梨木香歩
怒りにまかせて言葉をぶつけると、
言ってはいけない真実をついてしまう。
それで、すっきりする人がいる。
そこで、後悔する人もいる。
梨木香歩が書く主人公は、
傷つけてしまった人に、こんな風に謝る。
さっきは少し、自分に酔い、
勢いをつけなければ誘惑に負けそうだった。
心の揺れをすなおに言葉にできる人は、
傷つけてしまっても、もっと深くつながれる。
夏目漱石
感性のきめが細かい人ほど、
生きることに足がすくむ。
社会の矛盾、人間の本性
気づかなくてもいいことに
気づいてしまうからだ。
そんな人のために、芸術があると、
夏目漱石は考えていた。
住みにくき世から、
住みにくき煩いを引き抜いて、
有難い世界をまのあたりに映すのが詩である、画である。
あるいは音楽と彫刻である。
簡単に言うとこういうことだ。
芸術は人を幸せにするために存在する。
まど・みちお
不幸をひっくり返して、
幸福にできる人がいる。
詩人まど・みちおは、
苦しみをじっと見つめてから、
それを喜びに変えるための、きっかけを見つける。
妻のアルツハイマーが、重くなっていったとき、
まど・みちおは苦悩する。
毎日欠かさない日記には、
暗い想いが否定的な言葉になって、綴られていく。
それがある日、一変する。
アルツハイマーが、「アルツのハイマくん」に変わるのだ。
そのときから、妻の粗相も自分の失敗も、
すべて笑いのタネになった。
そうして生まれた詩が「トンチンカン夫婦」。
明日は また どんな
珍しいトンチンカンを
お恵みいただけるかと
胸ふくらませている
まど・みちおは、
世界をひっくり返すために、言葉を探す。
外山滋比古
記憶力が悪いのはいいことだ。
ベストセラーの「思考の整理学」を書いた
外山滋比古は、忘れるチカラを見直している。
忘却をくぐらせて枯れた知識のみが
あたらしい知見を生み出す。
つまり、忘れることで、閃くらしい。
記憶力が悪くて受験で苦しむ人は、
アイデアが閃きやすい体質だ…と思うと
人生の帳尻が合うような気がする。
シューベルト
シューベルトは、
8歳で「野ばら」を書き、
19歳で「魔王」を書いていた。
それでもまだ、
音楽家として認められない彼は、
音楽家として生きる覚悟が揺れていた。
だからといって父親に言われるままに
教員を目指してみても、上手くはいかない。
見かねた親友のシュパウンが、
シューベルトが書いたゲーテ歌曲を、
ゲーテ本人に送ることを思いたつ。
しかし、ゲーテからの返事もない。
それでも、シューベルトは友情に恵まれていた。
部屋も食事も楽譜にかかるお金も
すべて彼の才能を信じた友人たちが援助した。
ゲーテに無視された「魔王」も、
友人たちの頑張りで自費出版できたのだった。
シューベルトの才能を、
ひっぱりだしたのは、友人たちのチカラ。
天才だって、ひとりでは闘えない。
岡本太郎
岡本太郎は、
だれでも岡本太郎になれると思っている。
いや、自分は才能もないし下手だからと言うと、
こんな言葉で返される。
才能なんて、ないほうがいい。
自由に明るく、
その人なりの下手さを押し出せば、逆に生きてくる。
でも、自分は強くは生きられないと答えると、
こう反論される。
弱い人間とか未熟な人間のほうが、
はるかにふくれあがる可能性をもっている。
できない言い訳を、ひとつひとつ潰していくと、
岡本太郎ができあがる。
寺田寅彦
エッセイを書いた最初の科学者
寺田寅彦は、どんなに締め切りが重なっても、
遅れることがない。
執筆の依頼がきて、書きたいと思ったら、
その日のうちに、書き上げてしまうから。
締め切り前に、胃がキリキリすることもない。
なかなか真似できないけれど、
真似してみたいやり方ではある。