ストーリー

中山佐知子 2016年6月26日

1606nakayama

沈みかけた太陽の光が

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

沈みかけた太陽の最後の光が
足元に射し込んでいた。
オレンジ色の光だった。
光は下へ行くほど赤に近く
上は黄色みを帯びたグラデーションだった。

空中には舞い踊る光の粒が浮いていた。
ここがいつもの公園だとしたら
それは無数の羽虫のはずだった。
殺して手のひらに乗せると
ただ黒いだけの小さな昆虫が
逆光の効果で金色に輝くことを私は知っていた。
しかし、ここは公園ではないようだった。
キャッチボールをする子供の声もなかった。

6月の夕暮れだった。
それも夏至の日だった。
そこにあるはずの木も草も
夕陽に溶けてしまっていた。
たぶん自分もそうなのだろう。
溶けているというより、
夕陽に酔っているのかもしれなかった。
太陽はなかなか沈まなかった。

それから声が聞こえた。
遠くで「お時間です」と言っていた。
気がつくとバーの止まり木にいて
目の前にはカクテルが置かれていた。
さっきの夕陽と同じ色のカクテルだった。
グラスの底は赤に近く
上に行くほど淡く黄色になっていくグラデーションだった。
そうか、自分はカクテルの中を旅していたんだなと思ったが、
それについてバーテンダーに尋ねる勇気がなかった。

カクテルはごく普通の値段だった。
勘定を払うときにバーテンダーが小さな声で
「夏至だけの限定サービスはいかがでしたか」ときいた。
不意を突かれて言葉にならず、
ただありがとうとだけ言って外に出た。

まだ夕陽は沈んでおらず
サンセットという名前の
あのカクテルの色をした光があたりをつつんでいた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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古居利康 2016年6月19日

1606furui

砂を噛む
        ストーリー 古居 利康
          出演 清水理沙

砂が黙って降っている。
今日の砂は、とても細かい砂。
耳を澄ませば、しんしんと。さわさわと。
ささやきながら降ってくる。

こういう砂はやっかいだ。
髪の毛に入りこむと、洗っても洗い流せないし、
歩いていて、ただ息をするだけで、
いつのまにか口の中がじゃりじゃりしている。

かといって、
大粒の砂は物理的に危ない。
ときどき、砂と言うには大きすぎるつぶつぶが
混じっていて、頭にこつんこつん当たる。
こぶになるとか、血が出たりとかはないにしても、
傘なしで歩くのはちょっとこわい。

けれど、長い目で見ると、
やっぱり細かい砂の方がこまるかも。
うがいをなんどもすれば、じゃりじゃりは
なくなるけど、歯のすきまに入ってしまった
見えない砂は、時間が経つと固まって石になる。
固い固い石になる。ほおっておくと
歯そのものを石に変えてしまうという。

「へたすると、歯の土台の、骨まで
 石になってしまいます」

と、ガリガリ博士(はかせ)が
脅すように言う。

ちくっ、
と麻酔の針が歯ぐきに刺さったら
もう観念する。右上の奥歯周辺だけ、
ふくらんでいくような錯覚。
バールみたいなかたちの頑丈な器具を
わたしの口の中に挿しいれて、
なんの前ぶれもなくガリガリやる。

腕がいいと聞いて通いはじめた
歯医者さんだけど、
やりかたが少々手荒なのだ。
このうらわかき乙女の、
エナメル質かがやく歯だって、
もう、ようしゃなく、てかげんなしで、
ガリガリ、ガリガリ。

だから、このひとはガリガリ博士。
わたしは勝手にそう呼んでいる。

「唾液がたまって喉をふさぐと
 呼吸が苦しくなりますので、
 吸引チューブで吸いとっています」

「天の砂でできたこの石は
 とても手ごわいのでファイトが湧きます」

「いまわたしは渾身の力をこめて、
 あなたの石を剥がしています」

ガリガリ博士は
野球の実況中継みたいに解説しながら
手を休めない。おもしろいよな、
つまらないよな、律儀な説明。

「歯医者というものは、
 まったくもって肉体労働かもしれません」

「けれどあなたは砂の日に出歩くのを
 控えるべきです」

ただの感想や、ときにはお説教もくらう。
砂の日に外出すればまた砂を吸いこんで、
また石ができる。どんなにガリガリしても
いたちごっこですよ。

外に出ると砂がやんでいる。
強い風が重たい砂雲を
吹きはらってくれたみたい。
お日さまは、まだ高いところにいる。
よかった。
今日は一年でいちばん日が長い日。
さっきまで砂が降っていたなんて
嘘みたいに空気は澄んで、
世界は光でみちている。

