ストーリー

タカハシマコト 2012年3月18日

電車ごっこ

           ストーリー タカハシマコト
              出演 地曵豪

子供たち、ことに男の子は、
ものごころつく頃、「動く、大きなもの」を好きになる。
動物だとゾウやライオン、工事現場で働くクルマ、そして鉄道だ。

今も昔も、子供たちは遊び場探しの天才。
電車好き少年たちもまた、そう。
もちろん駅に電車を見に行くのは楽しいけれど、
もっと日常的にできること。
それは、「電車ごっこ」。
「ガタンゴトン、ガタンゴトン」「シュッシュッポッポ」と声に出さなくても、とび縄を使って誰かと「二両編成」にならなくても、電車ごっこはできる。

小学校へ向かう道すがら。
道の脇にある排水溝が、ところどころコンクリートの蓋で覆われている。
その蓋を線路に見立て、少年の列車は発車する。
子供の体重でも踏むたびにガタガタいうところが、妙に電車らしい。
蓋が途切れ、ドブがむき出しになると、
ちいさな電車はモノレールのように足を広げて進む。
足を踏み外さないように気をつけながら、
でも遅刻しないようにできるだけ急いで。

やがて、大きな難関が立ちふさがる。
排水溝が通学路とは違う向きに折れている曲がり角。
このまま自分の線路を走り続けるのか?ここでいったん脱線するか?
少年はひとつのルールを編み出す。「一度だけ乗り換えOK」。
新しい線路は歩道の白線。
先ほどより細い幅からはみ出さないように気をつけながら、
彼は一目散に学校に向かって駆けていく。

時が過ぎて、少年は、新しい楽しみを見つける。
サッカーに野球、ゲーム、マンガ。
輝いていた電車は塾へ通うための単なる交通機関になり、
もう道で線路を探すことはない。
大人になるというのは、新しいレールに乗り換えることだから。

ずっとずっと月日が過ぎて、
通学路として通った道を、かつて少年だった男が歩いている。
歩道の真ん中を歩こうとする彼の手を
男の子が端っこの排水溝のほうへ引っ張る。
ガタゴトとコンクリートの蓋を鳴らして、その上を歩きたくて聞かないのだ。
あの頃の彼に似た小さな電車が、
一周したレールの上を走りはじめる。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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岩田純平 2012年3月11日

山口は不器用だ。

ストーリー 岩田純平
出演 内田慈

山口は不器用だ。
「自分、不器用ですから……」
という自覚もないくらい。

たとえば、
切符を自動改札に入れ損ねる。
不器用だから。
それで、よく後ろの人に足を踏まれてる。
踏まれてるのに、
いつも山口が謝っている。
口ぐせなんだ。「すみません」が。

線路の上によくモノを落とす。
何度も落とすものだから本人も慣れっこで、
勝手に落し物を拾う棒を取り出して拾おうと
するんだけどその棒まで落としてる。

自動販売機でも、
小銭がうまく入れられない。
何とかジュースが買えても、
今度はプルタブがあけられない。
不器用な上に、いつも深爪だから。
不器用だから、
つい深爪しちゃうんだろう。

ゆでたまごの殻も満足にむけない。
コンビニのおにぎりも上手にむけない。
CDの包みも、開封口のリボンが
うまくつまめず、あけられない。
飛行機の救命胴衣も、きっと
一人だけふくらませられないんだろうな。
かわいそう。なむなむ。

ラーメンのレンゲは
すぐに器の中に落とす。
枝豆は必ず一粒落とす。
四粒入ってるさやだと、
二粒落とすこともある。

ケータイで「お」の字を打つのに、
「あ行」を何周もぐるぐるやってる。
一つ押しすぎてちいさい「あ」になっちゃって、
またもう一周して、行き過ぎて。
だから、メールの返信は遅いし、短い。
最初の頃は、嫌われてるんじゃないかと思ったくらい。

