ひび
ストーリー 日下慶太
出演 池田成志
「すべてのものは神様からの贈り物なのよ」
ある日妻は大いなる人生の秘密を発見したかのようにそう叫んだ。
最愛の母を亡くしてショックだった妻は、しばらく心神喪失状態が続いた。
8時間ずっと壁のしみをみていたり、1日中タマネギをミキサーにかけていた。
仕事もやめ、家事も放棄した。
数ヶ月後、一握りの生きる力を取り戻した妻は、
精神世界にのめりこんでいった。占星術、インド哲学、マヤ文明、
アメリカ西海岸の怪しげな団体、そういったものの本を読み漁った。
妻には何かすがるものが必要だった。わたしだけでは妻の心を支えきれなかった。
彼女はそこで彼女なりの答えをみつけた。
「すべてのものは神様からの贈り物なのよ」
母の死は、自分を成長させるための神からの試練であり贈り物である。
そういう理論を組み立てないと、母の死を受け容れられなかったのだろう。
すべてのものは神様の贈り物。この真実を実践するために、
妻はまわりのものを贈り物にしていった。
つまり、色々なものにリボンをつけていった。
まず、自分にリボンをつけた。頭の倍ぐらいもある大きなリボンを。
毎日買ってくる食料にリボンをつけた。もやし、キャベツ、肉。
そして、リボンをつけたまま調理をした。
ぼくは焦げたリボンをとりのぞいていつも食べた。
お茶にもリボンをつけた。注いだお茶の上にリボンを浮かべた。
あなたの仕事も贈り物、そう言って仕事関係の書類にすべてリボンがつけられ、
わたしの名刺にすべてリボンのシールが貼られた。
メールの文章の後にもリボンの絵文字をつけるようにと言われた。
「わたしのいちばんのプレゼントはあなただわ」
妻はわたしに大きなリボンをつけた。
もちろん、わたしはリボンなどつけられたくはない。
しかし、今、妻のすることに反対すると、
妻のあやうい均衡がくずれてしまうかもしれない。
わたしは黙ってリボンをつけた。
しかし、リボンをつけたまま会社に行けるわけがない。
つけたまま家を出て、駅にむかう途中にこっそりと外す。
そして帰ってきたらまた家の前でこっそりとつける。
そうしていつもリボンをつけているかのように振る舞った。
しかし、突然テレビ電話をかけてきた妻に
リボンをつけていない姿をみられてしまった。
彼女は怒った。そして一生外せないリボンをつけると言い出した。
リボンを頭皮にぬいつけると。
妻の言うことには反対してこなかったが、さすがにこれだけは反対した。
妻をなだめて、結局リボンの刺青を入れることで決着した。
わたしの右腕に一生リボンがつくことになった。
これで妻のまわりにはリボンをつけるものはなくなった。
しばらく退屈そうにしていた妻はある日こう言った。
「一番の贈り物は地球そのものなのよ。わたしは地球にリボンをつけるわ」
そういって彼女はリボンの布をひきずりながら、地球横断の旅に出た。
今彼女は中央アジアのどこかにいる。
そして、リボンの先端は我が家の玄関にまだある。
出演者情報:池田成志 03-5827-0632吉住モータース
動画制作:庄司輝秋