ストーリー

一倉宏 2007年9月7日



熱海の秋

                    
ストーリー 一倉宏
出演  森山周一郎

ある日のこと。
 4次元テレビで「西暦2007年」のチャンネルを観ていた
 夏目漱石と森鴎外は、こんなシーンに目を丸くした。

 欧米人のように髪を金色に染め、アフリカ奥地の少数民族のように
 首飾りを重ねた、東京の若い娘の、こんな話に。

 「私の誕生日のイブにー、超高層ビルのー、超高級レストラン、
  予約してくれてー、12時ちょうどに、プロポーズされたわけー。
  超、ロマンチックじゃない?」

 ロマンチック?
 いま、このお嬢さんは、どのような意味で「ロマンチック」という
 ことばを口にしたのだろう?
 夏目漱石も、森鴎外も、同じ驚きに、たがいの顔を見合わせた。

 「察するに・・・」と、漱石は言った。
 「この男女には、越えられぬ壁、たとえば階層の障壁があり、
  実らぬ恋を予感して言っているのでしょうか」

 「いや、そうではありますまい」と、鴎外は冷静に言う。
 「娘の顔は、困惑も逡巡もしていません」

 「たしかに。竹竿でも叩いたように笑っている」

 「案ずるならば・・・
  西暦2千何年には、<ロマンチック>とは、
  金銭的なる尺度に変わる、ということではないですか・・・」
 
 「金がロマン? べらぼうな!」と、江戸っ子の漱石は憤慨する。
 「ロマンが、金貨に魂を売ってたまるか!」

 陸軍軍医総監、医学者でもある鴎外は、あくまで冷静だ。
 「尾崎さんの描いた『金色夜叉』が、世を席捲するのだろう。
  憐れな貫一は、もはや、月を涙で曇らすこともかなわぬ。
  ほら、ごらんなさい・・・
  ダイヤモンドの大きさを、こんなに喜んでいる。
  このお宮は、どう見ても確信犯だ・・・」

 「それにしたって、世俗の富を
  <ロマンチック>と呼ぶ法がありますか!」

 「・・・夏目さん。
  末世のことに腹を立てても、お体に障ります」

 「西暦2007年」の4次元テレビは、やがて次の番組へ移った。

 「ロマンチックな秋の旅! 
  熱海日帰り、海の幸食べ放題、温泉入り放題、
  おみやげ付きで、5800円!」

 「なんだか、頭が痛くなってきた。胃も痛む・・・」と、
 漱石は、みぞおちに手を当てた。
  
 鴎外もまた、テレビから目をそむけ、
 「薬を処方しましょうか」と、傍らの鞄に手を延ばした。

出演者情報: 森山周一郎 03-5562-0421 オールアウト

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門田陽 2007年8月31日



七つの自問自答男
            

ストーリー 門田陽           
出演 森田成一

どうしてボクはふるさとに帰らないのですか?

それは帰らないというよりも帰れないのです。
ずいぶん大きなことを言って出てきたから。
ほんとはお正月には帰りたいです。
ほんとはお盆にも帰りたいです。
あと鼻にピアスをあけたのもちょっと帰りにくい理由のひとつ。
ばあちゃんはきっと鼻を見て腰を抜かします。

ふるさとは遠くにありて思うものですか?

どうでしょう。
確かにあまり近くだとふるさとっぽくはないけれど、
ただふるさとって、あの場所のことじゃなくて
あの時代のことなのではないでしょうか。

初恋の人は?

同級生です。つまり今もどこかで同じ歳。
というか、たぶんふるさとで齢を重ね暮らしているはず。
旧姓は小柳さん。今の名前は知りません。

自慢ですか?ふるさとの?

何もないです。何もないのが自慢なくらい何もないです。
誰も来ません。
たまにブームを過ぎ去った歌手やお笑いの人が来るくらいです。
あ、水はおいしいです。
コンビニで売れそうな水が蛇口から出ます。
その水でみんな洗車もします。
だからどの家も車はピカピカです。

甲子園はどこを応援しますか?

フシギですね。あんなに都会に憧れて出てきたのに、
ふるさとに近い学校ばかり応援してます。
満員だとふるさとの人口よりも多いんですよ甲子園って。

総務課の立花さんのことですか?

よくわかりましたね、ボクが気になってることが。
そりゃわかるわよって、あなたは誰ですか?
ふるさとにある山の名前と同じなんですよ、立花山。
遠足では毎年登ってました。
だから総務課の立花さんを見るたびに懐かしい気持ちになるのです。

最後です。そんなボクがどうして突然ふるさとに帰るのですか?

それはふるさとはやっぱり帰るとこだから。
このままずっと都会で暮らしても
やっぱりふるさとは行くところではなくて
帰るところであってほしいから。
あ、でも駅に着いたら鼻のピアスははずしますね。
ばあちゃんには長生きしてほしいから。  

*出演者情報:森田成一 03-3479-1791青二プロダクション

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中山佐知子 2007年8月24日



ふるさとを走る列車が
                  

ストーリー 中山佐知子
    出演 大川泰樹

                   
ふるさとを走る列車が汽笛を鳴らすと
汽笛は山と山にはね返り
堂々とした音になって耳に達する。

だから、ふるさとの村の人たちは
2両編成のディーゼルカーの
貧弱な汽笛の真実をまだ聴いたことがない。

ふるさとの列車は谷に沿って走り
ときに切り立つ崖に張り出した足場の上に
やっと線路がのっているが
谷が響かせる列車の音はオーケストラのようで
ちっとも危なさを感じさせない。

去年の冬は大雪で
何番めかの鉄橋が落ちてしまい
春まで列車が通らなかった。
それでも、ふるさとの人々が
列車に寄せる信頼は揺るがない。

ふるさとはまだ夢の中にいる。

春に山菜を採りいって
熊に出会った民宿の女将さんは
今日も山へ行っている。
入り口でおまじないの笛を一度だけ鳴らしておくと
山の神さまも生き物も、
熊だって悪さをしないのだという。

ふるさとはいまも夢の中にいる。

山はブナの森で夏でも涼しく
土も腐葉土でふかふかしている。
雨が降るとブナの森はダムのように大量の水を溜め
そのほんの一部が
ミネラルたっぷりの湧き水になって谷にそそぐ。

その谷を流れる川は
ふるさとの村のはずれで
巨大なコンクリートのダムに塞き止められ
青い湖になっている。
その湖を見物しに集まってくる人たちは
ダムの底に36軒の家が沈んでいる事実を知らない。

むかし、ダムをつくっていた建築会社の若い人が
36軒の家のひとつに
ときどき猫が帰ってくるのを見つけた。
そういえば
あの家のおばあちゃんは
泣きながら山の上の家に移っていき
お嫁さんはその引っ越しの前に
どうせ水の底で泥まみれになる家の柱を
ピカピカに磨いていたんだったな。

自分は人の役に立つダムを作っていると
建築会社の人は信じていたけれど
藁葺き屋根の古い家に名残を惜しみに来る猫を見るたびに
帰る場所をなくしてしまった子供のような
泣きたい気持ちになったので
その人はせっかく入った建築会社を
とうとう辞めてしまった。

それからその人は
ふるさとの村に引っ越してきて
家族をつくって年を取り
いまはボランティアで山の案内人をしている。

僕はそんな話を、夢のようなふるさとの
熊に出会った民宿の女将さんに聞かされた。

*出演者情報 大川泰樹 03-3478-3780 MMP

*只見線の写真は汽車電車1971~からお借りしました

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門田陽 2007年8月24日-1



帰り道

                       
ストーリー 門田陽
出演 岡本マミ

あ~、もう少しなのにやっぱり混んできちゃった。
だから電車にしようって言ったのに。
人口が増えてきたのよ、この町も。
アレ、なくなってるよ、そこの右。ビルが建ってる。
何がって、映画館だったでしょ。
私たちが高校のときはじめてデートした場所。
覚えてないの?あなたそこではじめて私の手をつないだのよ。
そうだっけって、そうよ。
人前ではいやがるくせに、ふたりになると
すぐ手をつなぐのよね、あなた。
あ、そこの交差点は忘れてないわよね。
そう。あの頃の待ち合わせ場所。
いつも角の銀行であなたはお金をおろしてからデートするのよ。
何かイヤだったのよね。
今日の私はいくらかなみたいな感じで。
そういえばあの銀行、あれから2度も名前が変わった。
コロコロとあなたみたい。
何がって、そうでしょ。あ、黙るんだ。

