ストーリー

門田陽 2011年12月11日

 ユキの結晶。

            ストーリー 門田陽
               出演 瀬川亮毬谷友子

女「いいわよね、あなたは人気者で。
  世界中があなたの登場を待ちわびている。
  期待されている。ひと目見たいと思われている。
  だから写真誌に追っかけられるくらいは 
  我慢しなさいよ。みんなに愛されているんだもん。有名税よ。
  でもほんとはね、みんなじゃなくて私だけのものにしたいけど。
  そうもいかない。仕方ないわね。人気者なんだもん。」

男「いきなり呼び出しておいて、何だよそれ。大事な話があるっていうから
  わざわざ出てきたのに。そんな用件というか愚痴だったら
  メールで済ませてよ。
  第一いまの話だけどさ。キミも世間も誤解してるよね、
  ボクのこと。発表されている写真はどれもまるでボクとは
  似てない。あんなにワイルドじゃないよボクは。
  確かにスキーのインストラクターはやってるけど、
  どっちかというと草食系だし。足のサイズだって
  あれほど大きいわけがないでしょ。ヒマラヤなんか
  一度も行ったこともないよ。あだ名だってヘンだよね。
  カタカナで付けるならせめてユッキーとかでしょ。
  ボクからみるとキミの方がよほど恵まれてるよ。伝説があって
  神秘的だし、美化されてるし、少なくとも日本人と
  思われてるよねキミは。」

女「よくないわよ。伝説といっても悪い噂じゃないの。
  吹雪の夜に助けられた二人の男の一人を殺して、もう一人と
  恋におち結婚して10人の子どもを設けたのちに忽然と蒸発してしまった女。
  雪のように透き通った白い肌の美人とか言われてるけど、
  見ての通りよ。雪焼けでまっ黒。いちばん腹立たしいのは
  あなたはいつも写真だけど私は絵です。しかも時代錯誤な
  着物姿。それにあなたはいいわよ。リアリティがあるもの。
  今年も10月に西シベリアで行われた国際会議で95%の確率で存在するって
  世界的なニュースにもなったじゃない。ねぇ、イエティ。」

 男「よせよ、イエティじゃないよ。せっかくだから豆知識をひとつ
   教えておくけど、イエティとはネパールの少数民族シェルバ族の
   言葉で岩の動物という意味なんだ。1887年にイギリスのウォーデル
   大佐がヒマラヤでビッグフットと言われる足跡を発見したことで一躍
   脚光を浴びることになった謎の動物。もう150年以上も前のことだから
   ボクには関係ないよ。」

 女「じゃ、ヒバゴン?」

 男「違うよ、やめろよ、言うなよヒバゴンとか。
   ボクは雪に男と書いてユキオです。雪男ではありません。
   去年の冬にバイト先のゲレンデで知りあったキミと、
   たまたま名前に雪という字がお互いつくねと酒の席で盛り上がった
   勢いで一夜を共にしてしまったユキオですよ、お雪さん。
   つぎに街でばったり会ったときに誰だか全く気付かなかった、お雪さん。
   ゲレンデは見た目を3割増しにするって聞いたことあるけど、3割
   どころじゃないといい勉強になりました。
   じゃ、とくに大事な話がないのならボクはバイトに戻ります。」

 女「あ、ごめんなさい。ついあなたに会えたから興奮しちゃって。
   この頃のあなた冷たすぎ。ま、冷たいのはお互い様かもしれないけど。
   大事な話をしなきゃいけないのに。
   ユキオとユキ。やっぱり私たち運命的だったみたいよ。
   できちゃったのよ。
   あのときの私たちふたりの雪の結晶じゃないや、
   愛の結晶がね。」

出演者情報:瀬川亮 03-5456-9888 クリオネ所属
      毬谷友子 .03-3352-1616 J.CLIP 所属

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赤松隆一郎 2011年12月4日

悲しみの飴玉。喜びの飴玉。

       ストーリー 赤松隆一郎
           出演 赤松隆一郎

少年は今日も、
いつものように、
いつもの道を通って
二つの村を往復する。

彼は両手に籠を持っている。
しなやかな蔓草で編まれた
その籠の中には、
飴玉が入っている。

右手の籠には、悲しみの飴玉。
左手の籠には、喜びの飴玉。

悲しみの飴玉は、
悲しみの村で作られる。
悲しみの村の住人たちは、
悲しむことで生きていて、
目に映るもの、耳に聞こえるもの、
触るもの、感じるもの、すべてを悲しむ。
そして彼らは、悲しみの涙を流す。
流れた涙は、
地面に落ちたそばから結晶になり、
その結晶は、
村を吹き抜ける冷たい風を受けて
ころん、とした飴玉になる。
悲しみの村人はそれを、
少年の右手の籠にいれる。

もう片方、
喜びの飴玉は
喜びの村で作られる。
喜びの村の住人たちは、
喜ぶことで生きていて、
目に映るもの、耳に聞こえるもの、
触るもの、感じるもの、すべてを喜ぶ。
そして彼らは喜びの涙を流す。
流れた涙は、涙腺を離れた瞬間に結晶になり、
その結晶は、
涙を拭った村人の手の平で
ころん、とした飴玉になる。
喜びの村人はそれを、少年の左手の籠に入れる。

喜びの飴玉は、喜びの味がする。
それは、少年によって、
日の出とともに、悲しみの村に届けられる。
悲しむことしか知らない村人たちは
喜びの味がする、この飴玉を舐める事で、
喜びがどんなものなのかを知る。
しかし、そのことで涙を流すことはない。
彼らが涙を流すのは、あくまでも
何かを悲しむ時だけだ。

悲しみの飴玉は、悲しみの味がする。
それは、少年によって
日の入りとともに、喜びの村に届けられる。
喜ぶことしか知らない、村人たちは
悲しみの味がする、この飴玉を舐める事で、
悲しみがどんなものなのかを知る。
そしてもちろん、
そのことで涙を流すことはない。
彼らが涙を流すのは、あくまでも
なにかを喜ぶ時だけだ。

今日も少年は、飴玉を運ぶ。
悲しみの村と、喜びの村を往復する。
悲しみの村の大人たちは言う。
「私たちの涙でできた飴玉を、
 決して口に入れてはいけないよ。
 もしそれをしたら、
 お前は死んで、この世界から消えてしまう。
 お前がいなくなると寂しい。
 だから飴玉を舐めないでおくれ。
 そして毎日、この村に喜びの飴玉を届けておくれ。」

喜びの村の大人たちは言う。
「私たちの涙でできた飴玉を、
 決して口に入れてはいけないよ。
 そんなことをしたら
 お前は死んで、この世界を失ってしまう。
 お前にはこの世界が必要だ。
 だから飴玉を舐めてはいけない。
 そして毎日、この村に悲しみの飴玉を届けておくれ。」

少年は村人たちとの約束を守っている。
両手の籠にある飴玉を、
一度も口に入れることなく、
毎日、それぞれの村へと運んでいる。
でもそれはずっとは続かない。
彼が飴玉を口に入れる時が、
いつの日か、必ずやってくる。
いけない、と思いながらも
頭ではわかっていながらも、
その日の少年には
それを抑えることができない。

はっと気づいた時、
少年の口の中に、
悲しみの飴玉が一つある。
もちろんそれは、
少年が自分の手で、自分の口に運んだものだ。
悲しみの飴玉を舐めてしまった。
村の大人たちが言ったように、
僕は死んでしまうのだろうか。
この世界から消えてしまうのだろうか。
もしそれが本当だとしたら、
もう同じことだ。
悲しみの飴玉がまだ残っている口の中に
少年は、喜びの飴玉を一つ放り込む。
柔らかな舌の上で、
二つの飴玉を交互に転がす。
悲しみ。喜び。悲しみ。喜び。
そして気がつく。
二つの飴玉が、
まったく同じ味だと言う事に。

太陽が真上を通り過ぎる。
少年は空を見ている。
口の中はだいぶ前からからっぽだ。
彼にはもうわかっている。
籠の中の飴玉をいくつ舐めようが
僕は死にもしないし、消えもしないし
何も失ったりはしない。

そして、少年は歩き出す。
彼はもう村へは行かない。

この先、二度と行くことはないだろう。
歩いたことのない道に、ゆっくりと足を踏み入れながら
少年は新しい飴玉を一つ口に入れる。
それが悲しみの飴玉なのか、
喜びの飴玉なのか、
少年はもう考えもしないだろう。

