猫が死んでいることに気づいた日は
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹
猫が死んでいることに気づいた日は
音もなく雨が降っていて
窓の外の景色がうす青かった。
それは猫の毛の透けた縞模様を通して見えた。
死んだ猫は躰が透き通ってきて
向こう側の景色がうっすらと見えるようになっていた。
それで私は猫が死んだことを知ったのだ。
猫は死んでも窓際にきちんと正座して
私から目を離そうとはしなかった。
そうやって猫に見つめられていると奇妙な無気力状態におちいり
昼も夜もうつらうつらと
寝ているのか起きているのか区別がつかない何日かがあった。
猫はずっとそばに付き添い
昼も夜も部屋から出て行こうとしない。
あたりが暗くなって車の音が途絶えるころになると
ざわざわと風が吹いた。
猫は風の匂いを嗅ぐように鼻を上に向け
あたりの気配に耳をすました。
風は玄関と窓にかわるがわる吹きつけ
まるで誰かが押し入ろうとしているようにガタガタと音を立てた。
すると猫は、透明な毛を逆立てて威嚇するように唸るのだった。
いっぺん、窓を開けて猫を安心させようとしたのだが
起き上がろうとすると猫はさらに大きな声で
こんどは私に向かって唸った。
こんなことははじめてだった。
それから、降り続いていた雨がとうとう止んで
世界が顔を洗ったように明るくなった朝になると
猫ははじめて私に向かって口をひらいた。
「あれは雨の日だったね。」
それが猫を拾った日か猫が死んだ日かわからないまま
私はそうだと答えた。
「あれからずっと僕は幸せだったし、いまも幸せなんだ。
きみはそれを信じてくれなきゃいけないよ。」
信じる、と答えるしかなかった。
幸せな猫だけが飼い主を助けることができるんだからね、と
猫は念を押した。
それから、背中を向けてさよならと言うと
締め切った窓を通り抜けて本当に出て行ってしまった。
猫がいなくなった部屋の隅には
出て行ったばかりの猫が、申し訳なさそうに
小さくうずくまって死んでいた。
死んだばかりの猫の躰はちっとも透明でなく、まだぬくもりがあり
縞模様の毛はやわらかく私の涙をはじいた。
私はそれに手を触れながら
死んでいたのは自分だったんだという、いま気づいたばかりの事実を
そっと心の隅にうずめた。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP