裏庭のガラクタ置き場の
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹
裏庭のガラクタ置き場の
古い子供用の自転車や錆びたシャベルや
履き古した長靴のなかに
ある日、牛がいた。
牛は眠そうな目で自己紹介をして
自分は星座の牡牛座だと言った。
僕は寒くないかとたずねたが
牛は、凍りついた夜空に較べればここは暖かいと言って
実際に居心地がよさそうだった。
夕飯のとき
僕はふたたび牛のところに行って
何か食べるかときいてみたけれど
牛は何もいらないと答えた。
なにしろ僕は星座なのだからね。
それにしても…と僕はたずねた。
あなたがいなくなったら
プレヤデスやアルデバランは落っこちてこないんですか。
君は星が落ちるところを見たことがあるかね。
牛はちょっと威張った顔をした。
そういえば僕は星が落ちたところを見たことがなかった。
僕は脱ぎ捨てられた牡牛座なのさ、と
牛はつづけた。
アルデバランもプレアデスも
望遠鏡がなければと見えないM1の星雲まで
いまではすっかりメジャーになって独立している。
あいつらは実際に目に見える存在なのだから。
それに較べて、僕はこの牛の形さえ
星と星を繋ぎ合わせた人間の想像力から生まれたものだ。
僕の物語はもう失われた神話になってしまって
いまでは誰も僕が空にいる理由を知らないだろう。
僕は、ギリシャの神々の王と
美しい人間の王女が登場する牡牛座の伝説を
子供の頃に読んだことがあったけれど
そのことは言わずに別の話をした。
人は忘れてしまった物語を
また新しく作りだすことができることや
失われた記録を地面の下や海の底から
見つけ出すことができること
そして、それから、最後に僕は牛に申し出た。
僕がきみの新しい伝説を書いてあげるよ。
そしてそれからどうなったかというと
裏庭のガラクタ置き場の
古い毛布の上に牛はいまでも寝そべっていて
近ごろはすっかり口うるさく
僕の書いたものを批評している。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP