すばるのささやき
昔の日本語では、集まってひとつになることを、「すば
る」と言った。
清少納言が「枕草子」の中で、美しい星として最初にあ
げている「すばる」も、たとえば地球や月のように、ひ
とつの星ではない。それは星の集団につけられた名前で
ある。
またたくように、キラキラする「すばる」は、六個の星
にも七個の星にも、数えられる。眼の良い人は、十個も
見える。さらに天体望遠鏡で観察すると、百個以上の星
があるという。
「すばる」は若い星の集まりで、誕生してから六千年し
か経っていない。星たちが青白く輝いているのは、高温
度の光を出しているためである。
そのために「すばる」の星たちは、大きなエネルギーを
消費しているので、燃えつきるのも早い。あと一億年で
消え去ると言われている。
ところで西洋では「すばる」のことを、プレアデスと呼
んでいる。そこにはメソポタミア地方で生まれ、ギリシ
ア神話に受け継がれた、物語があった。
プレアデスは七人姉妹の名前である。彼女たちは月の女
神、アルテミスに仕えていた。ある夜、彼女たちが森の
木陰で踊っていた。
その姿を、若き狩人(かりゅうど)のオリオンが見つけ
る。彼は少女たちに近づき、たわむれようとする。
少女たちは逃げて、主人のアルテミスに頼み込み、小鳩
の姿に変えてもらい、大空に飛んでいった。けれどオリ
オンもあきらめず、追いかけて空に駆け昇った。
私たちが冬の夜空で見る、三つ星で有名なオリオン座は、
その狩人、オリオンの姿である。その星座から、少し右
上に視線を移すと、そこに小声でささやきかけるように
輝いている、プレアデスの星たちがある。
「星三百六十五夜」という本は、野尻抱影(のじりほう
えい)によって書かれた。昭和53年に出版されている。
1月1日から12月31日まで、星のことを書いた、3
65のエッセイである。
野尻抱影は学者ではないけれど、星が大好きな人で、さ
まざまな星の話を書いている。
彼の弟は大仏次郎(おさらぎじろう)というペンネーム
の、小説家だった。黒覆面(くろふくめん)の剣術使い、
鞍馬天狗(くらまてんぐ)は、彼の創作である。
「星三百六十五夜」の12月29日に、生きることに絶
望し、死んでしまおうと思い、家出する青年が登場して
くる。
青年は森に向かって歩いて行く。死に場所を捜すために。
月のない星明かりの道を歩き続ける。風が吹いてきた。
ふと、彼は立ち止まる。森の上に「すばる」がまたたい
ていた。
そのやさしい輝きを見たとき、彼は死ぬことを止めようと
思う。そういう話である。
このエッセイを読んだとき、私は思った。青年はきっと、
「すばる」のまたたきを、耳で聴いたのだろうと。死ん
ではだめ、死んではだめ、死んではだめ。
少女たちは歌うように、話しかけていたのかもしれない。
この本を読んだのは、三十代の頃だったと思う。それ以
前、高校生の頃から、考えていたことがあった。何も
な
い場所で、人工の光もなく、月の出ていない夜に、星空
を見ることである。たとえば中央アジアのシルクロード
行きたかった。まだ実現していない夢だ。コピーライ
ターズストリートに、「すばる」の話を書かせていただ
くことになったとき、ある人と少し会話をした。そのと
き、次の話を聞いた。
世界には、星空保護区と呼ばれる場所があるという。ア
フリカの古い砂漠、ニュージーランドの湖、そしてアイ
ルランドの半島、その三か所だけである。
もしも北半球に住んでいる私が、アイルランドの海に突
き出した半島で、空いっぱいの星空を見たら、「すばる」
を見つけられるだろうか。彼女たちのささやきを、聞く
ことが出来るだろうか。
もしも聞くとこが出来たら、きっと次のような、ささや
きだろうと思う。
もうひといき、もうひといき、もうひといき。
そろそろ一年が終わろうとしている。
出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属