どこでもドア
ストーリー 中山佐知子
出演 高田聖子
月曜日、玄関のドアとケンカになった。
古くて建て付けが悪くなったせいかドアは頑固だった。
なかなか開かないし、開いたら閉まらない。
その日は私も虫の居所が悪く、急いでいたこともあって
開かないドアに蹴りを二三発食らわしてしまったのだ。
「何すんねん。」ドアは怒った。
「あんたが悪いんやろ、この老いぼれ」
口論になったが
ドアのやつが大きな口を開けて怒鳴るので
私はその口に飛び込んで外に出ることができた。
鍵もちゃんとかけたのでドアは静かになった。
その夜のことだった。
家に帰ってドアを開けると、いきなりトイレだった。
トイレのドアを開ける台所だった。
台所のドアを開けると外に出てしまったし
同じドアから戻るとこんどは暗くて狭かった。
わあぁ、どこや、ここは。
クロゼットの中だった。
えらいことになった。
テレビを見たいのにバスルームに入ってしまう。
もう寝たいのにパジャマのまま外に出てしまう。
家中のドアが「どこでもドア」になっていた。
しかもそのドアは好き勝手なところに私を連れて行く。
翌朝から私は用心深くなった。
一泊用のカバンを用意し、着替えと化粧道具を詰めた。
朝起きて寝室を出ると
もう一度着替えに戻れないかもしれないからだ。
風呂に入るときもバッグを持って入り
出る前に服を着ないとハダカで外に出てしまう危険があった。
トイレもめぐり会えたときに済ませることにして
部屋から部屋の移動を最小限に抑えた。
土曜日は先輩が遊びに来ることになっていた。
駅まで迎えに行って家に着くまで
「何があってもびっくりせんといてくださいね」と
何度も念を押したにもかかわらず
先輩はまわれ右してすみやかに帰って行った。
その日は玄関を開けたらいきなりバスルームで
しかもシャワーから水が出っぱなしだったのだ。
私は角(かど)まで追いかけて行って
悪気があるのはドアで私ではないと申し開きをしたのだが
先輩は凄い目で私を睨み、濡れた髪をハンカチで拭きながら
「早よう水止めんと勿体ないで」と捨て台詞を残して去った。
私は、こんな事態ではあるけれど
男のくせにそんなことを口に出す先輩がちょっとイヤだと思った。
それから家に帰って、私は窓ガラスを磨いた。
それはドアに見せつけるためだったが
窓は大喜びで私に忠誠を誓った。
月曜日、私は窓から出て仕事に行った。
戸締まりしといてやと声をかけると、窓の鍵は勝手に締まった。
夜、仕事から帰ったら玄関のドアに窓がついていた。
トイレのドアにもバスルームのドアにも必要なときは窓ができた。
「どこでも窓」の出現だった。
いや、よく考えるとそうではない。
ドアはこの家の部屋と部屋のつながりをパズルのようにしてしまうが
窓はそれを正しく戻してくれるのだ。
台所からパスタとサラダをお盆にのせて
トイレを経由せずにリビングにたどり着くってなんて幸せなんだろう。
しかしそれは長続きしなかった。
「どこでも窓」は窓拭きを忘れるとすぐに拗ねてしまう。
すると、その隙を突くように「どこでもカーテン」があらわれた。
カーテンの次は「どこでも絨毯」だった。
その絨毯にお茶をこぼして険悪になった日の夜、
会社から帰ると玄関には絨毯ではなくカーテンでもなく、
ドアが戻っていた。
「久しぶりやんか」
思わずドアに話しかけてしまった。
ドアは黙って私を通してくれた。
ドアを開けるとトイレでも寝室でもなく、ちゃんと玄関の中だった。
右にはちゃんと下駄箱もある。
私はただいま〜と大きな声を出しながら靴を脱いだ。
出演者情報:高田聖子 株式会社ヴィレッヂ所属 http://village-artist.jp/index.html