ストーリー

上田浩和 2010年2月20日ライブ


生ビール

          ストーリー 上田浩和
             出演 西尾まり

生ビールばかり飲むその男の腹は、
取り返しがつかないほど膨れていた。
飲むたびに口についた白い泡は、
じょじょに白い髭となり、顔の半分をおおっていた。
還暦を迎えた日、赤いちゃんちゃんこを着ると、
男は、赤い服を着た白い髭の太ったおじいさんだった。
男は、サンタクロースになっていた。
クリスマスイブの夜。
男は、トナカイのひくソリにのり、空のいちばん高いところにいた。
年金生活者の男に、プレゼントを買う余裕などないが、
片手には、その夜も生ビールがあった。
男は、白い泡に息を吹きかけた。
大きく波打った白い泡は、そのままジョッキからあふれ、
夜空の下へと落ちていく。
白い泡は、白い雪となり降り積もり、
そして町を真っ白に染めあげた。
何十年ぶりかの、ホワイトクリスマスに喜ぶ町を見下ろしながら、
サンタになった男は、ひとり乾杯をした。

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

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古田彰一 2010年2月20日ライブ


VOICE LOVE.
             ストーリー 古田彰一
                出演 清水理沙

そう。私はいつもそう。
声で、人を好きになる。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつも間違い電話をかけてくる男の人。
タイプの声だった。
白馬の王子様の声って、こんな声なんだと思った。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつのまにか、間違い電話を心待ちにしている私がいた。
そう、私は、恋に落ちていた。
ていうか、声に墜ちていた。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつもの短い台詞。もっと彼の声が聴きたいのに。
違う言葉を聞いてみたいのに。

チャンスは、相手のミスで訪れた。
今日に限って、彼は発信者表示を残した。
彼の電話番号。ここに折り返すだけでいい。

でも、なんて言えばいいの?
彼と同じく「あ、ごめんなさい。間違えました。」とか?
それじゃ話が広がらないし、
下手したらこれきりになっちゃうし。

ケータイを握りしめたまま固まっていると、
とつぜん着信音が鳴った。彼からだった。

「あ、ごめんなさい。いつも間違えてごめんなさい。
でも、どうしてもあなたの声が聴きたくて…」

波長ぴったりの、
声人(こえびと)ができました。

出演者情報:清水理沙 フリー

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山本高史 2010年2月18日



「あだ名」

ストーリー 山本高史
出演 池田成志

確かにオレは他人に厳しいですよ、特に若い連中にね。
ええ、やつらに陰で何て呼ばれているかも知っています。
でも仕事ですよ、厳しくて当然じゃないですか、厳しくないほうがおかしい。
だって、一つの仕事を成し遂げようとする。
仕事をする以上は、よりよい成果を上げなければならない。
ここまではいいですよね、ヘンなこと言ってませんよね。
よりよい成果を上げようとする、ならばチームのレベルの下のほうに合わせます?
若いやつは仕事ができない。
できるといわれている連中も、そのキャリアにしてという注釈付きだ。
いやいや、それを責めてるんじゃない。
キャリアが浅いんだから、できないことが多いのは無理もない。そこからやればいい。
でも、現状できないのは事実なんだよ。
だったらわざわざ平均点を下げるような作業方法、とらなくてもいいじゃないですか。

オレがこの間、Aという社員の企画書をチラ見でスルーしたことが、
問題になってるんでしょ?ええ、知ってます。明るい職場委員会でしたっけ?
それで今こういう時間が設けられている。
へー、企画書、破いたことになってるんですか?
今どき、そりゃ勇ましい。
でもオレは時代遅れの鬼軍曹役引き受けるつもりはないしね。
ただ合理的に無視しただけ。
Aという社員の企画書は、一目見てわかるくらい使い物にならなかったから。

若い連中は育ててやらなければならない。
それは私も同感です。そうしないと会社が続かないから。オレらも食っていけない。
そりゃそうなんだけどさ。
あのね、例え話は好きじゃないんですが、だって回りくどいから、
でもまあしますけどね。
例えばサッカーだとね、ゴール前に緩いパス出して、さあ蹴りなさい、
ゴール決めなさい、ってハナ持たせるのかケツ拭いてやるのか知らんが、
そんな機会を若い子たちにあげるのが、人気のある上司なんですってね。
あなたも、ですかね。
できてなかったら待ってやるんでしょ?
失敗したら励ましてやるんでしょ?
スペース作って蹴らしてあげるんでしょ?
素晴らしい!パワハラなんて、どこの国の話?あ、あいつの話だ、ってオレの話か。

