ストーリー

岩崎俊一 2011年7月17日



空の庭
          ストーリー 岩崎俊一
             出演 山田キヌヲ

 ヨステビトみたいだよ、と従姉妹のみっちゃんから聞いた。小学
生になったばかりのモモに、その漢字は書けなかったけれど、初め
てその姿を見た時、なんとなくその意味がわかる気がした。モモ自
身は、外国の絵本に出てくる魔法使いのおばあさんのようだと思っ
た。
 それが、モモの祖母、空(ソラ)さんだった。
 とても小柄で、痩せていた。鼻は、日本人には珍しく、細くて高
く、色は白く、目は窪んでいた。踝まである長いスカートを穿き、
頭から肩までスッポリと隠れるストールを巻いていた。
 空さんの家は、いちばん近い小さな町からも車で一時間くらいか
かる山の中にあった。あの家の庭は、野球場の3倍あるからね、と
父に聞いていたが、空さんに案内されて歩いてみると、それどころ
じゃない気がした。
 空さんを訪ねる人は少ない。
 近隣に住宅は数えるほどしかない上、人づきあいが苦手な空さん
は、自宅に人を呼ぶことも稀で、自分の周辺には、2代目になるビ
ーグル犬と、立派な小屋まで持つ何羽かの鳩がいるばかりであった。
 だがモモは、会って数時間後には、空さんのことが大好きになっ
ていた。魔法使いみたいだと思った顔は、正面からちゃんと見ると、
驚くほどやさしかった。無口で、話す時もつぶやくようだし、声を
立てて笑うことは一度もないけれど、その言葉も、まなざしも、今
まで見たどんな人よりも柔和だった。
 なにより、空さんは、花と話せる人だった。
 空さんの広大な庭には、訪れる人が息をのみ、言葉をなくすほど
のたくさんの花が咲いている。その庭を、空さんは一歩一歩、ほん
とうにゆっくりと歩を進めながら、一輪一輪の花の顔をのぞいて行
く。その時モモは、まばゆい初夏の陽ざしの中で、風に揺れる花
々を見ながら確信した。
 「あ、この花たちは、空さんに声をかけられるのを待っている」
 そう感じた瞬間、モモのからだに電流が走った。
 そうなんだ。
 空さんは、さびしい人でも、世捨人でもなかった。ただ単に、人
とのつきあいが極端に少なかっただけである。私たちは、ともすれ
ばたくさんの人に囲まれて暮らすことが幸せなことだと思っている
けれど、それは偏った見方なのかもしれない。たくさんの人ではな
く、たくさんの生きものであっても、ちっともかまわないのだ。そ
こにだって歓びも、充実も、幸せもあるのだ。そう気づいたモモの
胸には、それまでに感じたことのない新鮮な風が吹き渡っていた。
 空さんの思い出で、モモには忘れられない言葉がある。
 「私も不器用だけど、動けず、話せない花たちも、とても不器用
だと思うの。だから、私と花たちは、不器用な生きもの同士で友だ
ちになれたのね」

 空さんの庭が、主(あるじ)を失って2年目の夏が来ようとしている。
 敷地は村に寄贈され、庭も管理人によって手入れされているらし
いが、あの夏空の下で、空さんが声をかけてくれるのを、今か今か
と待っていた花たちは、いまどんな思いをしているのだろう。ただ
それだけが気がかりなモモなのである。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

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一倉宏 2011年7月10日



ぼくのちいさなロケット ~MY LITTLE ROCKET~

           ストーリー 一倉宏
              出演 坂東工

おとこの子はだれだって 
ロケットをもっている 生まれたときから

このからだはぜんぶ 親からもらったもの
だけど このちいさなロケットだけは なぜか
じぶん自身のもの そんな気がしてた
だから そのロケットのひみつを 親にはいわない

♪ どこにゆく ぼくのせつないロケット
  あの宇宙夢みて 飛び立て ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのひみつのロケット
  未来の役に立つ 立つんだ ぼくのロケット 

おとこの子のたいせつなもの
それは ちいさな誇りと ちいさなロケット
そのくせ うつむいて歩く いつも下を向いてたくせに
ときどき 空を見上げるようになる ふしぎなロケット

♪ どうしたの ぼくのちいさなロケット
  もやもやの夢みて ふくらむ ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのかがやくロケット
  愛の星めざして 発射だ ぼくのロケット 

ロケットの行き先というなら
それはもちろん 宇宙 あるいは どこかの星
だけど なんとおぞましいことだ おとなになることは
そのロケットは じつは 宇宙行きじゃなかったんだ

さらにいうならば ロケットの行き先は
ある意味で 宇宙とは対極にあるどこか だという
やがて知るだろう おとこの子は 残酷なことに
なんてことだ おとなになるということは

しかし それが暗い洞穴のような未来 だとしても
ある意味で 宇宙と対極にある もうひとつの宇宙
かもしれない・・・
なんて 感じたりもするだろう
そうでなければ そうでなければ
ロケットが こんなにも熱く かぎりなく高く
こんなにも空をめざして 飛び立とうとするものか

