山中貴裕 2024年10月6日「指の系譜」

指の系譜

ストーリー 山中貴裕
出演 大川泰樹

青い唐辛子のようなちいさな指で
一生懸命に鼻くそをほじっている少年の私を見ながら祖父は、
「ほじってもええけど、それ食べたらしょっぱいでえ」と
ニヤリと笑った。
家族の誰ともほとんど話をしない祖父だったが、
孫である私には、時折そんなふうに
こっそりコミュニケーションをとってきた。
祖父から漂ってくる煙草の匂いは、
間違いなく、私にとって大人の匂いだった。

6人兄弟の5番目として生まれた祖父は、
家が貧しかったため、小学校を卒業するとすぐ
「口減らし」のために親戚の家に養子に出されたが、
無口で愛想が悪い子どもだったため、
養父や養母に可愛がってもらえなかった。
祖父がたまたま学校を早退して早く家に帰ると、
養父と養母が内緒ですき焼きを食べている場面に出くわしたことも
あったという。
肉が貴重な戦時中、きっと育ちざかりの祖父も
喉から手が出るほど食べたかっただろうに。

そんな切ない暮らしに耐えかねたのか、
自暴自棄になったのか、それとも本気でそう思ったのか、
「戦死した兄貴たちの敵討ちに行く」と言って
祖父は、赤紙もきていないのにみずから望んで戦争に行った。
16歳の志願兵。
今なら高校一年生の男の子である。
飛行機乗りになりたかったが足の裏が偏平足だったのが原因で不合格となり、
九州の飛行場で整備兵として働いた祖父はそこで終戦を迎えた。
ふるさとへ帰る兵士で満員の貨物列車が広島駅で停車したとき、
焼けただれてすべてが破壊された街のむこうに
青い海が輝いていたという。

「もしも飛行機乗りになれてたら神風特攻隊に選ばれて死ねたかもしれんなあ」
という言葉を、一度だけ祖父から聞いた日があった。
「じいちゃんが死んでたら僕は生まれてないね」と私が返すと、
祖父はニンマリとほほ笑んで「お前は賢いなあ」と頭をなでた。
私が広告屋になったとき誰よりも喜んでくれた、祖父。
じつは絵を描いたり文章を書いたりするのが好きだった、祖父。

戦争中のケガが原因で、祖父の右手の人差し指は、半分欠けていた。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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山中貴裕 2023年10月1日「取調室」

取調室

    ストーリー 山中貴裕
       出演  遠藤守哉

刑事さん、何度も言いますけど。
私はやってませんから。
さっきも言いましたけど、
昨日は近所のドトールコーヒーで
モンブラン食べながらコピーを書いてたんです。
はい。コピーライターだからコピーを書くのが仕事です。
もう一度、昨日の朝からの行動を説明しますね。
昨日は土曜日だったけど
締め切りが迫ってるコピーがあったんで
8時に起きてすぐにいつものドトールに行ったんです。
え?土曜なのに働くのかって?
「フリーランスは休日働いてなんぼだろ」って、
なにかの映画でリリー・フランキーが言ってましたけど、
そうなんです。
フリーの人間には土曜も日曜もないんです。
盆も正月もないんです。
頼まれた仕事を締め切りまでに確実に納品しないと
食っていけないですから。
もうこういう生活を10年以上やってますからね、
慣れましたよ。
で、結局、モンブラン食べてコーヒーを2杯おかわりして
2時間ぐらい粘ったけどいいコピーが書けなくて、
気分を変えようと思って店を替えたんですよ。
どこの店だって?
駅の反対側にあるドトールです。
いやいやいや!不自然じゃないですって!
いつもそうなんですって!
私は、ドトールじゃないと仕事できないんですって。
スタバとかコメダとかじゃなくて、
ドトールじゃないと落ち着かないんですよ。まじで。
そこでまたモンブランを頼んで、コピーを。
いやいやいや。ルーティンなんですよ、
ドトールのモンブランが。
甘いモンブランを食べながら苦いコーヒーを飲むと、
いいコピーが書けるんです。
いや、書けないことも多いけど。。。
あそこの店員さんに聞いてみてくださいよ。
ほぼ毎日通ってるから、
絶対、私の顔を覚えてるはずですよ。
いつもモンブラン頼んで、
テーブルにノートをひろげて
鉛筆にぎりしめながら
暗い顔で考え込んでる無精ひげの男なんて、
絶対、気持ち悪いと思うんですよ。
「あのおっさん、なんの仕事してるんだろう?」って、
きっとそう思われてるから。
昨日もお昼過ぎまで店に居たからきっと覚えてますよ。
これでアリバイ成立でしょ?
え?殺されたのも同じコピーライター?
いや、あいつはでっかい広告代理店の
コピーライターだから、
ほんとはコピーなんか書いてませんよ!
ぜんぶ、私らみたいな人間に外注して、
土日はのんびり家族とバーベキューでもしてますよ。
殺されて当然のヤツですよ。
って、いやいやいや!
今のは口が滑ったんです!
刑事さん、そんな怖い顔しないでくださいよ!
ほんとうに、私はただの
しがないフリーのコピーライターなんですから。
はい?被害者はクリエイティブディレクターという肩書きも持ってた?
はいはいはい。
代理店の連中は、
そういう何となくエラソーな肩書きを名乗るんですが、
さっきも言いましたけど、
あいつら実際はなんにも仕事してないですからね。
最近じゃ、
「デジタルなんちゃら」とか
「なんとかトランスフォーメーション」とか
横文字並べて誤魔化してますけど、
実態は何も無い
「空気」みたいなもんですから。
殺されたあいつも、
ほんと、昔から口だけは達者な
詐欺師みたいな人間でしたからね。
きっと騙した誰かに、刺されたんでしょ。
。。。え?
なんで、刺されたって、知ってるんだって?
。。。も、もう帰っていいですか?
今夜もコピーの締め切りがあるんです!
警察に捕まったって言えば、
クライアントも許してくれるかなぁ。。。
はぁ。。。モンブラン食べたい。。。
.