でもそれ、まやかし、でしょ?
一晩待ってあげて残業させて、月末には残業代が多いって責める。
使い物にならない企画書を持ち上げておいて、
彼らを使い物にならない状態でほったらかしにして、
そう言えば最近、リストラやってますよね。
まやかし、ですよね。
若いやつらは育てばいいんです。育つやつは育つ、
そうじゃないやつはそうじゃない。
育ちたかったら育てばいい。育てようなんて考えこそが不遜だ。
育ててもらおうなんて気持ちがあること自体が不純だ。
プレッシャーだ、権力だ、パワハラだ。
プレッシャー結構。押し倒されてなんで立たないんだろうね?
立ち上がらずに何泣いてるんだろうね。
権力上等。頑張って、強くなって、いい仕事できて、偉くなって、
それで威張って、どこがダメ?
そうか、パワーがあることを見せちゃダメなのか、それがパワハラの正体か。
じゃあダメだ、オレ、パワハラの塊。

知ってますよって、私のあだ名、「北風」でしょ?
弱いやつのコートを力づくで脱がすようなやつ。
うまいこと言いますよね。名づけ親の顔がみたい。
今会社に必要なのは、温かく見守って自らコートを脱ぐようにしてあげる太陽さん。
任せますよ。
でもやつら、脱いだコートを持つのが重いって、どこかに捨てていきますよ。
今度寒くなったら凍えるのに。
春夏秋しかないんだったら、それでいいけどね、あ、そうか、沖縄転勤か。

出演者情報:池田成志 03-6416-9903 吉住モータース所属

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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山本高史「伝える本。」2月18日発売
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小野田隆雄 2010年2月11日



イースター島の風
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  坂東工          

タヒチのパペーテから
東へ約四〇〇〇キロ、
チリーのサンチアゴから
西へ約三七〇〇キロ。
イースター島は南太平洋に
ぽつんと浮かぶ絶海の孤島である。
はるか五世紀の昔、
インドシナ半島から南太平洋を東へ、
長い長い航海のすえに、
大きなヤシの木におおわれた
この島を発見した人々がいた。
彼らはこの島をラパヌイと呼び、
定住するようになった。
ラパヌイとは、
「広い大地」という意味である。
やがて、彼らは大きな石像をつくり、
自分たちの神様にするようになった。
その石像(せきぞう)はモアイと呼ばれた。
彼らはモアイに祈り、タロイモを栽培し、
魚を捕って、平和な日々を重ねた。
しかし、生き変り、死に変り、長い歳月が
流れた頃、この島は環境破壊に襲われた。
ヤシの森は、乱伐で消え、豊かな土地は
海に流され、島はやせ衰えた。
そこへ、西洋人の船がやってきた。
一七二二年のイースター、
復活祭の日だった。そしてその日から
彼らはラパヌイの島をイースター島と名づけた。
やがて、島の人々を奴隷として売り払った。
十九世紀末、この島が
チリー領となった時、島民の数は
二〇〇名を割っていた。

さらに時が流れて、一九六七年
イースター島に旅客機が
着陸するようになった。少しずつ
観光客が増え始めたこの島に、
私たちが訪れたのは一九七八年だった。
「ホテルが一軒、民宿が十五、六軒。
 人口は、チリー政府の役人と軍人
 そして、住民をあわせて約七〇〇名。
 野生の馬が八〇〇頭。教会がひとつ」
あの当時、この島の現実について
知っていた知識は、それだけだった。
小さな空港には、強い風が吹いていた。
夜店(よみせ)の屋台(やたい)のような、トタン屋根の
吹きさらしの税関でチェックを受け、
古いジープのタクシーで民宿に向かう。
砂利(じゃり)道(みち)が、起伏のある草原の中に
続いている。草原は丈高い草ばかりで
樹木の姿は見えなかった。
民宿の灯(ともしび)は、ほの暗く、簡易ベッドに
入って眼を閉じる。窓ガラスに風の音。
その音に雨の音が混じり始める。
「ふけゆく秋の夜、旅の空の」
そんな歌を思い出しながら、眠りについた。

翌朝、雨は止んでいた。風の中を
ひとり、村はずれの海岸にある
モアイまで歩いた。五メートルほどの高さの、
少し岩が崩れかけた、薄墨(うすずみ)色(いろ)のモアイ。
巨大な顔、高い鼻。しゃくれたあご。
空を見あげる大きな眼。その眼のくぼみに
昨夜の雨が、涙のように光っていた。
風が止むこともなく、吹いている。
ずっと南から吹いてくる。
イースター島の南には、
南極大陸まで、ひとつの島もない。
あるのは海と空だけである。
ふと、思った。
この島には季節風は吹いてこない。
いつも風は南極から吹くのだと。
この島をラパヌイと呼んだ人々も
イースター島と名づけた人々も
すでにいない。モアイだけが
南の風を受け続けてきたのだ。
季節は十月、この島は春だった。

二十一世紀の今日(きょう)、イースター島は
樹木の緑も復活し、明るい現代の
観光施設もととのっている。
けれど、モアイに当たる風の匂いは
きっと変っていないのだと思う。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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一倉宏 2010年2月5日



