ストーリー

田中真輝 2015年8月16日

1508tanaka

耳サラダ

       ストーリー 田中真輝(まさき)
          出演 遠藤守哉

みなさん、こんにちは。
耳で聞くサラダ、耳サラダの時間です。
今週もみなさんのお耳に、
フレッシュな素材の組み合わせが
奏でるハーモニーをお届け致します。

まずはそろそろ夏本番、この季節に
ふさわしい一皿をどうぞ。

プルシアンブルーシャングリラ
インディゴスリーパーパパラッチ
スカンジナビアンシークリーチャー

いかがでしょう。透明感の中にも
力強い陽射しの香ばしさを
感じて頂けたのではないでしょうか。

次は、和風の耳サラダ。
さっぱりとした瑞々しさから
濃厚でしっかりした味わいへの変化が
楽しめる一皿です。

過酸化水素水毘沙門天
伊藤一刀斎脱ダム宣言
環太平洋パートナシップ泥沼

いかがでしょう。
後味のかすかな苦みもまた格別、
といったところでしょうか。

最後は、通好みの熟成感と
弾けるようなスパイス。個性的な
耳サラダをお届けいたします。

墾田永年茶カテキン
ラーマーヤーナと棒状の鈍器
モホロビチッチ不連続面でじょんがら節ジョコビッチ

申し訳ございません。熟成素材の一部が
傷んで少々くどくなっていた可能性がございます。
ここにお詫び申し上げます。

さて、いかがでしたか、本日の耳サラダ。
時折思い出して口ずさんでみると、
その味わいが舌の先に蘇ってくる、
そんな楽しみ方もお試し頂ければ幸いです。
ちなみに私のお気に入りは、
伊藤一刀斎脱ダム宣言、でございます。
では、またの機会に。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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直川隆久 2015年8月9日

1508naokawa

さらだぎらい

      ストーリー 直川隆久
         出演 原金太郎

ほら。特にオシャレでも下品でもないイタリアンの店の
パスタランチなんかで、
ちまっとしたサラダが出るでしょう。
レタスが何枚か、ひらひらっとのせてあって、
出来合いのドレッシングがかけてある。
あと、喫茶店のモーニングなんかでも、
キャベツの千切りと
トマト一切れの上にピンク色のドレッシングがかけてあるやつが、
ちまっと小皿ででてくる。
だいたい冷蔵庫に入れすぎてて、野菜がぐたっとしてて。

ああいうサラダをもさもさ食いながらね、
毎度釈然としない思いをするんですよ。
ほんとにこれ要るのかしらん?ってさ。

「あのちまっとしたサラダがないと飯食った気がしないんだ!」って人
いるかい。いないと思うよ。
別にうまいわけでもなし、別に腹がふくれるわけでもなし、
別に栄養も豊富なわけじゃなし。
ね?店のほうだって、「このサラダで客を呼ぼう」って意気込みが
別にあるわけじゃなしね。もう「別に」だけでできてる食い物ですよ。

近いのはあれだな。
まったく手書きの文字のない年賀状、みたいな感じだよね。
送る方も義務感だけで送ってて、もらう方も嬉しくない、みたいな。
要するに、店の言い訳に−−−−「品数だしてますから」って言い訳に
つきあわされてんだ。数合わせですよ。
客を馬鹿にしてるよ。
誰かがいつかどこかではっきり言わなきゃいけないと思うよ。
サラダ撲滅運動を起こしてくれるNPOがあったら、寄付してもいいよ。
1000円くらい。

まあでもね、俺も大人ですから。
たとえそんなサラダであっても、それでいくばくか経済が回るわけだから、
まぁよしとしようかと。
で考えたわけ。結局形式なんだからさ、
ほんとのサラダである必要ないんじゃないのと。
たとえばさ、サラダの絵を描いた紙をさ、
いや、なんなら「サラダ」って字だけでもいいよ。
ウェイターは持ってきてさ。客はそれ見てさ、
こう、んーーって睨んで、はい、ごちそうさま、つって食べたことにしとくと。で、まあ、お代はいつも通りに払うと。
もう、そういうことでいいんじゃないかね、サラダについてはね。
そっちのがエコでしょ。エコ。

ていうね、こういう話をいつも楽屋で若い連中にするんですけどね。
きょとんとされて終わりだね。
どうでもいいことでウダウダ言いやがって爺ぃ、って顔してるね。
あんたらもわからないでしょ。…どこの中学の新聞部だって?
ああ〜…いや、知らない。
こんな話で記事になるかい。
なんねえよね。はははは。

おや、出囃子が鳴っちゃったよ。
この話になるとつい夢中になっちまうんだよな。
おい、ちょいと。ネタ帳見しておくれ…ん。
ま、いいや。どうせ客は俺の後の真打目当てなんだから。

数合わせ、数合わせ。
はい、じゃ、行ってまいります。

出演者情報:原金太郎 03-3460-5858 ダックスープ所属

 