♪ どこにゆく ぼくのせつないロケット
  あの宇宙夢みて 飛び立て ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのひみつのロケット
  未来の役に立つ 立つんだ ぼくのロケット 

♪ どうしたの ぼくのちいさなロケット
  もやもやの夢みて ふくらむ ぼくのロケット
  いつの日か ぼくのかがやくロケット
  愛の星めざして 発射だ ぼくのロケット 

MY LITTLE ROCKET MY LITTLE ROCKET
ぼくのちいさなロケットに 愛をいっぱいつめこんで

出演者情報:坂東工 http://www.takumibando.com/


動画制作:庄司輝秋

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磯島拓矢 2011年7月3日



「空」
             ストーリー 磯島拓矢
                出演 瀬川亮

その日、妻の大きなお腹を撫でながら、僕は提案した。
「子どもの名前、<そら>にしないか?
ウかんむりの空の字、そのまんまで」
妻の答に、僕は衝撃を受けることになる。彼女はこう言った。
「なんか嫌かも。ころころ天気の変わる、落ち着かない子になりそう」
ころころ変わる?
妻にとって空とは「ころころ変わる落ち着きのないもの」なのか?
なんだそれは!
空と言えば「どこまでも広がる大きなもの」だろう。
その伸びやかさが、子どもの名前にふさわしいんじゃないか。
それなのに「ころころ変わるもの」とは何だ?

僕は急速に自信を失っていった。
結婚して5年。同じものを食べ、同じものを見てきたはずなのに、
思いは同じではないのだ。
それぞれなのだ。
僕が思う空と、妻が思う空は全く違っていた。
空がダメなら、地面はどうだ。
大丈夫か?
僕は「植物を育てる命の源」と思っているが、
妻は「もう少し値が下がったら買いたいもの。30坪でいいから」
なんて思っているかもしれない。
じゃあ水はどうだ。空気はどうだ。
僕と妻の思いは一致しているのだろうか。
クルマはどうだ。家はどうだ。
そして・・・
子ともはどうだ。
そうだ、もうすぐ生まれる子どもはどうだ。
僕らの思いは一致しているのだろうか。
・・・一致しなくてはダメだろう。
子どもがまっすぐ育つためには、
夫婦で一致しなくてダメだろう。
ならば、今話しあおう。生まれてからでは遅すぎる。
今二人で話し合おう。
僕にとっての<子ども>と、妻にとっての<子ども>をすり合わせよう。
僕にとっての子どもとは・・・
何だ?
何だ?子どもって何だ?
愛の結晶か?古いな。跡取か?もっと古いな。
何だ?子どもって何だ?…
…じゃあ親って何だ?夫婦って何だ?家族って何だ?
何だ?
なんだ・・・ちゃんと考えてないじゃん!俺。

頭が真っ白になりかけた時、妻の声が聞こえた。
「ゴメン。名前、やっぱり空でいいかも。
ころころ変わる子って楽しいよね」
僕の頭は、先ほどとは違う角度から再び真っ白になってゆく。
いいかもって・・・妻よ。
いいのか?本当に。
夫婦の思いが一致していない名前でいいのか?
空とは何か、子どもとは何か、
夫婦とは、家族とは、何なのか、考えなくていいのか?
一致しなくていいのか?

妻のお腹に載せた僕の手が、動く子どもを感じとる。
確かなことがひとつある。
おかげさまで、子どもは元気だ。
そしてもうひとつ確かなこと。
この子の名前が決まった。
<空>だ。

出演者情報:瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

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中山佐知子 2011年6月26日



僕はビーバー

               ストーリー 中山佐知子
                   出演 大川泰樹

僕はビーバー、森の建築家だ。

僕の仕事はダムをつくること。
木を切り倒しては水辺に運び、その木で川を堰きとめる。

僕は特別なビーバーだから
最初に仕事をはじめるのはいつも暗い森だ。
木と木が混み合い、
枝と枝が重なってほとんど陽のささない森、
じめじめと湿った土には苔やシダが生えている森。
雨も降っていないのに上から雫がポタポタと
いつも泣いているような森。

そんな森を見つけたら
僕ははじめに木を何本か切り倒す。
すると森はそこだけ明るくなって足元に草が生える。
草の匂いをかぎつけて鹿がやってくる。
花が咲いたら新しい虫も飛んでくる。

それから僕は切り倒した木を組み立ててダムをつくる。
川が堰きとめられておだやかな池ができると
水鳥がやってきて巣をつくり雛を育てはじめる。
草を食べていた鹿は水を飲みにやってくるし
池の底には水草も育っている。
僕のダムは小さな命の楽園になる。

森も少しづつ変わっていく。
僕がダムのために木を伐りだした場所には
笑顔のような日だまりができている。
混み合った木が少し減っただけでびっくりするほど森は明るい。

ビーバーのなかには何世代もにわたって
大きなダムをつくる一族もいて
カナダには人工衛星から見えるビーバーのダムもあるけれど
でも僕は特別なビーバーだから
自分がつくった楽園には長く棲めない。
僕はまた暗い森をさがして仕事をはじめなければいけない。

