことで父が
愛人にはとうに捨てられていたことがその時わかったわけだが
そんな父の命日なんかよりもいまの私には
会社に休みますっていう電話をどうするかの方が重要で
案の定こんな決算の大事な時期に休むなんてとぶつぶつ言われ
私はすんませんと適当に電話を切ってベッドに寝転がり
鈍く痛むお腹をさすりながらニュースを見ていた。
シベリアの永久凍土から発見された種子を
最新の科学の力で咲かせたというその花は
3万年という年月から目覚めたわりには
バカみたいに平凡な顔つきをしていた。

そっか。

私のお腹の中にあった種も
永久凍土に埋めてあげれば
よかったかな。

そうすれば3万年後の人類が
その種を育ててくれたかもしれないな。

いやいっそ私とナカタニさん二人で
永久凍土に埋まればよかったのか。
でもそうするとどっちがどっちを先に埋めるのだろう。

たぶんナカタニさんは
後から絶対いくからと言って私を先に埋めて
でも怖くなって逃げちゃったりするかもな。
それでシベリア鉄道のキーホルダーを子どものお土産に買って帰り
「いくらビジネスチャンスだからってシベリア出張はきついよね」
なんて奥さんに脱いだ背広を渡しながら言うんだろうな。

結局私も父と同じだった。
不倫みたいな、低能で、低俗なこと、死んでもするかと思ってたのに。
血は争えないって、こういうこと。
シベリアの花は3万年たっても、シベリアの花であるように。
DNAの二本の鎖が私を絡めとるのだ。

ひょっとすると私のお腹の中にあった種も
3万年後に見つけられたら同じことをするのかもな。

いまとなってはどうでもいい。
もう私のお腹の中には何もない。

洗濯物ごしに見える外は
ウソみたいにいい天気だった。
私はせんべいをぽりぽり食べながら
明日、父の墓参りにいこうと思った。

出演者情報:植野葉子

 

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