その日は必ずやってくる。

出演者情報:赤松隆一郎 http://ameblo.jp/a-ryuichiro/

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中山佐知子 2011年11月27日

1873年の夏

             ストーリー 中山佐知子
                出演 毬谷友子

1873年の夏、私はドイツの商船ロベルトソン号に乗っていた。
船は中国の福建省からオーストラリアに向かっており
その航路はひと言でいうならば「風まかせ」だった。
船長のエドヴァルドは夜な夜な星を眺めては
金星の輝きに感動するロマンティストだったので
たぶん風のささやきに耳を傾けたのだろう。

しかし、「風まかせ」は要するに迷走だった。
船はたびたび進路を変えた挙げ句、ついに台風に遭遇してしまったのだ。
船長のエドはドン・キホーテもかくばかりと暴風雨に挑んだ挙げ句
波を頭からかぶり、甲板に叩きつけられた。
起き上がったエドの顔は前歯が3本折れて上あごを貫いていた。
赤い髭には白い小さなものがぶら下がっていたが
よく見るとそれも折れた歯だった。
乗組員のひとりは波にさらわれて嵐の海に消えたし
もうひとりは足の骨を折って動けなくなっていた。
幸いにして船長のエドも他の男どもも
この船で唯一の女性である私を労働力とは見なしておらず
嵐の甲板に出てロープを結べと命じられることはなかったが
それは女性に対する敬意というよりは
彼らが頻繁に口にする悪態や雑言を私に聞かれないためだった。

船の被害は甚大だった。
マストが折れ舵も失った船はただ波に翻弄されていた。
すでに膝のあたりまで水に浸かっていたし
沈没を恐れて救命ボートを下ろそうとした乗組員は
手をはさまれて怪我をし、
肝心のボートも横波を受けて壊れてしまった。
船長のエドをはじめとする男どもは罰当たりな悪態をつきまくった。

そうして船は2日間荒れた海を漂い
ついにはミヤーク島の珊瑚礁に乗り上げて座礁した。
しかし我々にはまだ神のご加護があった。
すぐ近くにイギリスの軍艦カーリュー号がいたのだ。
船長のエドは神に感謝の祈りを捧げながら救助を待ちに待った。
しかし、カーリュー号のボートは高波に阻まれ
我々の救助をあっさり断念してしまった。

我々は希望もなく取り残された。
船長のエドは神をも恐れぬ呪いの言葉を吐きつづけた。
他の男どもも船長に習った。
それをカーリュー号が聞いたら大砲をこちらに向けるに違いなかった。
大砲を食らって沈むにしろ波に砕かれるにしろ
海の藻屑となるときが迫ったいま
私は神の御前で証言するためにすべての罵詈雑言を記憶にとどめた。

そのとき、ミヤーク島の浜辺にぽっと炎の色が見えた。
島の原住民が我々のために火を焚いてくれたのだ。
その焚火はひと晩中明るく輝き、
助ける意志のあることを我々に告げた。
船長のエドは歯の欠けた口で再び感謝の祈りを捧げたが
それは間違っていると思った。
ジパングのはずれの小島で原住民の助けを待つときは
彼らの神に感謝すべきではないだろうか。

夜が明けると、高波を突いて小舟がやってきた。
小舟には黄色い顔の原住民が乗っており
彼らは親切にも我々8名を救助したばかりか
手荷物や非常食、積み荷の一部も運び出してくれた。

ミヤーク島の浜辺に着いたとき
消え残った焚き火のまわりに黄色い人々の笑顔があった。
その笑顔は確かに我々の無事を喜んでくれていた。
ここ数日、暴力のような嵐と暴力のような言葉のなかで暮らしてきた私は
焚き火と笑顔がたとえようもなく美しいものに見えた。

出演者情報:毬谷友子 03-3352-1616 J.CLIP所属 

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古居利康 2011年11月23日

丘の上の未来  

         ストーリー 古居利康
            出演 山田キヌヲ

その日の午後、市役所から届いた葉書は、
団地の抽選に当選したことを告げていた。
倍率4倍とか5倍とかで、どうせ当たるわけがない、
と、最初からあきらめ半分で申し込んだ抽選だった。

だけど当たったんだ。
へぇぇ、あんたよく当たったねぇ。
なんだかひとごとみたいにそう思った。

団地、だんち、ダンチ。なんてステキな響きだろう。
私鉄沿線の新しい駅。郊外の丘の上。
真っ白な鉄筋コンクリート、5階建て。
キッチンにはちいさな食堂がついていて、
ベランダだってある。