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岩崎亜矢 2015年8月2日

1508iwasaki

「パーフェクトなサラダからはじき出されて」

        ストーリー 岩崎亜矢
           出演 地曵豪

1977年11月。男は今日も、人だかりのできた扉の前に立つ。
けれどその奥に広がる光景を、彼は知らない。
だって男は決して“パーフェクトなサラダ”にはなれない存在だから。
扉の前では、ドアマンのマークが「またあいつか」という顔を
してちらりと彼を見る。
毎晩“パーフェクトなサラダ”、つまりはゴージャスでノリのいい人間で
ダンスフロアを埋め尽くすようにと言いつかったドアマンにとって、
たとえ一張羅のスーツに身を包んだところで、男は意味のない人間なのだ。
この店の“ヴァイブ”に相応しくないと、
マークやオーナーのルベルに判断されたら最後、
あのドアの向こうに足を踏み入れることは許されない。
54丁目254番地にそびえる、スタジオ54。
リッチなだけでもダメ。ホットなだけでもダメ。
特別ななにかを持っている人間だけが、あの狂騒の住人となれるのだ。

しかし男には、作戦があるらしい。
勤務先のバーで耳をそばだてて仕入れた情報が本当ならば、
この建物にはガードマンの死角となった裏口があるという。
中にいる人間のほとんどは酒かドラッグで意識なんてないも同然だから、
外のガードマンたちをかわしさえすれば、
そこから中に入るのはそう難しくないというのだ。
裏口へと回り込む算段を男が立てていると、
ショートカットの見知らぬ女が近づいてきた。
そして彼の手を取ると、すいすいと裏口へたどり着き、扉を開ける。
あっけにとられている男を引っ張り、
女はそのまま慣れた様子で暗い廊下を進んでゆく。
もう一つの扉を女が開く。
その途端、ありえないほどの歓声と爆音の
ディスコ・ミュージックが飛び込んできた。
音楽とドラッグとセックスが充満するフロア。
トップレスの女の子たちが、Chicの「Le freak」に合わせて腰をくねらせる。
夢にまでみた光景が、男の目の前に広がっている。
奥のソファでは、アンディ・ウォーホルがジェリー・ホールに
シャンパンを注いでいる。
念願のサラダボウルの中身に、男はようやくなることができたのだ。

ダンスフロアで踊る、男と女。
さて、この女は誰だったろう? 男は考える。
勤務先のバーの常連だろうか。しかし、こんな美人を俺が忘れるわけはない。
男は女に答えを求めようとするも、
彼女は人差し指を口に当て、ニッと笑みを返すばかり。
まあいいじゃないか。名前なんかここでは必要ない。
ファンキーなリフに合わせれば、いつしか体は浮き上がる。
そうして、最高潮の興奮を彼らは手に入れるのだ。
男と女は、キスを繰り返す。レコードは回り続ける。
どうせいつか人生が終わるならば、こんな夜で終わってほしい。
男は心から願う。

朝のざわめきと太陽の眩しさで、男は目を覚ます。
何があったのか、なんとか脳みそを働かせようとする。
しかしわかることはと言えば、
自分がゴミ捨て場に倒れこんでいるということ。
右頬や脇腹がやたら痛むということ。
一張羅のスーツはひどい悪臭を放っているということ。
裏口からの侵入がばれて追い出された、というところか。
では彼女は? 彼女も一緒に追い出されたのだろうか。
男は辺りを見回しながら、ぼんやりと、キスをした女の顔を思い出す。
その口元、鼻、目…。
そしてはたと気づき、呆然とする。
あれはウォーホルのミューズ、イーディ・セジウィック以外の
何者でもないじゃないか。
1971年に薬物の過剰摂取で亡くなった、あのショートカットの妖精。
彼女の死にメディアは大騒ぎをしたけれど、それももう古い話だ。
ひとたび夜の帳が下りてしまえば、
人間と亡霊との間の線引きなんてあやふやなものかもしれない。
男は妙に納得して、家へと歩き出す。

そして今夜も、一夜限りの栄光を手にしようと、
その扉の前には人だかりが生まれる。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2015年7月26日

1507nakayama

僕はトマトを食べなかった

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

僕はトマトを食べなかった。
彼女はトマトしか食べなかった。
だから、一緒にサラダを食べるにはいい組み合わせだった。

僕はレモンとバジルの利いたドレッシングが好きで
それは彼女も同じだった。
だからひとつのサラダボウルに
彼女のトマトと僕のセロリが仲良く同居するのは
まったく差し支えがなかった。

彼女は毎日サラダをつくった。
僕の好きなセロリとアスパラガスにトマトが加わると
明るく陽気な色彩になった。

彼女はときどき僕にトマトを食べさせようとする。
トマトを食べないとカラダの酸化が進むというのが
彼女の言い分だった。
酸化はつまり老化のことで、
僕たちの星に生まれたものは
有害な酸素を呼吸しながら生きて
酸素のせいで病気になり、酸素のせいで年を取って死ぬ。

