藤本宗将 17年9月30日放送
翻訳のはなし 宇田川榕菴
幕末の蘭学者、宇田川榕菴(うだがわようあん)。
津山藩の医師をつとめる宇田川家の養子となった彼は
西欧医学の基礎となる化学や植物学に関心を持ち、
オランダ語の本を翻訳して日本に紹介した。
当時の西洋科学には
日本に存在していない概念も多く、
翻訳は新たな日本語を生み出す作業でもあった。
そのとき榕庵がつくった言葉を
私たちはいまも使っている。
「酸素」や「水素」、「細胞」。
さらには「珈琲」という漢字表記も彼が考案したものだ。
ちなみに珈琲の漢字二文字には、
それぞれ「髪飾り」「玉飾り」という意味がある。
枝に実った赤いコーヒーチェリーが
女性のかんざしに似ていたことから名付けたらしい。
当て字ひとつにもセンスを感じる。
翻訳とは、クリエイティブな作業なのだ。