ストーリー

中山佐知子 2019年7月28日「信じてはいけない」

信じてはいけない

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

信じてはいけない伝承がある。

「晴れた日には津波は来ない。」
「寒い時期に津波は来ない。」
「冬の晴れた日に津波は来ない。」
「強い揺れがあったとき津波は来ない。」
「日本海側に津波は来ない。」

こんな言い伝えには何の根拠もない。」

「津波はお節句の日に来る。」
いやいや、節句の日に来たのは2回だけだ。

「津波の前には井戸の水が引く。」
それを見に行って逃げ遅れた人もいる。

「地震から津波までにはご飯を炊く時間がある」
こんな言い伝えのあった地域は
1944年の津波で
1200人を超える死者行方不明者を出した。

津波を経験した人は
津波を理解し、記憶し、伝えようとする。
しかし津波は原因も性質もひとつではない。
1917年カナダのハリファックスでは
船の爆発で津波が起き、港町が流されたし、
1958年アラスカのリツヤ湾では山の斜面が崩れて
高さ524メートルの津波が起きている。

信じてはいけない伝承がある。

旧約聖書の詩篇第104章には
洪水の後で神が世界を再生させる様子が描かれている。

水は退き、山は立ち上がり
谷は定めの場所に沈んだ。
神は水の境を示され
水がそれを越えないようにされた。
水が再び地を覆うことのないようにされた。

信じてはいけない伝承がある。
「水はここまで来ない」というのがいちばん危険だ。

水は高層ビルよりも高く立ち上がり
ジェット機の速度でいつでもあなたを襲う。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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直川隆久 2019年7月21日 「水を売る」

水を売る

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

水って、基本じゃん?
人間の体は90%水でできてるわけだからさ。
飲む水が悪いと、悪い体になるし、
いい水を飲めば、いい体になるんだよね。
っていうと、ほら、あるでしょ?
水素水っていうのが。
水素が入った水。
すごい、はやったじゃん。
でも、じつは、もっとすごいものがあるの。
水素よりもっとすごいもの。
わかる?

それって、元素なんだよね。
元素。
元素だよ。
きいたことあるでしょ?
元素は大事なの。
元素はいいんだよ、体に。

元素って、みんな言葉としては知ってるんだけど、
その本当の力を知らないんだよね。
元素ってのは、元気の素って、書くじゃん?
つまりさ、元素が足りなくなると、元気が足りなくなるの。
だから、じつは、イオンなんかより、ずっと元素のほうが重要なんだよね。

むかしの人はね、体の中に元素をいっぱいもってたんだよね。
それがね、現代人は、体の中の元素が少なくなってるんだって。
それって、なんでかわかる?
これ、おれもすごいびっくりしたんだけど…「感謝」なんだよね。
昔の人はね、いろんなことに感謝してたんだ。
太陽、ありがたいなあ。
雨、ありがたいなあ。
ごはんが食べられる、ありがたいなあ。
で、じつは、感謝をすると、人間の脳内である変化がおきんのね。
脳内ホルモンのセロトニンていうのが出るの。
これが、体の中の元素を活性化させるんだよね。
ところが、おれを含めて現代人って、
昔の人とくらべて、感謝をしなくなってるじゃん?いろんなことに。
今は、みんなさ、「わたしがわたしが」「権利が権利が」でしょう。
つまり、自分のことばっかりで、感謝がないんだよね。

そうするとどうなるかっていうと、
脳内ホルモンのセロトニン、これの分泌が減るのね。
で、セロトニンが減ったことによって何がおきるかっていうと、
体の中の元素がね、一酸化元素、っていうのに変化するのね。
この一酸化元素が、じつは、すっごい悪さをするのね。

