ストーリー

井村光明 2013年3月3日

「負け戦」

         ストーリー 井村光明
            出演 遠藤守哉

30分ぶりに赤い花が手渡され、僕は椅子から立ちあがった。
花といっても造花だけど。
白いボードを振り返り、石川4区の枝川くんの名前の上に花をくっつけた。
この選挙区は、野党から人気のプロレスラーが出馬して苦戦してたとこだっけ。
枝川くん、良くやってくれた。
会場に拍手が響く。でも、どこかうつろだ。
仕方ない。開票が始まって、もう4時間もたつのに、
250人の候補者名が書かれた白いボードに、花はちらほらしか咲いてない。
枝川くんで花をつけるのは最後かな。。
やっぱり、たくさん余っちゃったなあ、赤い造花・・・
僕は現職の総理大臣。
でも今は、政権与党の代表として、党本部で開票に臨んでいる。
あと数議席残ってはいるが、まあ焼け石に水だろう。
会場のソデには片目のダルマや、その横に大きな酒樽も見える。
ここだけじゃない。全国の候補者の事務所にも置いてあると思うと、
相当な数が無駄になったはずだ。
しかし、まさかここまでとは・・・惨敗だ。
敗因はいろいろあるが、とどめは、やはり景気対策だったのだろう。
高齢化による社会保障費と国の借金の増大。
僕は庶民派総理として、明るい未来のために、極力無駄をはぶき、
財政削減に邁進してみたんだけど。
その結果が、これだ。
そういえば、選挙準備の時、
「どうせ無駄になるんだから、当選者につける赤い花、
用意を半分くらいに削減してはどうか」という意見も出てたけど、
「縁起が悪いから」と人数分発注したっけ。
やっぱりこんなに余っちゃって。
まあ、花屋の景気には貢献できたかな。
景気対策で負けたのに、皮肉なものだ。

「お車の用意ができました。ご自宅でよろしいですか?」と、
秘書が耳打ちしてくる。
帰りたくないなあ。
いわばリストラだ。帰っても、妻や娘が、そして僕も気を遣う。
かといって、僕がリストラされたのは国民全員にもバレバレだ。
どこに行ったって、誰かに気を遣わせてしまうだろう。
そして、ここに居座るのも片付けの邪魔になる。
「千葉へ」と僕は言った。

「こんな時間に、何しに来たの?」
千葉の実家で一人暮らしの母は、まだ起きていた。
「いや、カーネーションがたくさん余っちゃってさ」
僕は、持ってきたダンボール箱を手渡した。
「あらまあ~。ん?あんたバカねえ。これはバラよ(笑)」
「あれ、そうだっけ?」
照れ臭い僕は、とぼけてみせた。
当選者用の余った赤い花。300輪はあるだろう。
政治家の母が、その意味をわからぬはずがない。
が、
「ありがと、こんなにたくさん。うち中がバラ園になりそうだわね~。
うーん、いい匂い」
「母さん、それ造花だよ」と言うと、
「わかってるわよ。ボケてみただけ~」と言って僕を笑わせてくれた。
母は、もう85だ。まだ達者だが、本当にボケる日も近いだろう。
選挙では、国民や企業や労組や各種団体から応援してもらった。
しかし、それは一瞬で、恐ろしい「貸し」に変わる。
妻や娘たちからの声援ですら、重たいものとなる。
しかし、母は、別だ。
「何か食べるかい?あんたのことだから一生懸命やったんだろう。
気にすることないさ。」
もし僕が戦争を起こし日本を焦土にしてしまっても、
母は同じように言うのだろう。
「モンスター」と呼ばれることのなかった、僕たちの親の世代。
高齢化社会は大変だと言うが、
僕たちを無条件に受け入れてくれる母さんや父さんが、
まだたくさんいてくれるということなのだ。
ずっと生きててくれないと、こんな夜、行く場所がなくなっちゃうよ・・・
だからこそ、将来の負担増に備えて、財政支出は切りつめとかないと、って
思ったんだけどなあ。
ばらまくんだろうなあ、新しい総理。
母は、「がんばれがんばれ。」と見送ってくれた。
あと数日で総理じゃなくなっちゃう僕だけど、
もちろんこれから野党としてがんばる所存だよ!応援よろしくね、母さん。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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中山佐知子 2013年2月24日

ワンゼロ

            ストーリー 中山佐知子
               出演 大川泰樹

1はイエス、0はノー。
0と1の信号でアイラブユーのアルファベットを書いたら
41のイエスと39のノーを数えた。

1が戦争、0を平和にすると
アイラブユーは41の戦争と39の平和になった。
その戦争の数はいま現在世界で起こっている戦争よりも
たぶん、少しだけ多い。

1を晴れ、0を雨にする。
41の晴れた日と39日のどしゃぶりのアイラブユーになった。
曇りの日はない。たぶん小雨の日も。
1と0だけの信号には0.5や0.9がない。
あなたに会いに行こうかどうしようかと迷う
雨上がりの夕暮れもない。

1は存在、0 は不在。
そこにあるかないかだけの意味しかない。
電話に出るか出ないか。
ノックの音に応えるか応えないのか。
そして待っている僕のところに
あなたは来るのか来ないのか。

気温が下がりはじめた暮れがたに
家並の背後を流れる川で餌をさがすアオサギを見た。
冬枯れの川は水が浅く、餌はなかなか見つからない。
アオサギは何度もクチバシを水に差し入れ
やっと小魚を一匹つかまえる。
たくさんの0のなかの小さな1のおかげで
アオサギはこの冬を生きている。

その人生を意味するライフの文字に
1の生と0の死をあてはめると
人生は19回の生と13回の死だ。

生はいつも自分の隣に死を置きたがる。
0を含まない1は永遠の孤独だから。
そして不在のない存在も。

1は存在、0は不在。
ふたりを意味する2という数字を1と0の信号にすると
1がひとつ0がひとつのワンゼロになる。

僕が1のとき、あなたはゼロ。
僕のそばにあなたはいない。
あなたが1のときは僕がゼロ。
ふたりというのはそういうことだったのだ。
ふたりというのは誰かの不在を抱えることだったのだ。

暗い水の上で
アオサギはまだ餌をさがしている。
無数の0をクチバシで確かめながら
水の底の1をさがしている。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2013年2月17日

砂漠にて

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

茫漠たる砂の海を、もう何日歩きづめだろうか。
地平線を目でなぞり、集落はないかと探す。

と、視界の端に、地表から立ち上がる直線を見た気がして、ぎょっとする。
私はナップザックから双眼鏡を取り出す。
直線、すなわち構造物。
そんなものが、まだこの世に存在しているのか。あらゆる都市が壊滅し、
人間のほとんどが死に絶えたこの世に。

もう一度双眼鏡をのぞく…棒の上に、赤い光と…その横には、緑の光。
信号だ。
――信号?
この砂漠の真ん中に?

何ヶ月ぶりかで人工物を見た。
なぜそんなものがあるのか、それはわからないがしかし…
誰かが、何らかの目的で設置したことは確かだろう。
私の目は人間の影を求めて動くが、人間はおろかハゲタカ一羽飛んでいない。

それにしても――砂漠に立つ信号なんて、
まだ文明があった時代には滑稽に思えただろう。
だが今は!
この赤い光はなんと心に温かいことか!
私は魅入られたように、その信号に向かって歩を進める。
交通規制!
なんて懐かしい響き!
方向も変化もなく、ただただひろがる砂。砂。砂。
その無意味さに、私はもう耐えられなくなりそうだったのだ。

意味、目標、方向づけ、ルール。
そういったものがなければ心の平安がえられない。
やはり私は都市に適応した生物だったのだと痛感する。

そのとき、ぐらりと足元の地面が揺れた。

信号の下の地面が小山のように盛り上がり、
象の皮膚のような質感の巨大な肉の塊が姿を見せた。
そのてっぺんから信号が生えている。
私の足元に直径10メールばかりの黒い穴がぼかりと空いた。
足の下の砂が、奔流のように、その穴に流れ落ちて行く。
しまった…
そうか――この信号は、いわばチョウチンアンコウのチョウチン――
誘引突起だったのか。
スナクジラとかいう化け物の噂を、ずいぶん昔、聞いたのを思い出す。

私は、地すべりのような砂の流れと一緒に、
その得体の知れない生き物の口に飲み込まれてゆく。
文明消滅後の人間心理まで利用するとは、
自然の叡智というやつはまったくはかりしれない――

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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佐倉康彦 2013年2月10日

補色、不調和

    ストーリー 佐倉康彦
       出演 岩本幸子

それは、
随分と前から私に送られていた。
そのシグナルは、
何度も、その輪郭や匂いを変えて、
繰り返し、繰り返し私のもとに
届いていたはずなのに、
私は気づかなかった。
正確には、
気づかないふりをし続けてきた。
かたちや匂いや、その温度は、
送られる度に変わっていたけれど、
色だけはいつも同じだった。
どこまでも深く押し黙ったままの、
吸い込まれるような青。
きょうも、
私のどこかが感じはじめていた。
なのに意識を押し曲げて、
斜めにして、
歪めたまま、
真逆を向いて遣り過ごす。
いつのまにかそれは、
私のもとから後退り、静かに霧散する。
着信を報せるLEDの青く凍った点滅が、
ゆっくりフェードアウトし、沈黙する。
消えた光の行き先は私にもわからない。
ただ、その光の残像が、
治りかけていた傷口のむず痒さのように
私を甘く幽かに擽る。
瘡蓋を剥がしてしまえば、
その朧気な感覚は、
小さな痛みに変わるはずだ。
そして、
そこから赤い滴が膨らみ、
大きく盛り上がり、
いずれ傷口から流れはじめる。
思わず爪を立ててしまいそうな
自分を制して
私は、フリーズしたまま立ち竦む。
まだ、前に進むことはできない。
20メートルほど先で佇む、
もう一方の私は
真っ赤な光の中から、
こちら側を睨め付けている。
じきに青い光につつまれることを
予感しながら。
それまでは、
ここから一歩も前には進めないことを
私は思い知っている。
私に送られてくる青いシグナルは、
赤い赤い私を補ってくれるのだろうか。
それは、きっと叶わない。
あまりに純度の高い青は、
真っ赤な私のそばにいることを
許されないだろう。
その青と
わたしの赤のせいで
眼も心も眩む。
外科医の羽織る手術着の薄い薄い儚げな青色は、
流れ出た赤の、残像を消してくれる。
そう、血の色は、消せる。
だから、
私には
もう、濃密な青はいらない。

出演者情報:岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html

 

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中山佐知子 2013年1月27日

マドリードの冬の寒さは

            ストーリー 中山佐知子
               出演 大川泰樹

マドリードの冬の寒さは東京と変わらない。
そこから63キロ離れたロブレド・デ・チャベラは
山と山にはさまれて標高が高く空気はもっと冷たい。

この牧歌的な町の面積は軽井沢の3分の2くらいで
住民は4000人。軽井沢の5分の1だ。
ちゃんと数えて較べているわけではないが
あたたかい家に暮らす人間の数よりは
吹きさらしの山や森に棲む野ウサギやキツネの数が
圧倒的に多い。

この町にNASAが宇宙と交信するための追跡ステーションが存在するのは
湿度が低い高原地帯であることや
なにしろ人が少ないので、邪魔になる電波の発生源も少ないという
恵まれた条件がそなわっているからで
追跡ステーションの巨大な5つのアンテナは
たえず宇宙からの声に耳をすませている。

そのアンテナのひとつが、
牡牛座の方向から聞こえるかすかな声をキャッチしたのは
2003年1月のことだった。
それは出力わずか8ワットの電波に乗って
太陽系の果てから11時間かけてやってきた。

パイオニア10号だ。
ステーションは静かな興奮につつまれた。

1972年に打ち上げられた惑星探査機パイオニア10号は
もともと2年足らずの寿命で設計されていた。
それが、30年後のいまでもこうして電波が届く。
時速5万キロで太陽系の外へ漂流しながら
パイオニア10号はまだ生きている。
NASAの技術者たちは口笛で犬を呼ぶように
ときおり強力な電波で呼びかけてはその奇跡を確かめていた。

2000年8月、2001年4月、2002年3月、
パイオニア10号は呼びかけに答えた。
それは小さなニュースになった。
2002年の7月になると通信能力は限界まで弱り、
たとえ返事が聞こえても
意味のある言葉を聞き取ることはできなかったが
しかしそれでも
太陽系を去ろうとするパイオニア10号の声を
最後まで追う努力はつづけられていた。

2003年1月、
マドリードから63km離れたロブレド・デ・チャベラの寒空から
パラボラアンテナが拾い出した声は
もう何を言っているのかわからないかすかな声だったが
パイオニア10号が122億km離れた地球に
自分のアンテナを向けて振り返ったことを意味していた。