不器用だから、
告白される時もすぐわかった。
あきらかに、いつもと違う空気。緊張感。
告白中も沈黙が多いし。
わたしがいじわるく「で?」
とか言うと、「う」とかなっちゃって、
それはそれでちょっとおかしかった。

結局、告白されたのかどうか、
うやむやのまま、告白は終わり、
わたしたちは、何もなかったように、
いままでどおり過ごしている。

不器用だから、
ネックレスの金具が外せないんだろうな。
ブラのホックも外せないんだろうな。
あれとかも、すぐつけられないんだろうな。
そんなこともたまに想像してみるけど、
その時の精神状態によって、
「ま、それもいいかな」と思ったり、
「やっぱり山口はないな」と思ったり。

そんな山口が、最近、
なぜか告白されたらしい。
すごく熱烈に。
不思議だ。
でも、こう言ったんだそうだ。

「彼女はいないけど、好きな人がいるので、
いまお付き合いすることはできません。すみません、不器用で」

その話をした後、山口はわたしの方を見て、
ぎこちなく微笑んだ。

山口は不器用だ。
よく言えば、正直だ。
正確に言えば、バカ正直だ。
というか、正直、バカだ。
そうか、バカだったんだ。

わたしは小さく、「ばーか」と、つぶやいて、
何となく山口の手を握った。

出演者情報:内田慈 03-6416-9903 吉住モータース

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井田万樹子 2012年3月4日

「午後の山陰本線出雲市駅〜益田駅」

         ストーリー 井田万樹子
            出演 清水理沙

ガッタンゴットン がったんごっとん
おばあさん2人 ゆっくり揺れる
ジャージ姿の中学生 
作業服のおじいさん
日焼けしたおばさんも
ガッタンゴットン ゆっくり揺れる

いつのまにか 起きているのは わたしだけ
みんなみんな がったんごっとん
上を向いて 横になって 
もたれかかって 崩れ落ちて
ガッタンゴットン 眠ってる
親子でぽっかり開けた口 
けわしい顔のおばあさん

ガッタンゴットン がったんごっとん
列車は 小さな駅についたけど
人の気配も 何もいない
きっとこの町も 眠っているんだ
駅のベンチも 電柱も 郵便局も 犬も毛虫も
世界は 昼寝の時間なのだ

ガッタンゴットン がったんごっとん
新聞を手に持ちながら
扇子を握りしめたまま
ガッタンゴットン ゆっくり揺れる

みんなが眠っているうちに
わたしはこっそりあだ名をつける
ひげもじゃキュウリ
ハイソックス少年
バーテンみよちゃん
ペンタごん

ガッタンゴットン がったんごっとん
眠っている人たちは
幸せそうに見えるけど 不孝にだって見えるのだ

深いしわの おばあさん
リクルートスーツの大学生
赤ん坊を抱いたお母さん

窓の外を眺めながら わたしは思う
わたしは 誰かのためを思うふりをして
結局 自分のことを思ってるんじゃないかしら
ガッタンゴットン がったんごっとん
わたしの感情はいつもどこか 
小さな罪につながっている

どこまでも続く このトンネルを抜けたら
窓のむこうに 海がひろがってるといいな
ずっと遠くに 小さな船をみつけられるといいな
山の斜面に 段々畑が並んでいるといいな
稲穂がいっせいに風に揺れる瞬間を みれるといいな
太陽が沈む直前の 世界が黄金色に輝く瞬間を みれるといいな
 
みんなが眠っているうちに
消えてしまう一瞬を みつけられるといいな

どこからか みかんの香りがしてくる
誰かが 目をさましてしまった

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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中山佐知子 2012年2月26日

秒速8キロメートルで飛ぶ

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

秒速8キロメートルで飛ぶステーションは
1日に地球を16周し
45分の昼と45分の夜が16回繰り返されます。

その1時間半の昼と夜を一日と数えると
僕は1年で16歳も年を取ることになります。

同い年のはずだった僕が
16歳も年上になって帰ってくるのはイヤですか。
そんなメールを書いたら
イヤです、と、きっぱり返事をくれたあなたが
僕はとても好きです。

ステーションの窓から眺める45分の夜には
金色の砂粒で描かれたような絵が見えます。
人がともす灯りが都市の形を浮かび上がらせているのです。
こちらに来たはじめの頃は
自分の国の灯りを、そして
自分が住んだ街の灯りをよくさがしていましたが
いまはただ、灯りの多さと灯りを使う人の多さを思い
このおびただしい灯りがひとつも消えることのないようにと
願うだけになりました。

地上の灯りは人々の暮らしがそこにあることを告げています。
僕はここに来て以来、人がともす灯りが大好きになりました。

あなたの街に灯りがともりはじめる夕暮れの空に
流れ星より明るい光が移動するのを見つけたら
それが僕のステーションです。
けれども、地上に届く僕たちの光は
僕たちが仕事をしたり食事をしたりするための灯りではなく
電池パドルやラジエーターが太陽の光を反射している光です。
もしステーションから人が消えても、命の気配が消えても
その光は消えることなく軌道をまわりつづけます。

だから、あなたはあなたの灯りを大事にして
毎日を生きてください。
僕がそれを眺めていることを
ときどきでいいから思い出してください。

実は報告があります。
ステーションに勤務する期間が少し延びました。
45分の昼と45分の夜が16回繰り返される日があと1年続きます。
もう1年、45分の昼と45分の夜を一日と数え続けたら
あなたと同い年だった僕は
32歳年上になって帰ることになります。
そんな僕はイヤですか?

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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佐藤義浩 2012年2月19日

夜の道を

         ストーリー 佐藤義浩
            出演 西尾まり

夜の道を走っている。
こうやって深夜走るようになって半年くらいか。

飽きっぽい私がこんなに続いてるなんて自分でも不思議。
ごちゃごちゃした毎日を忘れる時間が欲しかったのかも、と思う。
だから走るのは夜がいい。

夜の街は思った以上にしんとしていて
その中で、自分の足だけが懸命に働いている。
いつもいろんなことにとらわれているアタマは
苦しさと若干の気持ちよさだけにスペースを使っている。

それでもそのうちに、アタマは別のことを考え始める。
それは取り留めなく、次から次へといろんな思いが
浮かんでは消えて行く。

そういえば駅伝。箱根はすごかったね。
あれ、走ってる人はどんな気持ちなんだろう。
もちろん私なんかと比べようもないくらい苦しいし、
母校の名誉を背負ってるから重いだろうし、
ペースとか順位とか、いろいろ考えるから、
今の私みたいにつまらないこと考えるスペースはないんだろうな。

それでもいろいろ考えるんだろうか。
「前の選手の走り方、ちょっとヘンだな」とか思うのかな。
マラソン走ってる友達が、応援ってすごくありがたいって言ってたけど
やっぱり応援はうれしいのかな。沿道の人は見えてるんだろうか。

選手の横でいっしょに走り出す中学生を見て、
バカだなあ。とか思うのかな。
そういえば箱根の山道で、やっぱり急に走り出したおじさんがいて、
「子供じゃあるまいし」と思ったら急いでる係員だった。
あれは笑ったな。

もしあの箱根の山道がこんな暗い夜だったとしたら
沿道の応援は、私が今見ている街の灯りみたいなもんなんだろうか。

私が、暗い夜道が気持ちいい。と言いながらも、
路地の家々に灯る小さな灯りに、なんか励まされる気分になるのと
同じような感じなんだろうか。

そんなもんじゃないよね。
いっしょにするな、って怒られそうだ。

彼らが走ってる先にはタスキを待つ仲間がいて、
それはひときわ大きい灯りなのかもしれない。
目指す場所はやっぱり明るくて、人はそこに行かずにはいられない。

それに比べたら私は、
いったいどの灯りに向かって、こうやって走っているのだろう。
こうやって街をぐるぐる回って、
たどり着く先は、いつもの自分の部屋だ。
それはゴールなんだろうか。
たしかにホッとする場所ではあるけれど。

テレビでやってた。宇宙から見た地球。
カメラが進歩して、夜の地球の映像を撮ることができるようになったんだって。

宇宙から見た夜の地球は、はっきりは見えないけれど、
大きな街に輝く灯りで、そこが陸だということがわかる。
その灯りだけで、だいたいの陸地の形がわかる。
日本列島の形ははっきりわかった。
東北はまだまだ暗くてちょっと寂しかった。

あの灯りもゴールだ。
いろんな人の、いっぱいのゴールが集まって光ってる。
いろんな人がいろんなところを走っていて、
それを応援してくれる灯りがあんなにもいっぱいあるんだ。

そんなことを考えながら走っていたら、
うちの灯りが見えてきた。

やっぱりあれは私のゴールなんだ。
旦那とネコが灯りを消さないうちにラストスパートしよう。
タスキは持ってないけれど

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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岩田純平 2012年2月15日(別冊)

東芝LED電球 ラジオCM「別れ」篇

          ストーリー 岩田純平
             出演 菅原永二内田慈

男 :一緒に暮らして何年だっけ?
女 :10年かな。
男 :10年か。いろいろあったな。
女 :あったね。

女 :はじめて会った日のこと、覚えてる?
男 :え・・? 覚えてないな。
女 :あの日永二は、私のことまじまじ見つめて「きれいだな」って言ってくれたんだ。
男 :そんなこと言った?でも、きれいだったから。まぶしかった。
女 :ふふ。でも、すぐ他に彼女できたよね。
男 :うん。
女 :あ、その前に犬を飼ったんだ。
男 :ああ、ジョン。
女 :で、そのジョンをダシにしてまさみさんを家に呼んだんだよ。
男 :そうだっけ。
女 :ジョンが寝た隙にキスしてたよね。ジョンは寝てたけど私は見てた。
男 :よせよ。
女 :電気消されちゃったからその先は見てないけど。
男 :何言ってんだよ。
女 :で、とんとん拍子で結婚。でも婚姻届け2回書き間違えてたよね。
男 :そうだっけ?
女 :配偶者の名前。やばいよ。
男 :緊張してたんだよ。
女 :そう?ためらってたように見えたけど。
男 :そんなことないよ。

女 :そんな永二もいまや子ども三人。
男 :うん。
女 :・・・ねえ。
男 :何?
女 :いま、しあわせ?
男 :うん。いい人生だよ。
女 :ならよかった。見てればわかるけどさ。

女 :あ、そろそろ私、ダメかも。
男 :ちょっと薄くなったけど、まだ、大丈夫だろ。
女 :ダメだよ。まさみさん、帰ってきちゃうし。早くしないと。
男 :うん。
女 :怒られちゃうでしょ。弱いんだから。
男 :そういうなよ。

女 :私って何だったのかな。
男 :何って・・。
女 :私も、家族の一員だったのかな。
男 :もちろん。
女 :そっか。
男 :この家の誰よりも長い付き合いじゃないか。
女 :(笑)長いよね。でも、もうおしまい。
男 :おしまい、とか言うなよ。
女 :明るく別れようよ。明るい日々だったじゃない。
男 :そうだな。
女 :ありがと。・・楽しかった。まさみさんをたいせつにね。
男 :オレも、楽しかったよ。いままで、ありがとな。
女 :じゃあね。

SE:パチン。キュルキュル。

NA:東芝のLED電球は寿命10年。あなたの一番近くで、あなたを明るく照らします。

SE:ガチャ
妻 :ただいまー。電球変えといてくれたー?
男 :変えたよ。

SE:パチン

男 :新しい10年が、はじまるな。
女 :はじめまして。 (同じ声で)

NA:LEDは東芝。

出演者情報:菅原永二 http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp8894
      内田慈 03-5827-0632 吉住モータース所属

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