ストーリー

岡本欣也 2009年5月16日ライブ


職のない日々
             ストーリー 岡本欣也
                出演 大川泰樹

むかし、ぼくは、無職だった。

むろん貧乏だったが、
不自由は感じなかった。

電気を止められた時、
ぼくはローソクをともした。

ガスを止められた時、
近所の銭湯に行った。

電話を止められた時、
好きだった子に手紙を書いた。

そして水道を止められた時、
生まれて初めて、
野グソをした。

雑木林でお尻を出していたぼくは、
25歳だった。

貧乏はおもしろい、
とまでは言わないが、
人が思うほどみじめではない。

すくなくとも、
いま巷で語られるほど、
一面的な暮らしではないと思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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高崎卓馬 2009年5月16日ライブ



おばあちゃんへの手紙

                   
ストーリー 高崎卓馬
出演 西尾まり 

おばあちゃんが死んだ日に
おじいちゃんはそのことがよくわからなかった。
おばあちゃんを送る日に
おじいちゃんはずっと新聞を読んでいた。
お線香の匂いが 
冬の朝を包んでも
お経が流れても
おじいちゃんはずっと新聞を読んでいた。

「おじいちゃんそれ昨日の新聞だよ」

おじいちゃんはいろんなことがわからなくなっていた。

おばあちゃんとおじいちゃんは
そんなに仲が良くなかったようだった。
おじいちゃんは、ほんとうのおじいちゃんじゃなかった。
戸籍上の話。
戦争で死んだ本当のおじいちゃんの弟が、おじいちゃんだった。
昔は珍しくない再婚話。

おじいちゃんとおばあちゃんは、
どこかで線をひいていっしょに暮らしていた
孫の僕にだってわかるような境界線。

ふたりに子供がいなかったせいかもしれない

おじいちゃんはおばあちゃんを好きだったのかな
おばあちゃんはおじいちゃんを好きだったのかな
お経を聞きながら、僕はふたりを可哀想におもった。

「たくちゃん、これ何時に終わる?」
おじいちゃんは僕にお葬式の終わる時間を何度も何度も聞いてきた。
「たくちゃん、これ何時に終わる?」
何十年も一緒に暮らしたひとがいなくなった日のことが
わからなくなったおじいちゃん。
「たくちゃん、これ何時に終わる?」
おじいちゃん、お葬式のことをこれって言わないで
お願いそんな質問しないで
ずっとずっと新聞を読んでいていいから
誰か他のひとに聞いて
「たくちゃん、これ何時に終わる?」

すべてが終わって
食事が出てきた頃
僕はおじいちゃんがすこし嫌いになっていた。
「おじいちゃん、先に帰って寝てる?」
それは優しさとかじゃなくて
もういちど僕がそういったとき
僕の目の前で、
おじいちゃんが突然泣き出した
ちいさな肩がちいさくちいさく揺れて
使い古された咽がひゅーひゅーなって
しわしわの頬に涙がたくさん枝別れして。