いつものように、明るいうちに息子と銭湯へ行く。
番台のおばさんに、団地のことをしゃべってしまう。
あっという間に広まるな。
おばさん、町内のスピーカーだから。
でもかまわない。ほんとのことなんだから。

清潔な一番湯はさいしょ少しちくちくするけど、
すぐにほんわりとからだを包み込む。
傾いた陽の光が、高い窓から斜めに射し込んでいる。
天気のいい日の夕方は、東の空に鈍く輝きはじめる
気の早い星が、窓の向こうに見えたりもする。
天国にいちばん近い場所って、もしかしてここ。
だけど、団地はお風呂付きなんだ。
引っ越したら、もう銭湯には来れなくなる。
ちょっと残念・・。

そんなふうに考えているじぶんは、
かなり矛盾していると思う。

 おとうさんとおかあさん、
 おひっこしするのよ。
 おへやがみっつもある、ひろぉーいおうち。
 ろくじょうひとまから、だっしゅつだ!

息子はお湯のなかでうつらうつらしている。
半開きの瞼の奥で、黒目がゆっくり裏返っていく。

今日はごちそうをつくろう。団地当選のお祝いだ。
そうそう、お赤飯も炊かなくちゃ。
夫の大好物でもあるし、お赤飯。

夜、風呂敷に包んだ分厚い書類の束を抱えて
会社から帰ってきた夫が、
卓袱台の上に並んだ料理に驚いた。
葉書を見せたら、短い叫び声をあげて
すでに寝ていた息子を抱えあげ、
いきなり頬ずりをした。
伸びかけの髭が痛かったのか、
息子がわーんと泣き出した。

翌日、お隣の奥さんにご挨拶にいく。
このひとは、いつも息子の面倒を見てくれる、
やさしいひと。じぶんのことのように喜んでくれた。
お別れするのは寂しいな。
というより、少し後ろめたい。
去年の夏、お隣のご主人は北の戦場で亡くなった。
さいごの戦いと呼ばれる、あの激戦のさなか、
ご主人は勇敢に戦って、二度と戻ることはなかった。
いまひとりでこの六畳一間のアパートに暮らす奥さん。
ほんとうに団地に入るべきなのは、
このひとの方ではないか。

その週の日曜日、3人で団地の建設予定地へ行った。
建物はもうほとんどできていた。
白いコンクリートの壁に、24という数字が見えた。
わたしたちの24号棟だ。
道はまだ砂利道だった。アスファルトを敷くのは、
最後の仕上げらしい。道の両側に側溝だけ掘ってあった。

何もない丘だった。草っ原にポンポンポンと、
四角い建物がとつぜんふってわいたように建っている。
真ん中に高い塔がある。給水塔なんだそうだ。
塔を取り囲むように公園ができていて、
こどもの遊具もたくさんある。
遊動円木。雲梯。鉄棒。ブランコ。シーソー。
みんな真新しくて色鮮やか。

24号棟の裏手から、草ぼうぼうの空き地がつづいていた。
少しくだりかけた丘の中腹あたりに、火が見えた。
煙がまっすぐきれいに空に立ちのぼっている。
さっきからけむいなと思っていたら、
あの焚き火のせいだったのか。

「あれは人間だな」
夫がぽつんとつぶやいた。
「え?」
「人間は火が好きだ」
 なにかを燃やすことに、情熱を燃やしてきた。
 クククッ」
「人間って、あの人間?
 手が2本しかない。目も2つしかない、
 しっぽも生えてない、」
「うん。脳味噌の容積が、
 われわれの10分の1もない、
 かわいそうな生きもの・・」

夫はそう言って、4本の手をぐるぐる回し、
体操のようなことをした。
息子が真似して、まだ短くてかわいらしい
4本の手をぐるぐる回している。
「たった2本の手で、彼らはよく戦ったよ。
 彼らは火をもっていたから。
 われわれの側の犠牲者も少なくなかった。
 だけどさいごは、その火でみずからを
 焼き尽くした」

犠牲者・・。
そのなかにお隣のご主人もいる。
奥さんはやっぱり団地に入ってはいけない。
あのごみごみした港町のかたすみの、
六畳一間のアパートで、平穏に暮らしてほしい。

「ねぇ。なぜあんなところに人間がいるの?」
「あそこは人間の保護区なんだ」
「団地のこんなすぐそばに?なんかこわいな」
「だいじょうぶ。彼らは人間のなかでも
 いちばん最初に降伏した種族だ。
 おとなしいし、友好的だ。それに・・」
「それに?」
「全員、去勢されている。
 いまいる人間が死んだら、それで、
 ジ・エンドだ」

団地に描いていた未来の夢が、
急速に色褪せていくような気がした。
陽が傾いて、西の空が赤くなっていた。
東の空で最初に輝きだす緑色の星に向かって、
息子のしっぽがもぞもぞ動いた。

わたしたちと同じ、緑色の顔をした、この子。
わたしたちと同じ、緑色の血が、流れてる。
黒光りするつぶらな3つの瞳に、
わたしは語りかける。
大きくなったら話してあげるね。
あの星のこと。この星のこと。
わたしたちの親たち。長く厳しい戦争。

丘の中腹の火はもう消えかかっているのか、
弱い煙が一本の線になって、
ゆっくり立ちのぼっている。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

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藤本宗将 2011年11月20日

リセット

         ストーリー 藤本宗将
            出演 大川泰樹

気がつくと5人は後ろ手に縛り上げられ、
膝をついて座らされていた。
暗いために彼らの表情までは読み取れないが、
長く伸びた頭髪はひどく乱れており
激しく抵抗したことを示していた。
しかし今はみな声を発することもできず、
ただ恨めしそうに襲撃者たちを見上げている。
自分たちがなにをしたというのだ。
深くくぼんだ眼窩の奥で、眼がそう訴えていた。
森の中から眩しい光とともに
突如現れた異形の集団は
見たこともない銀色の服を身にまとい、
見たこともない武器を肩からさげていた。
どうやって捕えられたのか、まさに一瞬の出来事だった。
「悪く思わないでくれ。
君たちに罪はないが仕方ないんだ」
銀色の連中のうち、
リーダー格とおぼしき1人がそう話しかけた。
しかしあくまでもその口調は、
相手との会話を望んでいるようには思えない
きわめて一方的なものだった。
判決理由を言い渡す裁判官のように、男は淡々と続ける。
「それのせいさ」
男は傍らの焚火のほうに視線を向けた。
表情は冷ややかなままだが、
瞳に映ったオレンジ色の炎がぎらりと光った。
「君たちが火を手に入れたことで、
人類は文明を飛躍的に発達させた。
しかしそれは人類自身を狂わせもした。
われわれとしては、
破滅を回避する必要があったんだ。
そのために、この時代へと送り込まれたんだよ。
もういちど進化をやり直せば、
違う道を歩むことができるかもしれないからね」
いったいなんなのだ?こいつはなにを言っている?
5人に理解することはできなかったが、
動物的本能が身の危険を告げていた。
縛られたまま必死で叫んだものの、
それは言葉にならない。
やがて5発の銃声がひびきわたると、
森はふたたび深い闇と静寂に包まれた。
そのままにされた焚火の残り火が、
あたりを弱々しく照らしていた。
1929 年に北京市房山区
ぼうさんく
周口店
しゅうこうてん
で発掘された
約78 万年前の人類は、考古学者によって
「ホモ・エレクトス・ペキネンシス」と名付けられ、
その周辺からは、ほぼ完全な頭蓋骨5個と
彼らが火を利用していたことを示す跡が発見された。
しかしその化石骨のすべては、
第二次世界大戦の混乱の中で忽然と消えてしまう。
まるで、もとより存在しなかったかのように。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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西島知宏 2011年11月13日



「あの日小さく燃えていたもの」

           ストーリー 西島知宏
             出演 遠藤守哉岩本幸子

女:私は、何も燃やしていなかった。
男:彼女は今日は、何を燃やしているんだろう。

(回想)
女:あれは確か、冬だった。初めてできた彼との想い出の品を、
  私は燃やしていた。
男:彼女と初めて会ったのは、冬。実家の2階から夜中に
  公園で焚き火をする少女を見つけた。

SE パチパチパチ(焚き火の音)

女:私は女子高生だった。
男:彼女はセーラー服だった。

女:しばらくして学ランを着た同世代らしき男の子が声をかけて来た。
男:夜中に公園で焚き火をする同世代の少女、心配になって声をかけた。

女「何を燃やしてるんですか?」(少し若く感じる声で)
男:確かそう声をかけた気がする。

女:振り向いた私は、泣いていて声が出せなかった。
男:振り向いた彼女は、泣いていた。

女:私の泣き顔を見た彼はそれ以上何も言わず、手紙や、想い出の写真が燃え終わるのを最後まで見ていた。
男:かける言葉が見つからず、ただ、声をかけた手前すぐに立ち去るのもどうか、と最後まで眺めていた。
女:燃え終わると私は何も言わずその場を立ち去った。
男:燃え終わると彼女は何も言わずに去って行った。

女:つぎ彼と会ったのは大学生の時だったろうか。
男:5年ぶりに見かけた彼女は少し大人っぽい化粧をしていた。
女:私はバイト先で知り合った彼の二股を知り、誰にも会わない隣町のあの公園で彼との想い出の品を燃やしていた。
男:彼女はまた、泣きながら色々なものを燃やしていた。

女:また失恋か、彼はそう思っていたのだろうか。
男:失恋の度にモノを燃やす子なのか、僕はそう思っていた。
女:彼は5年前と全く同じように、私の想い出が燃え終わるのを見ていた。
男:燃え終わるとまた、彼女は黙ってその場を後にした。
女:公園を出るとき一度振り返って彼を見た。
男:遠くで彼女が振り返った気がした。気のせいかもしれないけど。

女:そのつぎ彼と会ったのは私が最初の結婚に失敗した時だった。
男:彼女は手紙や写真と一緒に、高そうな毛皮を燃やしていた。
女:金持ちの男と結婚するのが幸せ、そう勘違いしてた。
男:彼女はお金持ちと結婚し、離婚したのだろうか。そう思っていた。
女:泣き虫なのは大人になっても変わらなかったな。
男:泣き顔は10代のあの時と同じだったな。
女:少し老けた彼は、あの時と同じように何も話さず私の隣にいてくれた。
男:それが僕たちのルールの様に感じられた。

女:それから何度か同じような事があった。
男:彼女とは一度も言葉を交わさなかった。
女:彼と会うのはいつも私の恋が終わった時。
男:彼女が公園に現れるのはいつも恋に破れた時。たぶん
女:あの人は誰なんだろう。
男:あの子は誰なんだろう。

女:ある時から30年程、私は公園に行かなくなった。
男:いつからか彼女を公園で見かける事はなくなった。
女:2度目の結婚で、私はさらに遠い所へ引っ越した。
男:その後、僕は結婚し、相変わらず公園の脇の家で家族と暮らしていた。

女:65歳の誕生日の3日前、私は2番目の夫を病気で亡くした。
男:65回目の冬、僕は25年近く連れそった妻を亡くした。

女:ある日ふと、彼を想い出した。
男:一人になってから窓の外を眺める事が多くなった。
女:泣く時にだけ行った公園。
男:泣き顔しか知らない彼女。
女:私は久しぶりにあの公園に行ってみたくなった。
男:彼女は今頃何をしてるんだろう。

女:失恋する度に来ていた公園。まだ残っていた。
男:ある夜、僕は老眼鏡越しに懐かしいものを目にした。

SE パチパチパチ(焚き火の音)

女:何も燃やしてはいなかった。こうやってるとまた横に来て、
  そっと佇んでくれる気がした。
男:後ろ姿の彼女。あの頃のように泣いているんだろうか。
女:ただ、黙ってそばにいてくれた彼。私は火の暖みに紛れ、
  彼の優しさを見つけられなかったのかもしれない。
男:思い切ってあの日と同じ言葉をかけてみた。

男「何を、燃やしているんですか?」
女「!」
男:肩の動きでハッと驚きを表した彼女が振り向いた。
  初めて涙のない彼女だった。
女「え?」
男「お久しぶりですね」
女「・・はい。その節はどうも」
男「それ、何燃やしてるんですか?」
女「あ、これ。・・何も」
男「何も(笑)?」
女「はい」
男「・・・」
女「あ、いや。燃やしてます。・・恋心?」
男「ふふふ。何ですかそれ(笑)」
女「あ、いや・・」
男「あったかいですね」
女「え」
男「あったかいですね、これ」
(少し間があって)
女「はい、とっても(噛み締めるように)」

SE:パチパチパチ(焚き火の日の音が少し大きくなる)

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/
      岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html

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