山の奥の奥
山の奥の奥のどん詰まりの村があった。
村人はここより奥によもや人が住んでいるとは思ってなかったが、
あるとき川の上流からお椀が流れてきて、
もっと奥にも人が住むことを知ったという。
そんなことがきっかけで
上流の村と下流の村は様子を尋ね合うようになった。
昭和のはじめの冬のことだった。
常なら4メートル積もる雪が6メートルの深さになり
ついに10メートルに達した。
もう二十日あまりも道が塞がれ行き来が絶えていた。
そんなところへ下流の村には
県の役人と赤十字の医者がやってきた。
大雪に閉じ込められると怪我人と病人が増えるので
雪を侵して村々を巡回するのである。
下流の村の村長さんは
ここより上流にまだ村があることを役人に伝え、
自ら道案内をして雪の山を登った。
上流の村へ行ってみると
家々はすっぽり雪に埋もれていた。
玄関も窓も雪に塞がれ、
外に用事のあるときは床からハシゴを登り、
屋根につけてある小さな出入り口を使うのだ。
家の中は真っ暗で、チョロチョロ燃える囲炉裏の火だけが
灯りの役割を果たしていた。
結局この冬は、いくつかの村で百人ほどの人が死んだ。
上流の村はそんなこともあって
数年後には住む人もいなくなり、廃墟になってしまった。
それからまたしばらくして、
ある年のお盆に
下流の村の村長さんが上流の村の供養を思い立った。
守る人もいなくなった墓にせめて香華を手向けようと
考えたのである。
下流の村から10人余りの人が酒と線香を携えて
草に埋もれた道をたどり、山を登った。
おおかたの場所はわかった。
上流の村は炭焼きの村だったので
炭に使う樫の木や楢の木の林が目印になる。
ところが、墓のありかが見えない。
墓どころか、家も見えない。あったはずの石垣も見えない。
人の背丈より高い草が視界をさえぎり
歩くのさえ苦労するほどだった。
これではどうしようもない。
村長さんとその一行はそこからさらに山を登り、
峠の上から村があったはずの谷に向かって酒を撒いた。
村は夏草の海に沈み、影も形も見えなかった。
みんなはしばらく手を合わせ、それから山を下った。
誰も口をきかなかった。
草や木のたくましさに較べて
人の営みの何と脆くてはかないことだろう。
それでも人は草を刈り木を伐って家を建て村を作り
その日その日を生きようとする。
帰り道、村長さんは海原を漂う小舟のような心細さにおそわれて
ぽろっと涙をこぼし、
あわててクシャミでごまかした。
出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/