出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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小さなハル

「ちいさなハル・盛岡」

      ストーリー 山中貴裕
         出演 岡田優

国の訛りが恥ずかしくて、
バイト先ではあまり話をしない。
もっとも、小さな中華レストランの
皿洗いの仕事だから、
口を開く機会はそもそも少ない。
ラストオーダーが11時で、
店が閉まるのが11時半。
そこから掃除と後始末を済ませて、
タイムカードを押して外へ出ると、
もう0時を過ぎている。
薄いダウンジャケットのポケットに
両手をつっこんで、
真っ暗な商店街を早足で歩いて帰る。
冬だと、息が白く凍る。

そんな時、いつも思い出すのは、
ふるさと盛岡の厳しい寒さと
飼い犬だったハルのことだ。
明治橋の下に捨てられていた
ハルを連れて帰った俺に、父はひとこと
「弟ができたな」と笑った。
くんくんと腕の中でさびしそうに鳴く、
ぬくぬくとあたたかく、やわらかい小さな命は、
その日から、俺のたった一人の兄弟になった。
薄茶色の背中に鼻をすりよせると、
ひだまりの匂いがした。

19の冬、夢を持ってふるさとを出た。
夢が俺を、ひとりぼっちにした。
アパートの鍵をあける時、いつも、
部屋の中にハルがいるような気がする。

・・・もうすぐ春。花も咲く。
東北へ、帰ろう。

岩手の旅http://www.iwatetabi.jp/

岩手県産 味・技 通信http://www.iwatekensan.co.jp/

盛岡観光情報http://www.odette.or.jp/citykankou/frame/frame.html

盛岡タウン情報http://www.morioka.ne.jp/


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ハナサケニッポン

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津軽・七つの雪

「津軽・七つの雪」篇

         ストーリー 山中貴裕
            出演 内田慈

拝啓 あなたへ

こんなメールやケータイの時代に
ぎょうぎょうしく手紙をしたためて送ることを驚かないでください。
なにか深刻な告白や、初めて明かされる新事実があるわけではなく、
ただ、なんとなく、
津軽の冬が私をそういう気分にさせただけなのです。

津軽に降る「七つの雪」を小説に書いたのは、太宰治です。

こな雪
つぶ雪
わた雪
みず雪
かた雪
ざらめ雪
こおり雪

私がこの町に辿り着いた日は、
こな雪が地吹雪になって吹き荒れていて
息もできないほどでした。
乗っていたストーブ列車がぐらぐら揺れたりして
ちょっと怖かった。

きのうの夜は、ざらめ雪が降りました。
宿のトタン屋根にぱちぱちと何かが爆ぜるような音がして、
おもわず窓をあけて外を見ました。
てのひらで受け止めると、
確かにざらめのような荒い雪の粒が
肌にあたって弾んで、やがて私の体温に溶けてゆきます。
しばらく暗闇に手をさしのべて
雪の冷たさをたのしみました。

毎朝、宿の前を
キシリキシリとこおり雪を踏んで
新聞配達の少年が通ります。
「こどもの頃に新聞配達をしていた」と
あなたが言っていたことを思い出して、
少年時代のあなたを想像したりしています。

津軽の七つの雪をぜんぶ見たら、
私はこの旅を終えてあなたの町へ帰ります。

それまで、
プロポーズの返事は待ってもらえますか?

―――東北へ行こう。

津軽ナビhttp://www.tsugarunavi.jp/

白神山地ビジターセンターhttp://www.shirakami-visitor.jp/

青森案内名人http://www.atca.info/

東北観光博http://www.visitjapan-tohoku.org/


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陸前高田・祖父の寄付

「陸前高田・祖父の寄付」篇

         ストーリー;山中貴裕
            出演:地曵豪

祖父が「寄付をする」と言い出した。
出張のおおい仕事をしていたが、
土産など一度も買って帰ったことがなかった、
いたって倹約家の祖父がである。

「もったいない」が口癖で、
魚は骨までバリバリ食べる。
そんな祖父が、寄付?
家族みんなが驚いた。

寄付先は、桜ライン311プロジェクト。
岩手県の陸前高田市で、
津波の到達地点に桜の木を植えて、
震災を未来に伝えようという取り組み。
律儀に切り抜かれた新聞記事を前に、
家族は全員、おなじ言葉を飲み込んだ。
「で、いくら寄付するの?」

元来、無口な祖父である。
無口なうえに頑固なので、
いちど決めたことは決して曲げない。
ようやく父が、口を開いた。
「お父さん。寄付は素晴らしいことですが、
なんでまた、縁もゆかりもない東北に?」
しばし虚空をにらんで、祖父はポツリと言った。
「昔、仕事で、一度だけ陸前高田に行ったことがある」

若き日の祖父が、大きな旅行カバンを抱えて、
ちいさな駅に降り立つ姿を、私は思い浮かべた。
のどかな港町の向こう、しずかな春の海が輝いている。

浜風に桜が舞う。
16才で志願兵として戦争へゆき、
18才で戦争が終わり故郷へ帰り、
農機具を売り歩く仕事についた祖父が、
東北のその港町をなぜ訪れ、
いったいどんな思い出をつくったのか。
無口な祖父は、何も語らない。

よし。次の春は、祖父を連れて。

―――東北へ行こう。

陸前高田観光物産協会:http://www.3riku.jp/kanko/

陸前高田未来商店街:http://ameblo.jp/mirai-shotengai/

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