一酸化元素は、おたがいに、ひきよせあっちゃう性質があるんだ。
アメリカのカリフォルニア大学の研究で明らかになったことなんだけど、
癌細胞の中には、通常の細胞の100倍の一酸化元素があるんだって。
つまり、癌細胞の中の一酸化元素が、ほかの癌細胞を呼んで、
どんどん癌が大きくなっちゃう。
それだけじゃなくて、これは、カーネギーメロン大学の研究で
明らかになったんだけど、
社会的に成功しなかった人の血液の中には一酸化元素が多いんだって。
これは、貧乏の人の一産化元素が、
ほかの貧乏な人をよびやすいせいだろうと言われてるの。
だからこのことによって得られる結論は、一酸化元素が多い人は、
癌にもなりやすいし、貧乏にもなりやすいっていうことなんだよね。

で、開発されたのが、この元素水なの。
元素を、水の中に閉じ込める技術ってのがアメリカで3年くらい前に開発されて。
この元素水っていうのはね、
すっごい、新鮮な元素が入ってるんだって。
いや、もう、すごいらしいんだ。
とにかく、もう、AIでも数えられないくらい元素が入ってるんだって。
これは、飲む価値あると思うんだよね。
毎日この元素水を3リットル飲むと、体の中に、元素が凄く増えるんだって。
おれ、これを飲み始めて、すっごい変わった、と思う。
うん、まず、肝臓の数値が下がったのと、
あと、水虫がきれいになった。不思議なんだけど。
あとね、宝くじに2回当たった。
それも、結構大きな金額。
これも、元素水のせいかなあ、って思ってるんだよね。

で、話きいてみてどう?
なんか怪しいなって思う?

そう。
いや、そうなんだよ。
実際信じられないのは、無理ないと思う。
おれもそうだったもの。
ネット調べても、一酸化元素なんてでてこないしさ。
だから、最初この元素水を先輩から勧められたときも、かなり疑ってたのね。
でもさ、ふと思ったんだよね。
疑うだけじゃ、何も変わらないし、成長もないよね?
だから、おれは、自分で飲んでから判断しようと思ったのね。
それで、一か月飲んでみたの。実際に。

そしたら…飲んでるあいだに、あれ、けっこう、いいこと…あるじゃん?みたいな。
悪いこと、ないじゃん?みたいな。
で、ふと思ったわけ。
飲んで悪いことあるんなら、やめたらいいんだけど、
今のとこないし、それで続ける理由としては十分じゃないのかな。
で、今まで飲み続けてる。
そんな感じ?
だからお前も、自分で判断してほしいんだ。
やっぱり、自分の納得っていうのが、一番だもん。

あ、そう、飲んでみたい?
…うん。ぜひ、飲んで飲んで。きょう、持ってきたんだよね。

どう?
なんか、すごい…やわらかいでしょ。
ね?
なんか、すーっと…すーっと、こう、入ってこない?
浸透圧的なあれが、けっこうあるみたいなんだよね。
うん。
おれはね、いろいろ言ったけど、単純に、おいしいから飲んでる?そんな感じ。

で、この元素水って、まだ日本の代理店がなくて、
アメリカから直で買うしかないんだけど、
1リットル入りのペットボトルで一本1,000円とかすんのね。
でも、それってむずかしいよね?
一日3リットル飲まないといけないわけだからさ。毎日、3,000円だもん。
で、そこでちょっとこのパンフレット見てほしいんだけど、
元素水サーバーっていうのを使えば、水道の水を元素水に変えることができんのね。
これが、今、80万円で販売中…

なんだけど、
なんだけどね。
おれ、実はここのサーバーを製造してるアメリカの会社の
エグゼクティブ・アンバセダー資格っての持ってんのね。
だから、日本の一般の会社には卸せないこのサーバーを、
特別に会員価格で支給してもらえるの。
1台、32万5,000円。
どうかな。
高い?
うん。だけど、でも、これは一生使えんのね。
ていうのは、このサーバーは空気から元素をつくるから。
だから、必要なのは、水道水だけなの。
かかるのは、電気代と水道代くらい。
うん。
もちろんもちろん。
破格の割引とはいえ、やっぱり、金額的には大きいからさ。
ゆっくり考えて。
いやあ、でも、おまえと今日話せてよかったよ。
10年ぶり?
これって、ひょっとしたら元素水がひきよせてくれたのかもしれないよな。

で、話をきいてくれたお礼にさ。元素水の、20ケース、プレゼントさせて。
届けるから。宅配で。
いいのいいの。
こうやって今日、おまえと話せたことへの感謝のしるしだから。
それを飲んだ上で、おまえの答え、きかせてほしいんだよね。
うん。
じゃ、ここに住所書いて?
たぶんね、3日以内には着くと思う。
うん。
いや、今日はほんとどうもありがとう。
これから、また、長い付き合いしていこうぜ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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川野康之 2019年7月14日 「ビューティフルモーニング」

ビューティフル・モーニング                  

    ストーリー 川野康之
       出演 大川泰樹

喉が渇いていた。
はっと目が覚めた。
ずいぶん長い間眠っていたような気がする。
二日酔いである。
呼吸をするたびに鼻の奥でアルコールが匂う。
やっちまったな、と思う。
何をやっちまったのかはわからない。
しかし、何かをやっちまった日の翌朝は、起きた時に、
やっちまった感があるものである。
眠る時に抱えていた、やっちまったなあという半ばくよくよとした、
半ばふてくされた気持ちの余韻だけがあって、
何をやっちまったかは思い出せない。
これはそれだ。
いずれ徐々に思い出すのである。
思い出さなければよかったことを、思い出すのである。
今は束の間の平穏だ。
喉が渇いていた。

静かである。
だんだん頭が起きてくるにしたがって、
外界の静かさが、何か異様であるように感じられてくる。
子供たちや妻の声が聞こえない。
通常の朝ならば、朝食や洗面の音、テレビの音、話し声、
なんやかやと騒がしいはずだ。
何も聞こえてこない。
今日は週末なのか。
あるいはもうみんな出かけてしまった時間なのだろうか。

思い出した。
俺は、昨日、会社をやめたのである。
36年務めた会社を定年退職した。
職場の同僚に送別会を開いてもらった。
総務の宮沢佳恵が花束をくれた。

思い出した。
今度はやりかけの仕事のことだ。
ずいぶん前に受けたのに、手をつけないまま忘れてしまっていた。
完璧に頭から抜けていた。
まだ間に合うだろうか。
しかしそれは10年も前の仕事だった。

俺はふらつく体を持ち上げて、台所に向かった。
テーブルの上に、ぼろぼろになった花束が置いてあった。
記憶がよみがえる。
このテーブルを、俺はひっくり返したことがある。
食器や牛乳のコップが飛んで割れた。
子供たちの泣き叫ぶ声が聞こえた。
記憶はそこから早回しのビデオのようになる。
昨日の送別会で俺は最後の挨拶をしていた。
突然、俺は喉の渇きを感じ、手の中の酒を飲み干した。
渇きは癒やされなかった。
部長の顔が歪んだ。
同僚たちが驚いた顔で俺を見ていた。
俺は花を振り上げた。
宮沢佳恵が泣いていた。
子供たちの泣き声が重なった。

俺は水道の蛇口からコップに水を注いだ。
俺は昨日、会社をやめた。
今日はもう会社に行くことはない。
コップからあふれ落ちていく水を、俺は見つめている。
そうだ。
思い出した。
妻と子供たちは5年前に家を出て行ったのだ。

手の中にはコップ一杯の水があった。
水だけがあった。
俺は、喉が渇いていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー)

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井田万樹子 2019年7月7日 「生ゴミを放置すると実際に起こる現象を教えてください」

「生ゴミを放置すると実際に起こる現象を教えてください」

     ストーリー 井田万樹子
        出演 大川泰樹(回答)・遠藤守哉(質問)

【質問です】
台所の生ゴミは、最大何日そのままにしておけますか?
先週から帰省しているのですが、台所のシンクに
生ゴミを放置したまま家を出て来てしまいました。
私は虫が大嫌いなのですが、どうすればいいでしょうか?
    M〜442-15 愛についての二重奏
【お答えします】 
今頃あなたの台所のシンクでは雑菌が繁殖し、
シンクに溜まった水の中で有機化合物が生まれています。
原始的生命の誕生です。
微生物たちは朝も夜も細胞分裂を繰り返し、
中には光合成を始めるものもいるでしょう。
もし貴方の台所の日当たりが良ければ、
台所は緑でいっぱいになっているかもしれません。
帰宅したら、まず葉っぱをちぎってマヨネーズをかけて、
サラダにして食べてみてはいかがですか?

【ご回答ありがとうございます】
お礼の返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。
実は、ますます怖くなってしまい、まだ家に帰ることができません。
あれから7ケ月が経とうとしています。
言い忘れましたが、生ゴミの中身は
クリスマスケーキ、ローストチキンの残りなどです。
もうすぐ本格的な夏がやって来ます。
私はこの先、どうすればいいでしょうか?
    M〜442-15 愛についての二重奏
【お答えします】
それでは、家に帰るのをもう少し待たれてはいかがでしょう?
もう少しすれば、魚類が出現するはずです。
シンクから水しぶきを上げて魚が飛び跳ねる音が聞こえてきたら、
玄関のドアを開けましょう。
新鮮な魚ですので、やはりお刺身でいただくのがいいかと思いますが、
さばくのが苦手ということであれば、
両生類の誕生まで待ってもいいかもしれません。
両生類なら、自分からお鍋に入ってくれるかもしれませんから。
トカゲの味噌焼き、カエルのムニエルなんてのもいいですね。

【質問です】
度々のご回答ありがとうございます。
待っていても不安が増すばかりなので、
意を決して帰宅することにしました。
今、玄関のドアまで来ています。
ですが、どうも妙な音が聞こえてきます。
魚が飛び跳ねる音ではないようです。もっと大きな音です。
私の台所は、一体どんなことになっているのでしょう?
    M〜442-15 愛についての二重奏
【お答えします】
まずいことになりました。
恐竜の出現です。
おそらく冷蔵庫や家具を破壊しているのでしょう。
こうなったら、彼らが絶滅するまで待つしかありません。
でも、落胆しないでください。
もう少し待てば、人類が誕生します。
ある日突然、玄関の扉が開いて、「こんにちは」なんて
素敵なご夫婦が貴方にお茶を入れてくれるかもしれませんよ。
その日が来るまで気長に待ちましょう。

出演者情報:大川泰樹(フリー) ・遠藤守哉(フリー)

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中山佐知子 2019年6月23日「道の長手」

道の長手

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ天の火もがも

この歌を万葉集に残したのは
狭野茅上娘子という人で、(さののちがみのおとめ)
8世紀奈良時代真ん中へんの宮中に仕える女官だった。
宮中に仕えるといっても下っ端の方で
掃除なんぞをする天皇家の女中さんのようなものだ。
ついでに言うと
狭野茅上娘子と言う名前も単なる呼び名で本名ではない。
この頃の女の人はむやみと名前を明かさない。
名前を教えることはすなわち
「私をまるごとあげるわ」という意味だったので
名前を知っているのは両親と配偶者くらいだった。
ちなみに紫式部も清少納言も
いまだに本名がわかっていない。

さて、この狭野茅上娘子、
面倒なので茅上ちゃんと呼ばせてもらうが
茅上ちゃんが恋をした。
相手は中臣宅守という下級官僚だった。
お似合いといえばお似合いだが、問題がひとつあった。
恋が成就した途端にヤカモリくんが流罪になってしまったのだ。

どういう罪に問われたのかがわからない。
ヤカモリくんのケンカが原因だという説もあるし
ヤカモリくんにはすでに妻がいたのがまずかったという話もある。
それから、そもそも宮中に仕える女性は
天皇以外の男と自由恋愛をするなよという問題もあった。

もっとも、当時のミカドは聖武天皇、皇后は光明皇后で、
皇后の両親は藤原不比等に橘美千代だ。
こんな恐ろしい嫁と嫁の実家があるのに
ミカドが女中に手を出すとは考えにくいが
だからと言ってヤカモリくんが出していいものではなかったようだ。
ヤカモリくんはあえなく流罪。
いまの福井県あたりで謹慎することになった。

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ 天の火もがも

あらためて歌の説明をすると、こんな意味になる。
ヤカモリくんが旅する長い道を手繰り寄せてたたんで丸めて
燃やす火が欲しいんだけど。

茅上ちゃんはせっせとヤカモリくんを思う歌を詠み、
ヤカモリくんもそれに応えた。
ふたりの歌は63首も万葉集に収録されているが、
茅上ちゃんの気の強そうな歌を見ていると
ある意思が伝わってくるような気がする。

ヤカモリくんは私のものだからね。
誰も手を出すんじゃないわよっ!

茅上ちゃんは堂々と世間に向かってそう宣言しているのである。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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川野康之 2019年6月「酒をおくる」

酒をおくる

       ストーリー 川野康之
          出演 遠藤守哉 

ぼくたち人類は10数万年前にアフリカで生まれたと言われている。
5万年前にはアフリカを離れて、世界中に旅を始めた。
食料を求めて、生きぬくためだった。
氷河期の終わりには、世界のあちこちで、
狩猟生活をやめて農耕生活を始めるようになった。
農耕を始めると、土地がいるし、水を引かなければならない。
その結果、隣人との間で争いが起きるようになった。
隣人、聞きなれない言葉だ。
獲物を追って旅をしていた頃は隣人なんていなかった。
自分の好きな場所を寝床にすれば良かったのだから。
農耕生活が始まるとともに、ぼくたちは土地を持ち、
隣人を持たなければならなかった。
狩猟時代の自由気ままな生き方と引き換えに手に入れたものが、
隣近所との絶えざる喧嘩だったというわけだ。

人間がお互いに憎み合うようになったのはこのときからだ。
猜疑心という悲しい心が生まれ、恐怖と嫉妬という感情が芽生えた。
きみにはその意味すらわからないだろうね。
汝の隣人を愛せよ、とぼくたちのふるさとアフリカの近くで誰かが言ったらしいが、
それはそうすることがいかにむずかしいことであるかを語っているようだ。

もちろん狩猟時代にも争いはあった。
女をめぐる争い。獲物をめぐる争い。
だがそれらはすぐに片がついた。
強い方が勝ちだ。
負けたやつはしっぽを巻いて去る。
あとくされなし。
おおらかなものだったね。

人々はお互いに傷つけあうようになった。
水のために、隣の村を襲って一人残らず殺してしまったこともあった。
そうしないとこっちがやられる。
疑心暗鬼、復讐、裏切りがあたりまえになった。

人類はいったいどうなってしまうのだろう。
これからずっとこんな世の中が続くのか。
もう一度狩猟生活に戻ったほうがいいのではないか、とぼくは思うことがある。
きみがそれを続けることを選んだように。

そうだった。
あたたかい、海に囲まれたヤマトの地を見つけたとき、
ぼくはそこに残ることを決めた。きみは狩猟生活を続けるために、
再び北に向かって旅立ち、ぼくたちは別れたのだった。
今ごろきみはどのあたりを歩いているのだろうか。

ビッグニュースがある。
米を入れた甕に水を入れて、数日置いておくと、
おいしい飲み物ができることをぼくは発見した。
それを飲むと、愉快な気持ちになるのだ。
自然に歌が出て、踊りたくなるのだ。
ぼくは隣人たちにこれをふるまった。
彼らは、家の奥にしまいこんでいた米を持ってきて、ぼくに預けるようになった。
この不思議な飲み物をぼくたちは「酒」と呼んだ。
今では収穫のあとにはみんなで集まって、
酒を飲んで、歌ったり踊ったりする。

酒は、もしかしたら人類を救うかもしれない。

今年も収穫が終わり、素晴らしい酒ができた。
この酒をきみにおくろうと思う。
ヤマトの海の水は太陽が昇る方向に向かって流れている。
酒を入れた甕を船に乗せて、この海に流そう。
この海の彼方にもきっと大きな陸があるだろう。
もしかしたらきみはそこにいるかもしれない。
そんな気がするのだ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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