問題は酸素なのよ、と彼女は言う。
だからトマトを食べなくては、と言う。

その通りだった。問題は酸素だ。
しかし、トマトとは逆の意味だった。
この船には広い居住空間があり
一生かかっても食べきれないほどの食料が積まれているが
酸素にやや問題があった。
つまり、現在は予備の酸素発生装置を使っているという
危機的状況にあり、
老化以前の生存の問題に直面しながら
次の星の港へ全速力で向かっている最中だったのだ。

トマトを食べなさい、と、今朝も彼女は僕に言う。
僕は何も答えずにセロリを食べ、トマトを残した。

どうして僕たちのカラダは
酸素のせいで年を取って死ぬのだろう。
そのくせ、酸素を呼吸しないと生きられないのはなぜだろう。
そして、予備の酸素発生装置はどこまで持つのだろう。

次の港へ向かって全速力で飛びながら
僕は酸素にこだわりつづけ
彼女はトマトにこだわりつづけている。
今朝のドレッシングはゴルゴンゾーラチーズの味がした。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2015年7月19日

1507naokawa

ケチャップ・マン

    ストーリー 直川隆久
       出演 齋藤陽介

ケチャップ・マン。
ケチャップ・マン。
ケチャップ・マンがやってくる。

みんな、ついておいで。
ケチャップ・マンと遊ぼうよ。
スーパー・ケチャップ・タイムの始まりだ。

甘ずっぱいトマトケチャップの
かけあいっこだ。
べとべとになるんだぜ。

最初はすこしこわくても
慣れればたちまち楽しくなる。
夢中になることうけあいさ。

街中の道路が
真っ赤になるまで。

ケチャップ・ピストル。
ケチャップ・マシンガン。
遊び道具はそろってる。

楽しいだろう?
ケチャップ・マンが笑ってる。

ママはどこ?
だれかが泣き出す。
おうちに帰りたいよ。

大切な白いシャツが
ケチャップで汚れちゃった。
ぜったいきれいにならないよ。

ケチャップ・マンは笑っていう。
ここはもう、きみの住んでいる町じゃない。
忘れたのかい、海をわたってここにきたのをさ。

おうちに帰りたいよ。

どうしてそんなことをいうんだい?
こんなに楽しいのに。

ママ。ママ。

さあ、スーパー・ケチャップ・タイムをつづけよう。
ケチャップ・ライフルは、いかが?
盛大にぶっぱなすんだ。

ケチャップ・マンはげらげら笑う。
いつでも帰れるなんて、
本当に思っていたのかい?

君の目玉の穴からケチャップが
あふれでるまで、終わらないのさ
スーパー・ケチャップ・タイムはね。

ママ。ママ。ママ。

ケチャップまみれのだれかの頭が
またひとつ地面に転がった。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

 

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一倉宏 2015年7月12日

1507ichikura

 トマトのひびき
       ストーリー 一倉宏
          出演 一倉宏

「詩は音楽を嫉妬する」
といった 国文学の先生がいる 

「すべての芸術は音楽を嫉妬する」
といった ニーチェのことばもあった

詩は 遠いむかし 音楽と結婚していたらしいが
文字という 独身生活の便利さを手に入れて

別れてしまった その相手を
ときどき 無性に恋しがるのだろう

ことばは 文字となって 音を離れ
音楽と別れて 美しさを 失った

ことばは それ自身で 美しい
ということはない 音楽のように

そんなことはない たとえば
「さくら」ということばは 美しいじゃないか

というひとが いるかもしれない
たしかに そのひびきは 美しくも思えるけれど

それは 「さくら」の花 だからじゃないのか
「あの客 さくらじゃないか」の「さくら」でなく

「つばき」の花も 美しいけれど
「だえき」と同類の「つばき」もある 

ちょっと アクセントは違うけれど
「花」ではない 「鼻」の下に それはある

「ことばは それ自身で いいも わるいもない
ただ つづけかたによって 詩になるだけだ」

といいきった むかしのひともいる
日本の古典文学では 神様みたいな 藤原定家だ

「のぞみ」も 「めぐみ」も 美しいことば
だとしたら 「えぐみ」は どうなんだろう

太陽の「めぐみ」 「トマト」はどうか
上から読んでも 下から読んでも

「トマト は トマト」 かわいいひびき
なんて やっぱり いいそうだけど

ほんとうに そうか そのひびきは
「にんじん」や 「しいたけ」より 美しいか

「ごぼう」は どうかな 
「だいこん」は どうなんだろう

「トマト」が 大の苦手の 遠藤くんは
そのことばを聞いただけで ぞっとするという

そういうことも あるんだ
ぼくは 「芽キャベツ」が嫌いなんだ

 

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