タケノコというのは要するに竹だ。
しかし竹のくせにうまい。
私なんぞはタケノコを煮ないと春が来ないと思うほどだが
もともとの性根が竹なのでそうそう言うことをきいてはくれない。
タケノコを炊くならばじっくり時間をかけて騙すか言い聞かせるか、
ともかく即席にやっつけようという考えは持たないのがいい。
西の国から東京に出てきて驚いたのは
タケノコを甘辛く煮ていることだった。
なっなっなんですかっ、これは。
甘くて辛くて固い、しかも黒い。それが東京のタケノコだった。
あ〜〜、びっくりしたなぁ、もう。
もしや茹でかたが足りないから固いのか?えぐいのか?
えぐいからあんなに濃い味にしてしまうのか??
わからない、さっぱりわからない。
ともかくあんなに濃い味ではないタケノコを炊こう。
おっと煮る前に茹でなければいけないわけだが。
タケノコの茹でかたは二派に別れている。
その1、皮をむかずに茹でる。
その2、皮をむいて茹でる。
私は皮をむかないで茹でているので、2 がどんなものか知らないが
どちらにも天罰が下ったという話はきかない。
たぶんどちらでも大丈夫なのだろう。
う〜ん、でも私は皮ごと茹でたい。
疑り深い性分なので、皮をむいて茹でるとうま味も逃げるのではないかと
疑ってしまうわけなのだ。
やはりこれは皮つきのまま茹でていただこう。
しかし皮つきとか皮むきとかを議論する前に
ひとつ大事なことがある。
タケノコは時間勝負ということだ。
つまり掘ってから時間がたつほどえぐみが強くなるということだ。
店頭に並ぶタケノコはそれなりの時間が経っているが、
たとえ三日前のタケノコを買ったにしても
どうせ古いんだもんとヤケを起こして
翌日まで転がしておいてはいけないのだ。
買って帰るやいなや手当に取りかかるべきなのだ。
手当というのはつまりさっさと茹でろということだ。
いま皮をむかないと言ったばかりだが、実は一枚か二枚は皮をむく。
泥がついているしね。三枚でもいい。
一枚から三枚くらい皮をむいて、タワシでゴシゴシこすって洗って
それから穂先の先端を斜めに少し切り落とす。
次に皮に縦の切れ込みを入れる(下の図)
根元のイボイボも包丁で削っておく。それから茹でる。
茹でるときは水からだ。
タケノコが入る大きな鍋に水を入れ、タケノコを入れて火にかける。
糠は?
糠は持ってないから入れません。
赤唐辛子は?
赤唐辛子は家にあるんですが、よく入れ忘れます。
こんないい加減さでも大丈夫。
水から茹ではじめて沸騰したら火を弱くして、
水が減ったら足しながら3時間ばかり茹でる。
いや、いま掘ったばかりの京都のタケノコならば
そんなに茹でる必要はないだろうけれど、
なにしろ関東のタケノコだし、
流通を正しく経過して時間が経っているタケノコだ。
大きいタケノコなら4時間でもいい。この際、茹で倒してしまうのだ。
そして茹で倒したら火を止めて冷めるまで放っておく。要するに蒸らすのだ。
すぐ隣に竹林があるという産地の人なら「蒸らし」は省略できる。
茹でたアツアツをザルに取ってそのまま冷やすとか皮を剥くとかいうのは
産地または産地に近い人のすることで
産地に遠い我々は蒸らした方が安全だ。
さて、このときに茹でた鍋のお湯を確認する。
茹で水(というか、お湯ですが)が濃い茶色になっていることが多い。
この茶色のお湯が、蒸らしている数時間の間に
皮に包まれていない根元の部分を染めてしまう。
私はこれがイヤなので、そろそろっとタケノコをだましながら
鍋のお湯を新しいお湯に取り替えてしまうのだ。
冷めるまで待てない急ぎのときも、鍋のお湯を60℃くらいのに取り替えて
しばらく置いたらさらにぬるいお湯に取り替える。
タケノコは皮に包まれているので
鍋のお湯の温度が下がっても皮の中はまだ熱々だ。
熱々だが外気…ではなく外湯がぬるくなっているので冷めるのは早い。
こうしてまたしばらく置いて、今度はぬるま湯を流し込んで皮をむく。
皮の中から熱湯が出てくるから注意だよ。
これは邪道かもしれないけれど、急場しのぎの私のやりかただ。
このようにタケノコをちゃんと茹でるには時間がかかる。
茹でるだけでまず3時間から4時間。
それから火を止めてお湯が冷えるまでだってけっこうな時間だ。
蒸らしの短縮方法を採用しても茹で上がってすぐ皮をむくわけではないし、
煮る時間だって急ぎでも1時間は覚悟していただきたい。
金曜の夜に飲まずに帰って来てタケノコを茹で、火を止めてそのまま寝て、
土曜の朝から出汁で煮始めて、晩ご飯のお膳に乗せるのが普通だった。
うん、まあ金曜に飲んで帰って来てから
タケノコを茹ではじめて3時間後に目覚ましをかけておき
寝ぼけ眼で火を止めて朝まで放置する…ということも
昔はさんざんやっていたな。
飲んで帰ってそのまま寝てしまったときは
土曜の朝から茹ではじめるのだが、
この場合は間に合わないので、火を止めてから蒸らす時間を短縮していた。
しかし、どうしてこんなに時間がかかるのだろう。
昔住んでいた借家の大家さんが
5月になるといまでもタケノコを持ってきてくれる。
そのタケノコは世田谷のタケノコだ。巨大なタケノコだ。
掘ってから店頭に並ぶ間もなく私のところへやってくるらしく
タケノコにへばりついている土もまだ湿っているし
根元の部分も柔らかいけれど、
それでもえぐ味は一人前にあるし大きいので4時間は茹でる。
幸運にも京都産が手に入ったときは、そうだなあ
関東が4時間だとすると、1時間くらい短くしている。
ここで間違えてはいけないことは
「柔らかくなる=えぐ味が抜ける」と考えてはいけないということだ。
そんなおめでたいことを考えてはいけないよ。
「柔らかくなってもえぐ味は抜けない」のだよ。
上の写真が京都のタケノコ。
下の写真がいただきものの世田谷のタケノコ。
(世田谷のは…ちょっと育っていませんか?
もう少し早めに掘って…いやいや、なんでもないです…)
こうして見較べると土の違いを思わずにはいられない。
化学力(養分)のある関東の黒い土と
物理力の強い(水はけがいい)関西の白っぽい土。
そしてその土の成分が溶け込んだ水もまた違う。
京都のタケノコをいただくことが以前は何度も何度もあった。
輸送の時間がかかっているのだから不利なはずなのに、
炊いてみると、なんていうのかなあ、
繊維と繊維の隙間がすっきりしているというか
音と音の間に一瞬の空白があるグレン・グールドのピアノのような感じ。
とにかく孤高であり潔癖であり品格が高い。
私は、まだ春になる前の握りこぶしほどもない小さなタケノコから食べはじめ、
5月になってもまだ食べ続けるということを毎年繰り返しているので、
すでに腹の中が竹薮になっていても不思議でないのだが、
それでも、どうしても、
京都の白い土のついたタケノコが食べたいなとつくづく思う。
ところで、ずいぶん長くなってしまったので
タケノコを炊くのは別の記事にしますね。
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