さようなら、と僕は森に挨拶をする。
元気でね、僕のダム。
それから僕は新しい森をさがしに行く。

でも僕はそんな自分の仕事が嫌いじゃない。
だって、涙の川にダムをつくれるのは
僕だけだからね。

僕はビーバーだから
一緒に泣いたりなぐさめたりすることはできないけれど
涙をダムで堰きとめることならできる。
だから
泣きたくないのに涙が出そうになったら
いつでも僕を呼んでいいんだよ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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西脇淳 2011年6月19日



「命の名前」
           ストーリー 西脇淳
              出演 西尾まり

どんなときも、優しさと希望を胸に。命名、優希。(ゆうき)

夢をみることを忘れちゃいけない、夢があれば、がんばれる。
命名、夢乃。(ゆめの)

明けない夜はない。昇る太陽のようにみんなに希望を。
命名、昇太。(しょうた)

みんなが一日も早く、心穏やかな日々を過ごせますように。
命名、凪。(なぎ)

何よりも、健やかに。命名、健太。(けんた)

みんなの心に、春をつれてきてね。命名、さくら。

しっかり、みんなを支える人になるんだぞ。命名、大地。(だいち)

背筋をピンとのばして、凛々しく前を見て歩いて行ってね。命名、凛。(りん)

悠久の未来まで、思いやれる人になってほしい。命名、悠斗。(ゆうと)

お陽様のように、いつもみんなを明るく照らしてね。命名、ひより。

今こそ、日本男児の強さと優しさを。命名、大和。(やまと)

自分の気持ちも、他人の気持ちも思いやれる人になってね。命名、心。(こころ)

嘘、偽りなく、常に誠実に。命名、誠。(まこと)

いつだって、人を救えるのは、愛。愛こそ、すべて。命名、愛。(あい)

不思議だね。
ほら、ママも、パパも。おじいちゃんも、おばあちゃんも。
うれしいのに、泣いている。
泣いているのに、笑ってる。

生まれたばかりの、小さな、小さな、命が、
大きな、大きな、勇気をくれる。

君たちのためなら、がんばれる。
君たちのためなら、前を向ける。

今、この国に、生まれてきてくれてありがとう。

君たちこそが、希望の光。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

  
動画制作:庄司輝秋

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照井晶博 2011年6月12日


猪苗代湖ズについて   
            ストーリー 照井晶博
               出演 地曵豪

ふくしまに ふくしまに ふくしまに

置いてきたんだ 僕は 本当の自分を



ふくしまで ふくしまで ふくしまで

愛したいんだ 僕は 本当の君を

明日から 何かがはじまるよ ステキな事だよ

明日から 何かがはじまるよ 君のことだよ

I love you baby ふくしま I need you baby ふくしま

I want you baby 僕らは ふくしまが好き 

I love you baby ふくしま I need you baby ふくしま

I want you baby 僕らは ふくしまが好き

いま読み上げたのは、
猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」の前半の歌詞だ。
福島出身の4人が、故郷を思い、歌う、応援歌。
収益の全額を福島県に寄付するそのしくみもさることながら、
地方出身者のひとりとして、冒頭の歌詞、
「置いてきたんだ 僕は 本当の自分を

」の部分に、
まず心のどこかをさわられる感覚がある。

ぼくにも間違いなく、故郷に残しているものがある。
まず、両親。そして、いまより確実にダメで無力だった頃の自分。
だからだろうか。
帰省するといまだに、妙な居心地の悪さを感じてしまうことがある。
置いてきたはずの自分と向きあうからなのか。
それが本当の自分かどうかはよくわからないけれど。

あの日以来、いいことを言おうとする広告や、
必要以上に人を励まそうとする広告が増えた気がする。
それだけのことがおきたのだ。
当然のことだ。
そう思う一方で、誰かを広告で励まそうという気持ちが、
送り手側の自己満足や一方的な押し付けで終わってしまう
可能性すらあることに、やはり自覚的でありたい、と思う。

「I love you & I need you ふくしま」
この歌には「ふくしま」という言葉が36回も出てくる。

人が、誰かに言われていちばんうれしい言葉。
それはきっと、自分の名前だ。
誰かに、愛とか好意を伝える最も強くてまっすぐなコミュニケーションは、
その人の名前を呼ぶことからはじまるし、
ひょっとすると、本当はそれだけでじゅうぶんなのかもしれない。

「I love you & I need you ふくしま」
この歌は、とてつもない決意と覚悟の歌だ。
「ふくしまが好き」と歌うその「好き」という言葉に、
ぼくは、その全存在をまるごと一生引き受けていくんだという
強烈で壮絶でひたすらに重い、決意と覚悟を感じる。

そして考える。
自分にとっての「love you & I need you」を。

猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」
まだ聞いたことない人がいたら、
YouTubeにアクセスして聴いてみてください。
博報堂時代の同期、前田康二くんがつくったPVもとてもいいです。
そして、曲がいいな、とか、いい試みだな、と思ったら、
ぜひダウンロードするか、CDを買ってください。お願いします。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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