人って変わる。
この前、同窓会で5年ぶりにひとみに会ったの。
あ、あなた私の前にひとみにコクッたんだってね。
また黙った。
そのとき、「お互い変わらないわねー」って言いあったんだけど
ウソよね、アレ。ヘンシンってくらい変わってるわよ。
見た目からして倍くらいなってるのに、何が「変わらないねー」よ。

あなたも私もいっぱい変わった。
早いわよね、10年なんて。あの頃あなたはロン毛でした。
どこにいったのよ、あの髪の毛。
結婚するまであなたは私の前でオナラしなかった。
そりゃ私もしなかったわよ。
子どもができて体型変わって、あなたは会社を何度も変わって、
趣味はコレクションだからってヘンなものを次から次に集めてきて、
今あなた、おわび記事のスクラップをしてるでしょ。
あれは何の参考にしようとしてるの?

世の中もどんどん変わったわ。
冥王星なんて、今じゃ惑星じゃないんだもん。
お、今村食堂だ。ここは変わりません。
「築50年です」って、何の自慢なんだろうね。
去年帰ったときもチャンポン食べに行って
「この店は変わりませんね」っていったら、
「はい、昔から味は同じ、値段しか変えてません」って
正直だよね、あそこのご主人。

あ、見えてきたよ私の実家。もうすぐあなたには他人の家。
きのう裕太が下の名前は新しくしなくていいの?って
聞いてきたからそれは同じだよって言ったら
ちょっと安心した顔してた。

あのときの渋滞はひどかったよね。
お正月だったもん。大事な日なのに3時間も遅れて
出前のお寿司ひからびちゃって。あなた緊張して
「娘さんをお父さんにください」とかいって。
きょうは間違えずに言うんだよ。
でもあの日楽しかったよね。みんなで朝まで酔っ払って。
お父さん、笑いながら泣いてた。
きょうは笑いはないと思うよ。

あー、今度のお正月から帰省するとき別々なんだ私たち。
私はこの町、あなたは隣町。
高校のときと一緒になったね。え、違うって?そっか。
この前の合併で隣町じゃなくて今は同じ町なんだね。
ふーん、あ、もう着くね。

出演者情報 岡本マミ 連絡先 03-5456-3388 ヘリンボーン
                      
*音楽:ツネオムービープロジェクト
*「帰り道」は、当時Tokyo Coywriters’ Street の番組スポンサーによって
 放送を却下され、番組ブログにのみ掲載されました。

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小野田隆雄 2007年8月17日



ナデシコ
  
                  
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳

ナデシコの花は、
日なたの匂いがする。
なつかしい少女の
髪の毛のように。

キツツキが電信柱をつつく、
山深い村の小さな小学校に、
その少女が転校してきたのは、
四年生の秋だった。
ひとめ見たとき、少年は、
きれいだなあと思った。
少女雑誌の表紙みたいだ、と思った。
少年が少女を、ぼーっと
見つめている日がくり返されていった。
そして、五年生になる頃から
少女が見つめ返して、
ニッコリしてくれるようになった。
彼女は、少年より、すこし背が高い。

それは六年生の夏の始め、
村はずれにあるお稲荷さんの祭りの日、
夕暮になる頃、ふたりは、ひそかに、
狐のお面をかぶって、
神社の森へ行った。
杉木立に囲まれた参道には、
屋台の店が立ち並び、
村人たちが晴着を着て、
三々、五々、歩いている。
人込みの中を、ふたりは、
かくれんぼするように歩いた。
やがて、東の山の端に、
十三夜の月が出る頃、
ふたりは、村に戻る川の堤の道を、
狐のお面をつけたまま、帰った。
なにもしゃべらずに、ふたり並んで。
青白い月の光の中を、
蛍が、後になり先になり、
ゆれながらひかり、消えていった。