駅の改札口で待っていたそのひとが
黙ってわたしの手を引いて、
ひとっけのない暗がりに拉致する。
なんにも言わずに、くちびるをおしあてる。
わたしの内側は、まだ麻酔でしびれている
というのに。

「いまわたしはあなたに対し、
 きわめて衝動的に愛情表現しています」

ガリガリ博士だったら説明するかもな、
と思ったそのとき、

あっ。
じゃりっ。

砂を噛んだ。
わたしの中に隠れていた砂か。
そのひとの今日の砂か。
どっちの砂か、もうわからない。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

 

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直川隆久 2016年6月12日

1606naokawa

うつくしき世界

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

え?ああ、ここですか。
どうぞ、空いていますよ。

そうですか。このカフェにはぼくもよく来ます。

ここは歌劇場が近くにあって、
夕方には着飾った待ち合わせの男女が多いでしょう。
昼間とはずいぶん違ってはなやかな雰囲気になるので、
ぼくは好きなんです。
ああ、でも夕方とはいえ…太陽の光がまだ木の枝に残っていて、
ほんとうにいい気分じゃありませんか!
そういえばきょうはちょうど、夏至の日だ。

顔も服もぬけめなくうつくしい、
自信に満ちたいきものたちとおなじお店の中で同じコーヒーを飲んでいると、なんだか自分もその一員になったような気がして、嬉しくなる。
少しの間だけ、ぼくがぼくでなくなれる気がするというか。ね?
だから、けたたましくしゃべりまくる婆さん連れが
お客の中にまじっていたりすると、じつに不愉快になります。
ぼくは、なるべくほかのお客のジャマにならないところに座るんです。
ほら、あの爺さんなぞ、小汚い上着で席をひとつ占領している。
あつかましい。美しい人たちを邪魔しないだけ、
ぼくのほうがデリカシーでまさっている。
 
 ああ!あの二人連れを見てごらんなさい。
仕立ての良いスーツをぴしりと着こなした紳士と、美しいご婦人。
バカンスの相談かなにかしているんでしょう。
幸せそうだ。あたりまえです。彼らは美しいのだから。
レストランで期待して注文したワインがそれほどおいしくなかったとか、
相手からのプレゼントがあまり好みじゃなかったとか、
神様が彼らに割り当てる不幸など、せいぜいその程度でしょう。
いや、むしろそうでなければならない!
それが、美しいものの権利です。

うつくしい人どうしがむすばれて、次の世代がうまれ、
地上にうつくしさが広がっていく…それをイメージすると、
ぼくはとても幸せな気分になるのです。
いや、勘違いしないでください。その一員になりたいってことじゃない。
ただ、うつくしいものの勝利を、繁栄を、世界の隅から愛でていたいんです。
…おかしいですか?
いや、面目ない。
訊かれもしないことをべらべらとしゃべってしまって。
 
ああ、それにしても憂鬱ですね
これから、日一日と夜が長くなっていくんだな。

おや、もうお帰りですか…いえ、こちらこそ、お話できて楽しかった。

ぼくの名前?
ああ、すみません、名乗っていなかった。失敬。 
アドルフ、で結構です。
 
またこのカフェでお会いしましょう。
夜が長くなりすぎる前にね。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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佐倉康彦 2016年6月5日

1606sakura

夜に歩く者の朝
             
       ストーリー 佐倉康彦
         出演 石橋けい

デイウォーカーたちが、
太陽の恵みに感謝する日。
わたしたちナイトウォーカーは、
じっと息を殺している。
1年のうちで最も昼の長いその日を、
わたしは呪詛と共に遣り過ごすことになる。

あす、その日がやってくる。

サン・プロテクション・ファクター100の
日焼け止めを顔やカラダに塗りたくろうが、
日蝕を凝視するためのサングラスを掛けようが、
NASAが開発した
1着あたり1,000万ドル以上する
船外活動用のEMUを身に着けようが、
あすであろうがなかろうが、
白日のもとであれば、
わたしは、
ほろほろと解(ほど)け、くち果て、灰になる。

