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ライブ4 自作自演集1

2010.07.21

できることのなかでいちばんよいことをする

 一倉宏

 あれは 雨の降る日曜日だった
 私は 妻とスーパーマーケットから帰ってクルマを降り
 傘を開き 荷物を下ろしたその直後…
 彼女が威勢よく閉めたドアに 指をはさまれ
 悲鳴をあげた

 その夜 私の右手中指は 一晩中泣いていた
 私もまた 怒りながら笑いながら 泣いていた

 翌朝 病院に駆け込み事情を話すと
 医者も 同情と微笑みを浮かべながら 私に訊いた
「それで 昨夜は どうされましたか?」

「とにかく とりあえず グラスに詰めた氷で冷やしました」
 と答えると 医者は うなづきながらカルテを書きながら
「そうですか それは… 
 できることのなかでいちばんいいこと を 
 されましたね」と 言ったのだった

 そうか… 
 痛みに耐えられず ほかにどうしようもなく
 ロックグラスに氷をいっぱいに詰めて 泣く指を冷やした
 あれは できることのなかでいちばんいいこと だったのか

 できることのなかでいちばんよいことをする

 それから私はときどき この経験を思い出すのだ
 しんみりと 雨の降る日と
 こころの 泣きたい夜には…

 上司が ただ
 威厳を示したかったのか 機嫌がわるかったのか
 誰も幸せにしない 思いつきを口にしたとき

 あるいは
 取引先の担当課長が 週末を費やしたプレゼンテーションに
「こんなところですか 検討しますよ…」と
 資料を流し見て 立ち上がったとき

「ごくろうさま」のひとこともない 上司に
「ありがとう」のひとことも言えない 取引相手に
 
 情けなくて 悔しくて 
 こころの 泣きたい夜と
 しんみりと 雨の降る日には…

 左手にカバンを持ち 右手に傘を差して
 あのときの痛みを思い出してみる

 そうだ それでも
 できることのなかでいちばんよいことをしよう  

 左手に情けなさを持ち 右手に悔しさを握りしめて
 繰り返し 思い出してみる

 だけど それでも
 できることのなかでいちばんよいことをするんだ
 絶対に 私は

 どんなに こころが泣いても…
 おたんこなす

タケシ

                      ストーリー 山本高史
                     
 両親はきちんと見えてるようだから、オレが生まれつき目が見えないというのは何
かのはずみだ。な-んにも見たことがない。そうして17年間生きてきた。「不自由
な思いをさせて」と親に悲しそうな声で泣かれたりしてきた。もちろんオレが自由だ
とは思わない。でも自分のできることはすべてできる。ギターも弾けるしね。チャー
ハンくらいならひとりで作れる。いいことと悪いことを自分なりに判断もできる。自
分のできないことが多いことを不自由と呼ぶのならば、ぼくもそうだが目の見える人
も不自由ってことだろう。同じだ。目は見えないが耳や鼻はその分優秀らしい。小学
2年生のとき友達の家のかすかなガス漏れに気づいたこともある。自分としてはお利
口な犬のお手柄みたいでちょっと嫌だったが、命拾いした仲間たちにはそれからしば
らく「ゴッド」と呼ばれた。目が見えなくて耳と鼻が少しいい人生がどういうことか、
他人の人生と比較のしようがないのでオレにはわからない。いいも悪いもオレにはこ
れしかないんだから、満足も不満足もない。もしオレの目が見えていても、きっとそ
ういうことだろう。
 ある日大ニュースがあった。オレの目が見えるようになるらしい。医学の輝かしい
進歩だ。両親はオレの手をとって、泣いていた。オレは生まれつきのことだから慣れ
っこになっていたのか、もしくはこれはこれで問題もなかったので見えることを激し
く望んだことはなかった。しかしいいニュースに違いない。わくわくもする。これを
喜ばなければ何を喜ぶべきか、って感じ。入院して手術して成功した。あっけなかっ
た。手術前は「怖くないですよ」とか「痛くないですよ」と吉田先生や看護師の岡本
さんにむしろ脅された。目の中にメスという名の刃物を入れるらしい。しかしオレは
メスというへんな名前のヤツはおろか自分の目ん玉も見たことはないのだ。見たこと
ないもの同士で彼らの言う恐怖をどう組み立てていいのかも想像もつかない。そんな
感じも含めて手術はあっけなく終わった。岡本さんが言うには、吉田先生は名医で経
過は順調だということだった。岡本さんは可愛い声の人で、ハタチだと言っていた。
オレはまだ17だから働いている女の人がみんな年上なのはしょうがない。体温とか
血圧とかでカラダを触られると、正直どきどきした。包帯というヤツで目の回りはぐ
るぐる巻きだったが、病院の中を普通にあちこちうろうろもできたし、もともと見え
ないからね、入院生活もイヤな感じじゃなかった。
 そしてメインイベントにしてクライマックス、目の包帯を取る日がやってきた。オ
レとしては何が見えるということよりも、見えるという感覚はどういうものなんだろ
ということでアタマがいっぱいで、でも想像してみたところでわかるわけなくまあい
いか程度の気分でいたが、母親や岡本さんのほうが興奮していることは声のトーンで
わかった。テレビの感動ドキュメンタリ-にありそうな話なのだ。そのうちオレのま
わりで、オレが最初に見るべきものは何であるかということが議論が始まり、オヤジ
が「やっぱり自分の姿だろう、自分の存在をはっきり自覚できるから」と言い、なん
だよちょっと待てよオレはそもそもここに存在しているではないかということを口に
しようとしたが、まわりの連中は一気に納得したみたいでオヤジは満足げに咳払いを
した。「じゃあ始めます」とカウントダウンしかねないようなウキウキした声で岡本
さんがオレの包帯を取った。「さあゆっくり目を開けてだいじょうぶだよ」という吉
田先生の声でオレが自分の目で生まれて最初に見たものは、壁にかかった板だ。つる
んとしている。これが鏡というヤツか。ものや人を映すものと聞いたことはあるがも
ちろん見るのは初めてだ。映すとはこういうことか。そしてつまりその鏡という板に
へばりついているヤツがオレということになる。これが鼻か。穴はこういうふうに開
いていたのか。以前から目と鼻の位置関係はほぼつかんではいたものの、正確にはこ
ういうふうになっているのか。試しに口を開いてみた。なんだこの肉の色。なるほど
そうかこういうのを色というのだな。その奥は見えない穴だ。こんなところに食べ物
を放り込んでいたのか。食べ物ってのは何なのかね。何だったのかね。固かったり軟
らかかったり乾いていたり濡れていたり。そう思いながら、オレはガッカリしたし疲
れた。オレは自分がこんなに物体だとは思わなかった。食べ物と同じ物体だ。固かっ
たり軟らかかったり乾いていたり濡れていたり、何なのかねオレ。外の世界のないオ
レには想像力しかなかったから、でも想像力は無限につながっていってオレを飽きさ
せることはなかったから、自分は大きいも小さいも固いも柔らかいもなく表わしよう
もないくらいとてつもないものだと思い込んでいたけど、目の前のこの物体じゃあな
あ。…醒める。タケシという名前はコイツこの物体につけられた名前だ。オレじゃな
い。それにしても鏡。おまえ何映してんだ?ほんとおまえつまらねえヤツだな。オレ
は鏡を叩き割りたい衝動を押さえるように目を閉じた。すっごく落ち着いた。

九十九里の、アジのひらき

            小野田隆雄

千葉県の九十九里町は、嵐になると
一日中、海が町の上から降ってくる。

あの日、六月の終わりに近い頃、
梅雨前線の影響で、
コマーシャルの撮影は中止になった。
スタッフのひとりだった私は、
正午に近い時刻に、砂浜まで
海の様子を見に行った。
雨は止んでいたが、風は強く、
雲は早く流れ、前線は逃げるように
九十九里から離れつつあるようだった。
けれど、まだまだ、海は灰色だった。
あとからあとから、高波が押し寄せる。
遊泳禁止の赤い旗が、
海岸線にずらりと、並び立てられ、
その旗が、ときおりのぞく太陽に、
キラキラ、キラキラ、はためいている。

砂浜に近い、小さなおみやげ屋さんに
おじいさんがひとりいた。
アジのひらきを売っていた。
私と目が合うと、房総なまりの言葉で言った。
「もう梅雨もしまいだべ」
私はそのアジのひらきを買い求めた。
「新しいよ」おじいさんは、そう言ったが、
旅館に帰って、よく点検してみると
どうやら、冷凍物のようでもあった。

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  1. ふかき~ より:

    本人がどう感じているか、理解するより先にお祭り騒ぎする傾向には、違和感を感じてはいたのですが
    その説明のつかない違和感を納得した思いです。

    わりとお構いなしになってます。
    それどころか、わざとやってる時も多々あり。
    しょうがないなと一緒に踊ったり。反省の必要を感じました。

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