散歩
ぼくは犬です。ぼくは散歩がきらいです。
どんな犬も散歩が好きだと人間は思い込んでいます。
が、それは大間違いです。
ぼくは散歩がきらいです。
ぼくは冬の散歩がきらいです。
毎日くそ暑いからです。
犬の平熱は38度以上、そのうえ毛皮のようなものを着ています。
それなのに人間は「寒いでちゅねー」とかなんとかいいながら
厚手のニットやダウンの服をぼくに着せます。
これはとんでもなく迷惑です。
真っ裸で北風に吹かれるぐらいが、ぼくにはちょうどいいのです。
散歩が終わり服を脱ぐと、ぼくの毛は汗でうっすら蒸れていて、
とても不快です。臭いも少しします。
どうして人間は気づいてくれないのでしょうか。
ぼくは夏の散歩がきらいです。
早起きが大きらいだからです。
犬は暑さに弱い。どうにもこうにも弱い。
だから人間は朝早く起きて、涼しいうちにぼくを散歩に連れ出そうとします。
でもぼくは朝寝坊がたまらなく好きなのです。
犬のために室温24度に保たれた快適な部屋。そこでひたすら眠っていたいのです。
よく見る夢は、ヒンヤリした高原をおもいっきり走る夢です。
思わず足がぴくぴく動き、ふ、ふ、ふ、と息がこぼれます。
どこまでもどこまでも颯爽と駆け抜けるぼく。
それが「お散歩いくよー」の大声で、かき消される無念さ。
これはもう、太陽にほえるしかありません。
わん!
ぼくは秋の散歩がきらいです。
大好きだったあの子に、もう会えないからです。
茶色いふわふわの毛をしたつぶらな瞳のあの子。
モンローウォークのように小さなお尻をふりながら歩くあの子。
どんな犬にも目をくれないつんとすましたあの子。
ある日あの子が、やんちゃなあいつに追い回されたことがありました。
きゃんきゃんと泣き叫ぶあの子。
ぼくはとっさにあいつに飛びかかり、吠え立て、追い払いました。
あんなに大声で吠えたのは、人生で初めてでした。
あの子はうるんだ瞳でぼくに近づき、そっとキスしてくれました。
1秒にも満たないキス、でも永遠に忘れられないキス。
あの子はいま、空の上でモンローウォークしています。
だから秋の散歩はきらいです。
春の散歩がきらいです。
花がきれいに咲くからです。
人間はやたらと歓声を上げ、写真を撮りまくり、散歩を中断させます。
あげくには落ちた花を拾ってぼくの頭にのせ、とぼけた写真を撮ったりする。
とても恥ずかしいです。知性派で通っているぼくのプライドがズタズタです。
でも、人間の笑った顔を見るのはきらいではありません。
笑うとみんなやさしい顔になります。
いつも不機嫌なおじさんも、生意気なJKも、悪口ばかり言っているおばさんも、
みんなやさしい顔になります。
犬もあんな風ににっこり笑えたらいいのに。
春は、人間がちょっぴりうらやましくなります。
ぼくは犬です。一年中散歩をしています。
でもやっぱり、ぼくは散歩がきらいです。
出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属