「いろは歌」を現代的に
             

ストーリー 一倉宏                       
出演 山下容莉枝

 いろはにほへと ちりぬるを

あの「いろは歌」です。

 色は匂へど 散りぬるを

古い歌、古いことばですから、こどもにはむずかしい。

 花の色は鮮かでも 散ってしまうのに

そう説明したって、なんのことやらわからない。
「いろは」といえば「初歩的な」という意味でもあるはず。
もうきっと、時代には合わなくなっているのでしょう。
そこで、新しい「いろは歌」をつくってみました。
現代的に。現代の仮名遣い、46文字を全部使って。

まずは、これ。

ねこ よむ
いぬ ほえ
とらたちは おせ
わにや
きりんも けつさすれ
あひる へそなし
ふくろう のまゆ
かめをみて

ちょっとした、動物絵本でしょ。
ねこが監督して、いぬが応援して、
どうぶつたちが集まって、何かの仕事をしています。
「わにや きりんも けつさすれ」のところは、
きっと、こどたちにもいちばんウケると思うのですが。
もしかしたら「教育的にいかがか」と、堅い先生はいうかな。

つぎは、もうすこし年令をあげて。

あさの すそ
つまむよ
ふうせんや ゆめを
おいて かくれろ 
ぬけみちは ほるな
ねこに わたしも
えきへ ひらりと

ちょっと、ファンタジー。ちょっと、不思議の国のアリス。
アリスは、きっと何かに追われて、スカートをつまんで、
隠れて逃げて、ねこといっしょに、駅へ、ひらりと。
かわいいでしょ。少女向けかな。

最後は、こどもから、おとなまで。
教育的なんてことは、全然考えないでつくった「いろは歌」。

そのひと
あほ まぬけ
おゆにさしみ
むねや めから
へをこく 

もちろん
わすれない

はるよ
えりたて
きせつふう

前半は、落語のような、アホ話。
なのに後半は、きれいにまとまってしまいました。
余ったひらがなを、拾い集めてつくったら。

季節は、ちょうどいまごろ。
入学を楽しみにしているこどもも、そして、アホなおとなも。

もちろん
わすれない

はるよ
えりたて
きせつふう

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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中山佐知子 2010年1月28日



アラスカの雪の上で               
               

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

アラスカの雪の上で僕は生まれた。
僕の母さんはカリブーだった。
だから僕はいまでもきっとカリブーの姿をしているのだと思う。

僕には双子の妹がいた。
カリブーは普通一頭しか子供を生まないからこれは不思議だ。
もしかしたら、僕は生まれてすぐに母を亡くして
そばにいた雌のカリブーを母さんだと思いこんだのかもしれなかった。
双子の妹は僕より何時間かあとに生まれ、
生まれてすぐにオオカミに見つかった。

カリブーの群れにはいつもオオカミがつきまとい
弱ったカリブーや生まれたてのカリブーが狙われる。
僕と母さんは走って逃げることができたのに
妹は僕たちに追いつくことができなかった。

そうして、妹はオオカミに食べられて
オオカミのカラダの一部になったけれど
熊になるカリブーもいる。
人間になるカリブーだってときどきはいる。
オオカミの食べ残しはキツネやコヨーテがきれいにしてくれる。
僕たちはアラスカの、
肉を食らうあらゆる生き物を養っている。

それから、僕たちは草を食べる生き物を養うこともできる。
カリブーのいる土地が豊かなのは
何万年も昔からしたたりつづけたカリブーの血や
ツンドラに層をなして埋もれている毛や骨や角のおかげだ。
その土から草が生え花が咲き
僕たちはその草を食べて命をつなぐ。
カリブーもまたカリブーを食べているのだ。

冬が終わると、僕たちは北の平原をめざして1000キロの旅をする。
アラスカの北極海に面した東には
カリブーが子供を育てる楽園があって
旅の途中で生まれた子供もこれから生まれる子供も
みんな一緒にブルックス山脈を越え、氷の川を渡る。
小さな群れはやがて千頭の群れになり、
1万になり、10万の群れに膨れ上がって平原を埋め尽くす。

僕たちの行く手にはいつもクマやオオカミがいる。
人間は銃を構えて待ち伏せている。
けれども僕たちは生まれ落ちた瞬間から死を恐れることがない。
カリブーにとって自分の死は大きな事件ではなく
夢から夢へジャンプするような出来ごとに過ぎない。
僕たちはアラスカだから。
アラスカのすべてがカリブーなのだから
僕たちはあらゆるものに自分の血と肉を与えながら
頭と角を高く上げて旅をつづける。

やがて夏が来て、ツンドラの凍った土が少しだけ緩むと
ローズマリーやワタスゲ、ポピーやファイヤーウィードが咲いて
楽園は花で埋まる。
その花々もまたカリブーの一部なのだということを
僕は、生まれる前の夢で知っていたと思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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