おじいちゃんはたぶん、
おばあちゃんがすごく好きだったんだ
よかったね、おばあちゃん

*出演者情報 西尾まり  03-5423-5904 シスカンパニー

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中村直史 2009年5月16日ライブ



   
隣人を愛そう

             
ストーリー 中村直史
出演 大川泰樹坂東工西尾まり 

  
隣人を愛そう

ニンジンを愛そう

ニンジャを愛そう

大蛇を愛そう

大ちゃんを愛そう

大ちゃんならああ言いそう

第3者機関ならこう言いそう

第3舞台ならそれやりそう

退散するのは難しそう

解散するのは予算成立後

発散するのは与謝野晶子

ハッサンはアブドルの弟

母さんはアイドルの卵

愛がどこに消えてしまおうと
まずは愛してみよう

隣人を愛そう
思いがけない世界のために

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一倉宏 2009年5月16日ライブ



ハローとグッバイの間に
             

ストーリー 一倉宏
出演  坂東工

あなたと僕がはじめて出会ったのは 僕の誕生日でしたね

ほんとうのことをいえば 僕は よく憶えていないのだけれど
あなたは くりかえし 話してくれた
その朝の 空の青さ 風の匂い 緑の眩しさまで

その日から 僕には なにもかもはじめてのことばかり

あなたとの出会いは 人生でいちばん大きな 運命だと思う
ほかの誰でもありえなかった この世界でただひとり
絶対の運命 といえる女性は ほかにいない

あなたが僕を見つめるたびに 僕はしあわせを憶えた

あのころの僕は わがままなほど あなたを独占しましたね
それを許して 厭いもせず いつも笑顔で
あなたを なにかに喩えるなら 太陽というほかにない

あなたが僕にくれたのは 生きるよろこび そのもの

僕はいつも 叫びたいほどの気持ちだった
目覚めればそこに あなたがいるしあわせ
いない夜のかなしみ そして その肌のぬくもりも

あなたなしでは生きてゆけない 僕だったから

それはなんの大袈裟でもなく あなたについて思ったこと
いつか 壊れるほどに泣いた日を 憶えています
その胸に委ねた この僕の小ささ 悲しそうなあなたの顔

あなたの教えてくれたこと 僕はいつまでも忘れない

美しい歌 心をこめたことば この世界の歩き方
ごはんのおいしさも 読書のたのしさも
そして 誰かを傷つけること 自分の弱さと過ちについて 
  
あなたに会えてよかった あなたがいてよかった

あなたとの出会いは 人生でいちばん大きな 運命に違いない
ほかの誰でもありえなかった この世界でただひとり
あなたがいなければ この僕はいなかった

おかあさん

あなたとの別れのときが とうとう来てしまいました
怖くて想像できなかった別れが ついに
想像しても 覚悟をしても 実感できない別れが

あなたとのさよならは 凍るような夜の果て

ながらく むずかしい病と闘っていたあなたは
突然のように力尽き 戻れない橋を渡っていった
搬送する救急隊の 後を追って走るあいだに
あなたの帰りたかった故郷の街が 天の川のように見えました

さようなら おかあさん 

あなたと僕がはじめて出会ったのは 僕の誕生日でしたね

ほんとうのことをいえば 僕は よく憶えていないのだけれど
あなたは くりかえし 話してくれた
その朝の 空の青さ 風の匂い 緑の眩しさ
その愛の はじまりを

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

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古田彰一 2009年5月16日ライブ



VOICE LOVE.

              
ストーリー 古田彰一
出演 西尾まり

オバマ大統領って、声がいいから
大統領になれたのだと思う。

スピーチの中身はよく覚えていないけど、
そのハリのある声を聴いたとき、
私はオバマさんを支持してしまった。

そう。私はいつもそう。
声で、人を好きになる。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつも間違い電話をかけてくる男の人。
タイプの声だった。
白馬の王子様の声って、こんな声なんだと思った。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつのまにか、間違い電話を心待ちにしている私がいた。
そう、私は、恋に落ちていた。
ていうか、声に墜ちていた。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつもの短い台詞。もっと彼の声が聴きたいのに。
違う言葉を聞いてみたいのに。

チャンスは、相手のミスで訪れた。
今日に限って、彼は発信者表示を残した。
彼の電話番号。ここに折り返すだけでいい。

でも、なんて言えばいいの?
彼と同じく「あ、ごめんなさい。間違えました。」とか?
それじゃ話が広がらないし、
下手したらこれきりになっちゃうし。

ケータイを握りしめたまま固まっていると、
とつぜん着信音が鳴った。彼からだった。

「あ、ごめんなさい。いつも間違えてごめんなさい。
でも、どうしてもあなたの声が聴きたくて…」

波長ぴったりの、
声人(こえびと)ができました。

*出演者情報 西尾まり  03-5423-5904 シスカンパニー

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名雪祐平 2009年5月16日ライブ



バーならず者   

              
ストーリー 名雪祐平
出演  坂東工

バーならず者は、マンションの一室を改造した、夜の隠れ家。
中年のマスターは、ゲイで、常連からは「ママ」と呼ばれている。

でも、いちばんの特徴は、このバーが
僕の事務所のすぐ隣りにある、ということだ。

ある8月の、湿気がきつい熱帯夜。

ピン、ポーン。
オートロックになっているマンションの入口から、
誰かが、僕の事務所を呼び出した。

壁の受話器を取る。
「はい」

小さなモニター画面を見ると、女が一人、ゆらゆら映っていた。
女の喉頸から顔が、アップになる。

「ならず者? ねえ、ならず者、ですか?」
酔って甘えるような、その声を聞いて、ようやく気づいた。
女は、女優のM.Nだった。

「ママ? あけて、おねがい」
僕は、すこしためらってから、
「大丈夫。いま開けるから」
とだけ言って、ロックをはずすスイッチを、押した。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

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