月見草の記憶
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳
十二の星座と十二の花言葉を組み合わせて、
私が、人生占いを始めたのは、
三十年ほど、昔のことでした。
最近は、歌舞伎座(かぶきざ)に近い木挽町で
お客さまの運命を見ています。
私は群馬県の赤城山に近い
桐生という街の
ふつうの公務員の家庭で育ち、
東京の私立大学を出て
ある出版社につとめました。
でも、そこを二年で退社して
占(うらな)い師の勉強を始めました。
私は、私の心のなかに、
ほかのひとには、わからないことが、
見えたり、聞えたりする力のあることを、
気づいていたからです。
そのきっかけになったことを、
お話したいと思います。
桐生の街の西側を、北から南へ、
渡良瀬川が流れています。
私の家は、その川の土手の、
すぐ近くにありました。
四歳か五歳の頃、ある秋の夕暮れに、
私は、土手の上から河原を見て
突然そこにお花畑が出来たかのように、
黄色い花がいっぱい咲いているのを、
みつけました。私は土手を駆けおり、
河原を走り、咲いている花のなかに
飛び込みました。花には四まいの
黄色い花びらがあり、その背丈は
高く、花が、私の胸もとに触れました。
花の中を歩いていると、
うっとりしてきました。
かすかに、甘い香りもするようです。
そのとき、せせらぎの音に気づきました。
ひと筋の流れが、乱れ咲く花のあいだに
くねくねと続き、川のまんなかあたりの
深くて速い、大きな流れに向かって、
走っているのでした。
ふと、見あげると、黄色い丸い月も
出ています。きれいだなと思いました。
そのとたん、石ころにつまづいて、
はいていた赤いサンダルが
片一方(かたいっぽう)だけ脱げて、
水の流れに落ちました。私はあわてて
サンダルに手をのばそうとして、
流れのなかに、ころびました。
私の右足のサンダルは、ゆらゆら流れて、
深くて速い川の中央部に、
飲み込まれていくのです。
私は、悲しくなって、
しゃがんで泣きだしました。
しばらく泣いていると、
私の肩に、温かい手が触れました。
私の家の隣の、かよこさんでした。
かよこさんは、高校生でした。
美しいひとで私は大好きでした。
きっと、泣いている私を、
土手の上から見つけてくれたのでしょう。
かよこさんは、私をおんぶしてくれました。
白いブラウスの背中から、水に濡れた私の
空色のTシャツの胸に、かよこさんの
肌のぬくもりが伝わってきます。
私は、ほっとした気持で、眼を閉じました。
そのとき、突然、半鐘の音が、私の耳に、
聞えてきました。あの時代の町や村で、
火事を知らせて打ち鳴らす鐘です。
「かよこねえちゃん。
半鐘が鳴っているよ。
境野(さかいの)が火事になるよ」
でも、かよこさんには、半鐘は
聞えないらしく、私に別のことを
聞きました。
「よしこちゃんは、あの黄色い花が
なんの花だか、知っていたの?」
「月見草」。私はすぐに答えました。
でも、なぜ、そう言ったのか、私にも
不思議でした。誰にも教わった記憶など
なかったからです。
次の日の朝、私は両親が
話しているのを聞きました。昨夜、遅く、
桐生市のすぐ東隣の境野の町で、
大きな火災があり、
十数軒が燃えてしまっていたのです。