昼の最も長いあすを控えながら、
わたしは、
今夜のライブ「血祭り」の準備にとりかかる。
派手にキメたいし、
ハプニングも起こしたい。
もちろん、手を抜くつもりはないが、
できる限り早く切り上げようと決めていた。
もちろんアンコールは、なしだ。

美味そうな若いローディーが数名、
わたしたちの楽器やエフェクターを
ステージにセットしている。
あすのことを考えれば、
この中の誰かをつまみにしながら
長い長い昼を過ごすのも悪くない。

わたしが
ステージのために身に着けた
オーバーニーの
編み上げのロングブーツのピンヒールは、
9インチある。
その足元に誰を跪かせようか。
しばし、ステージの袖から物色し、思案する。

今夜のわたしへの供華(くげ)は、
スカルのウォレットチェーンをしている
スキンヘッドのあのコか、
背中に小さな天使の羽が彫ってある
革パンの彼にしよう。
いちばんつまみにしたかったスタッフは、
右の首筋に十字架が彫られ、
しかもTシャツにデカデカと
ダビデの子が
プリントされているので諦めた。

バスドラの重く湿った響きが、
客とスタッフの心音と同調する。
そこにスネアとハイハットが絡まり、
ベースのリフがそのうねりに乗る。
わたしの動かない心臓も、
少しだけその流れの中で震え出す。
ディレイとディストーションの
効いたギターが
そこに乱入したあたりで
客たちは最初のエレクトを感じはじめる。
あとは、
わたしのボーカルで
放出させてあげるだけだ。

ピンスポットの逆光の中、
何人ものセーショーネンが白目を剥いて
昏倒するさまを認めながら、
わたしはステージで咆哮しつづけた。

客電が点き、
ステージも客席も丸裸にする頃。
ローディーたちが
背中に羽のタトゥーを施した同僚を
捜し回っている。
「あいつ、バックレやがって」
ウォレットチェーンのスキンヘッドが、
アンプを片付けながらひとり毒づいている。
天使の羽の彼は、
若きデイウォーカーは、
わたしのヴァンの中、
つまみになるために深い眠りの中にいる。

イグニッションを回す。
コンソールパネルのメーターたちが
LEDの蒼白い光と共に点灯する。
ドライバーズクロノグラフは、
すでに午前4時を回ったことを告げていた。
日の出まで、あと十数分。
間に合うのだろうか。

いつものようにアンコールに
応えてしまったのがいけなかった。
心の中で舌打ちをする。
動かない心臓が破裂しそうなほど
焦れ込んでいるじぶんに気づき、
また、激しく動揺する。
助手席のつまみの顔が
薄明かりの中で朧気に暢気に青白く
浮かび上がる。

カーオーディオのプレイボタンを押す。
先程のライブ同様に、
不穏なバスドラの鼓動が車内に充満する。
呪術的なベースのリフが
シートの上をうねり出す。
そこにオーバードライブを効かせ過ぎた
ギターが絡み付きだしたあたり。
交差点奥の
ファッションビルと家電量販店の谷間から、
長い長い一日を宣告する
強い光が顔をのぞかせはじめた。

わたしは、
少しずつ遠のく意識の中で、
まず、瞳を焼かれた。
そして、
ステアリングを握る指先が
煙草の吸いさしの灰のようにぽろりと
もげ落ちたことを感じた。

あと数分もすれば、
デイウォーカーの誰かが
エンジンの掛かったままの車内で眠る
大量の灰にまみれた、
天使の羽を持つ若者を見つけるのだ。
そう思った。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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中山佐知子 2016年5月22日

1605nakayama

遺言

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

遺言
私の全財産は、使用人に遺す一部をのぞいて
これから遺言
設立する世界ベンチプロジェクトとその活動に
残すことをここに記す。
世界ベンチプロジェクトは世界中の景勝地、
つまり眺めのいい絶景ポイントに
ベンチを設置するプロジェクトとして活動する。

このプロジェクトが発足すれば
人々はデスバレーを見下ろす断崖の上に、
地中海の樹齢千年のオリーブの木の下に、
カトマンズの桜並木に
楼蘭のさまよえる湖の岸辺に
ベンチを見出すようになる。

パタゴニアでは
1日2メートルの速度で湖に流れ込む氷河の上に
ベンチが置かれる。
ホワイトサンズの白い砂漠では
人々は砂に埋もれかけたベンチをさがすことになる。
北欧のフィヨルドの海にせり出した絶壁でも
ギアナ高地の979メートルを落下する滝の下でも
ベンチははるばるやってきた人々を迎える。

やがて、みんなは誰でもわかる簡単なことに気づくはずだ。
絶景だからベンチがあるのではない。
私のベンチがあるからそこが絶景なのだ。
ベンチが風景に評価を下しているのだと。

人々は風景を見に旅をするのではなく
ベンチを見つけに旅をするようになる。
見つけたベンチの数を自慢し、
ベンチがなかった旅は誰も羨ましがらない。

そして10年もすると
ベンチのない場所には誰も行かなくなるだろう。
そのときが来たら
私の愛するあの土地に私の遺骨を埋葬するよう
ここに遺言するものである。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2016年5月15日

naokawa1605

ベンチ進化論

      ストーリー 直川隆久
         出演 遠藤守哉

 21世紀の中頃、日本中にベンチが大量発生した。
 ふつうならポツンと一台ベンチが置かれていた公園やバス停に、ひしめくようにベンチが集まっている、という不審な出来事が瞬く間に全国に広まったのだった。
 ベンチが集団行動をとるという例はそれまで報告されていなかったので、当初は保健所も無視を決め込んだ。が、新幹線の線路上にまるでアブラムシのごとくベンチが群生しているという事件が頻発するに及んで、国が本腰を入れざるを得なくなった。

 なぜベンチが大量発生したのか?
 ある生物学者は、「生存の危機」をベンチが本能的に感じとったからではないか、と述べた。
 ベンチなるものは場所および維持費用を無駄に食い、人々の怠惰を煽り、社会の生産性を下げる存在である…という国民的合意のもと、21世紀半ば以降新しいベンチが世の中に供給されなくなっていたため、ベンチは絶滅への途上をたどっていた。種の存続が危ぶまれるに及んで、ベンチの生存本能が刺激され、劇的な繁殖活動におよびその結果この大量発生にいたった、というのがその博士の見解だ。
 しかし、その学者もほどなく論文詐称で学会から抹殺されたので、真偽のほどは明らかではない。
  
 事態を打開すべく国内の叡智が結集し、新種のベンチが開発された。座っている人間の頭蓋に商品広告メッセージを響かせるテクノロジーを搭載した「iBench」である。
 iBenchは非常に強い自己複製志向のプログラムを搭載していたので、旧世代のベンチと猛然たる交配を繰り返し、次々と次世代のiBenchが生まれた。
 iBench達は、統率のとれた行動をとり、日本中の歩道を埋め尽くした。歩行者の移動は困難にはなったが、その分あらゆる場所がマーケティング的な意味でのコンタクトポイントになった。iBenchは人々に新商品情報と休憩の時間を惜しみなく与え、システムには平和が戻ったかに見えた。
 だが事態は、収束しなかった。
 地表をうめつくすiBenchに路上生活の場を奪われたホームレス達が、逆襲とばかりにこのiBenchを寝ぐらとして改造し始めたのである。ベンチで寝れば雨の日も地面からの浸水に怯えなくてよいので、都合がよかったのだ。瞬く間に、日本中の歩道がブルーシートで覆われた。政府は業を煮やした。ホームレス達は、可処分所得が0に近いので、いくら商品情報を提供しても、貨幣循環すなわち経済システムの維持に資するところがないからである。
 日本政府は特別予算を計上し、国内のすべてのベンチを撤去することを決定した。
 半年後、政府は事態の収束を宣言した。だが、市民の不安は払拭されたわけではなかった。べンチがいつ国外から持ちこまれ、繁殖しだすとも限らないからだ。
 そこで、生まれたのが「全歩道動く歩道化計画(ぜんほどう うごくほどうか けいかく)」である。すなわち、歩道のすべてを動く歩道にすれば、何人たりともそこで立ち止まれない。ベンチが道を占領しようとしても、押し流されてしまう。おまけに、大量の公共事業が発生する。この夢のような目標にむかって国民の心は一丸となった。
 かくして日本人は、その知恵と決断によって、ベンチの絶滅に成功した。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/


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