言葉はわからなくても、どんなにかすかなつぶやきでも
声が届くことの重大さを、世界はそのとき知ったのだと思う。

それがパイオニア10号の最後の挨拶になった。
2003年1月22日の山も森も寝静まった静かな晚だった。

その翌月
2003年2月にNASAはもう一度呼びかけを実行したが返事はなく
パイオニア10号との交信は途絶えたと発表した。
けれどそれから3年後の2006年3月、
NASAはいま一度パイオニア10号に交信のこころみをしている。

3月といえば
マドリードから63km離れたロブレド・デ・チャベラでは
コウノトリがアフリカから渡ってきて巣づくりをはじめる。
コウノトリは鳴き声を持たず
ただクチバシをカタカタと鳴らして信号を送るそうだ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/

 

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直川隆久 2013年1月20日

負ける男

         ストーリー 直川隆久
          出演 遠藤守哉

高原。あえて言葉を選ばずに言おう。
俺はおまえに死んでほしい。
娘の愛美が、“会わせたい人がいる”と俺に言ってきたときから
いやな予感はしていたんだ。
年が離れてるとはきいてたが、
まさか自分の同い年の男が来るとは思わないじゃないか。
正月早々、とんだご挨拶だ。
さらに、あろうことか、おまえだなんて。
なんでおまえなんだ。
忘れたとは言わせんよ。
30…32年前か。
山岳部のアイドルだった平岡祥子をかっさらって行ったのは、
おまえじゃないか。

就職活動の時期が来ても、
七大陸最高峰無酸素登頂の夢を語るおまえを、おれは疎ましい思いで見ていた。
就職活動に駆けずり回っている俺を、バカにされているような気がしていたんだ。
だから最大手都銀から内定をもらったとき、俺は、勝ったと思ったよ。
だからその日におれは、平岡に告白した。
で、手痛くふられたよ。好きなのは、高原君ですってな。

平岡は、そのことは言っていたか。なかったか。
まあ、そうだろうな。
おまえがどういうつもりかしらんがな。
その時点で、おまえは俺に借りがあるんだよ。
借りだろう?借りだよ、そんなものは。
卒業後もおまえは結局就職せず、
個人的にスポンサーを集めながら冒険旅行を繰り返してたな。
熊みたいなお前の容貌は安心感を与えるんだろう、
スポンサーにも人気があった。
おまえ達夫婦がときおりテレビ番組で取り上げられるたび、
俺は見ないふりをするのに必死だったよ。
なぜって? 
おまえは俺をみじめにさせるんだよ。
冒険ができない俺を、人生にせよ山にせよ、
確実なルートでしか登攀できない俺を。
 
そうやって、前途洋々のおまえだったじゃないか。いつの間に別れたんだ。
平岡祥子と。

…癌?

それは知らなかった。
苦しんだのか。
…そうか。
しかし、それにしても…おまえはどこまでも主人公だな。

愛美とはどこで知り合ったんだ。
環境保護NPOの事務局で…?
ライチョウの写真を見せて話しているあいだに意気投合、だと?
ふん。紋切り型だな。まったくもって紋切り型だ。
だから、そんな団体に出入りさせたくなかったんだ。
おまえ達のそういうところが、俺は嫌いなんだ。
その、自分の純粋さを疑わない感じが。
のほほんとしたおまえらのとばっちりを受けるこっちの身にもなれ。
なにがライチョウだ。
なんだ。不満か?
おまえのストーリーの中では、俺は悪役だろうな。
や、誰が考えてもそうさ。
年の差を愛で乗り越えようとしている二人の前に立ちふさがる
保守的な親父という構図だ。
自分の無粋さも自覚できない、イタい男さ。
だがな、俺の人生は映画じゃない。
客のものじゃない、俺のものだ。俺が主人公だ!
ものわかりのいいふりをする気はないんだ。

ああ…。

…なんで、愛美はおまえみたいなくだらないのにつかまったんだ。
と言えればラクだろうさ。
2年のとき――槍ヶ岳で高山病にかかってふらつく俺を、
おぶって下山して、俺を責めるような目をただの一瞬もしなかった――
おまえがそういう男でさえなけりゃ、ラクだろうさ。

なんで、そうやって何度も俺に負けを味わわせるんだ。
ちくしょう、大きな声をださせやがって。愛美にきこえるだろう。
おい。そんなふうに、困った顔で、頭をかかえるんじゃない。
泣きたいのは、こっちなんだよ。
 

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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