むかしむかし、五島のある山の中に
「ぐつ」という名の男が住んでいました。
ぐつは、お母さんとお兄さんといっしょに暮らしていて、
お兄さんは、わなで獣をとるのを生業としていました。
ある日、お兄さんはぐつに言いました。
「ぐつ、わなに何かかかっていないか見てこい」
ぐつはわなを見に行きすぐに帰ってきました。
「何かかかっていたか?」お兄さんが聞くと、ぐつは
「隣のニワトリがかかっていたから逃がしてやった」と言います。
お兄さんが「何と言って逃げたか」と聞くと、ぐつは
「けんけんと鳴いて逃げて行った」と答えました。
お兄さんは怒って「お前はバカだな、それは鶏でなく雉だ」と言いました。
次の日、またお兄さんはぐつにわなを見てこいと言いました。
ぐつはすぐに帰ってきて、
「お兄さん、今日は隣の子牛がかかっていたから逃がしてあげた」と言いました。
逃げるときになんと言ったかとお兄さんが聞くと、
「おつんようおつんようと鳴いた」と答えます。
お兄さんはカンカンになって、「お前のようなバカはいない、
せっかく猪がかかっていたのに。これからは、わなにかかっていたものは何でも
逃がさずにぞろぞろ引っ張ってこい」と叱りつけました。
その次の日、ぐつがお兄さんに言われてわなを見に行くと
薪採りに出かけていたお母さんが誤ってわなにかかっていました。
お母さんはぐつを見ると、「ぐつよ、早くわなを外しておくれ」と言いました。
するとぐつは、「お兄さんに叱られるからできないよ」と言って
そのままお母さんをずるずると引っ張ってきました。
苦しさに耐えかねたお母さんは「ぐつよ、つらいから引っ張らないでおくれ」と
頼みましたが、ぐつは「お兄さんが掛っているものは何でも逃がさず持ってこい
と言ったから」と首を縦にふりません。
お母さんはその道中とうとう死んでしまいました。
お兄さんはぐつをこっぴどく叱り、
「お母さんの葬式を出さなければいけない。和尚さんを呼んで来い」と言いました。
ぐつが「和尚さんとは何ですか」と聞くと
「黒い格好で拝む人が和尚さんだ」と言います。
「黒い格好、黒い格好・・・」ぐつは牛小屋に行くと、黒牛に向かって
「お母さんが死んだから来てくれ」と言いました。すると牛が「もう」と鳴きました。
ぐつが家に帰り、お兄さんに「和尚さんが、もういやと言った」と言うと、
お兄さんが「お坊さんはどこにいた?」と聞きました。
「牛小屋にいた」「馬鹿者、和尚さんは寺にいるのだ」「寺とは何だ?」「高い大きな家だ」
あきれたお兄さんは自分で和尚さんを呼びに行くことにし、
ぐつに「お前は飯を炊いておけ」と言いました。
お兄さんが出かけた後、ぐつが飯をたいていると、鍋がグツグツ言いました。
ぐつは自分の名前を呼ばれていると思い、
鍋に「なんだ?」と声をかけると、今度は鍋が「ぐつくった、ぐつくった」と言います。
ぐつは鍋に「俺はくわん」と言いましたが、鍋は「ぐつくった」と言い続けます。
ぐつはとうとう腹を立て、鍋を石の上めがけ投げつけました。
すると鍋は「くわん」と言って割れました。
「それみろ、だから俺はくわんと言うのに。早くからそう言えば割られずにすんだのに」と
ぐつは言いました。帰ってきたお兄さんにその成り行きを話すと、
お兄さんから大目玉をくらいました。
今度はお兄さんから「和尚さんのために風呂をわかせ」と言われました。
火をくべて少したって、湯に手を入れてみると熱かったので、
ぐつは「沸いたぞー」と知らせました。
和尚さんが入ると下の方はまだ水で、
「ひゃあ冷たい、風邪をひくから、なんでも火にくべろ」と叫びました。
そこで、ぐつは「はいはい」と答えると、和尚さんの下駄から衣類まで
すべて燃やしてしまいました。
和尚さんが風呂から上がると何もありません。
腹を立ててみましたがらちがあかず、
丹前を借りると、それを頭からかぶって帰りました。おしまい。