トラック島の港を出たところで
サイレンがけたたましく鳴り始めた。
基地上空に米軍機多数襲来。
あっという間に兵舎が炎上する。
滑走路にいた輸送機も爆破された。
まもなく敵機はこの船団を追ってくるだろう。
巡洋艦「香取」、「赤城丸」、
駆逐艦「舞風」、
そして自分の乗った駆逐艦「野分」。
一刻の猶予もない。
北の水道を目指して急ぐ。
と、双眼鏡にアメリカ国旗を掲げた船影が映る。
戦艦2隻、巡洋艦2隻。
勝ち目はない。
トラック島上空からは、戦闘機が追いすがってくる。
砲撃!
右舷に高い水柱が上がる。
船体が傾き、床になぎ倒される。
双眼鏡が音を立てて割れる。
さらに砲撃。
甲板を転がりながら必死でロープにしがみつく。
船は急角度で舵を切り、速度をあげる。
水柱が何本も上がり、しぶきが顔にかかる。
後方で機銃掃射の音と爆発音。
見ると太い黒煙が立ちのぼっている。
味方がやられたのか。
起き上がって船縁につかまり、目を凝らす。
風圧で海に振り落とされそうだ。
不意に故郷の山形を思い出す。
秋になると、猛烈な風が吹いた。
吹き飛ばされないように前のめりになって歩く。
馬見ヶ崎川(まみがさきがわ)で魚を突くためだ。
同級生の醤油問屋の息子と一緒に、親には内緒で出てきた。
こんな荒れた日に、大物が獲れるのだ。
風の中で、互いに好きな子の名前を、大声で言いあう。
「へえ、あいつか」
同じ子でないことに二人とも安心し、
「あいつのどこがええんかのう」
などと言っては笑う。
自分は海軍、醤油問屋の息子は陸軍。
いまはどこで、どうしていることか。
「伏せろ!」と誰かが叫ぶ。
目の前で巨大な水柱が天まで持ちあがり、体が宙を飛ぶ。
のどの奥からひとつの言葉がほとばしる。
午後五時二十五分。
うす暗い軍需工場の隅でねじを磨いていた少女は、
自分の名前を激しく呼ぶ声を聞いた。
ふりむくと、南向きのまだ明るい窓に、薄い月が出ている。
月の前を、船のような形の雲がゆっくりとよぎる。
「そこ、よそ見するな」
監督の将校が少女に杖の先を向けた。