少女の家は、
大きな竹やぶの陰にあり、
そこまで来ると、
ふたりは、お面を取った。
少女は、ナデシコの花もようの
ゆかたを着ていた。
少年は、トンボがいっぱい飛んでいる
ゆかたを着ていた。
ふたりは見つめあった。
突然、少年の右手が、
ナデシコの胸にのびて、ちょっと触れた。
少女の手が、かなり強く
トンボの頭をたたいた。
バカ、と少女は、小さい声で言った。

実り始めたクリの実を落して、
強い雨風が、何回か村を通り過ぎると、
その年の夏も終った。
少女は、突然、学校からいなくなった。
東京に引っ越していった。
少年は、ひとり、
裏山の松の木に登り、
夕暮の空に向かって、
トウキョウーっと叫んでみた。
甘ずっぱいものが、
胸の奥にこみあげてくる。

風のように訪れて、去っていった少女。
少年は、ときおり、右手の指先に、
やわらかなゴムマリにさわったような
うずくような感覚が、
よみがえるように、なっていた。

あれから時が流れて、昔の少年は
代々木上原の高台に
バラのように、はなやかな女性と
生活している。けれど、
庭先の、陽あたりの良い場所に、
まい年、夏になると、ナデシコの花が、
うす紅色の花をつけるのだった。

*出演者情報:久世星佳  03-5423-5904シスカンパニー

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一倉宏 2007年8月10日



<故郷>と会う夜は

                      
ストーリー 一倉宏
出演 坂東工

仕事の終わりかけた夕方 
「フルサトさんがお見えです」と 受付から連絡が入った 

「しばらく顔を見せないからさ
 東京に出たついでに 寄ってみたんさ
 どう? 忙しそうだね やっぱり 迷惑だったかい・・・」

誰だってびっくりするだろう 約束もなく 突然
自分の<故郷(ふるさと)>が 会社のロビーに立っているとしたら
確かに見覚えのある ひとなつこい笑顔で 
ちょっと場違いな ポロシャツとチノパンかなんかで

「フルサトっていうから そういう名前の誰かかと思った」と
戸惑いつつ 僕は ひさしぶりの<故郷>に会った
「忘れてんじゃないかと思ったけど よかったよ」と
<故郷>は 顔をくしゃくしゃにした 
「これ おみやげ」 
差し出したのは まぎれもなく<故郷>のみやげだ

僕は オフィス近くのダイニングバーに<故郷>を誘った
「さすが 東京の店はおしゃれだ」と <故郷>は喜んだ
「いつもこういう店で 飲むんかい?」と <故郷>のことばで聞いた
「いまどきはどこの店も こんな感じだよ」と 僕は答える
軟骨つくねや イベリコ豚や 海ブドウをつまみに
「やっぱり 東京は違うよ」と <故郷>は言う

それから
「あんまり立派な会社なもんで 驚いた」と <故郷>は真剣な顔
「あんな大企業の課長なんて えれー出世だ」
「100人もいる課長のうちの 1人に過ぎないよ」
「100人も課長がいる!」と そこでも驚く <故郷>の声はでかい

こうして 懐かしい<故郷>と一緒にいて
僕は その 日向ぼっこのような時間を楽しみながらも 
どこかで周囲のことを気にして 気恥ずかしさを感じていたのだ
・・・ごめんよ <故郷>よ
僕は 君が恥ずかしいのではなく 自分自身を恥ずかしいと思う
かつての 僕自身であった君を恥じる自分が 恥ずかしいけれど

<故郷>よ もしかしたら それが
いつのまにか 僕の中に住みついた<東京>かもしれない
<東京>の いちばんいやらしいところかもしれない

「たまには けえって来いよ」と <故郷>は言った
「うん こんどは こっちから会いに行くよ」と 僕は答えた

「やっぱりいいなあ <東京>は」と <故郷>がつぶやく
「・・・でもないさ」という 僕のことばを 
どう思っただろうか・・・ 
<故郷>は

*出演者情報:坂東工  

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