年老いたキリン
ストーリー 宗形英作
出演 西尾まり
とある都市の動物園に、年老いたキリンがいた。
ひとりぼっちのキリンがいた。
若い頃から、左と言えば右を向き、
上と言えば下を向くような性格だった。
そのせいで、いつも現状には不満が溜まっていた。
なぜ、私は柵の中に閉じ込められていなければならないのか?
なぜ、私は見世物として、ここにいなければならないのか?
一度も行ったことはないけれど、
アフリカの広野には、果てしない自由があるように思えた。
ノソノソと歩き、ゴロゴロとし、時折水にドボンと飛び込む、
そんな白熊ののん気さを羨ましく思い、
しかし、そのだらしなさにうんざりもした。
毛づくろいをしたりしながら、仲良く群れをなしている、
そんな猿の一体感を羨ましく思い、
しかし、その寄らば大樹の精神にあきれもした。
野生、とはなんだろう、とキリンは考えた。
もはや、私たちには野生はないのだろうか?
キリンは、すくっと左右対称に足を開き、ゆっくりと首を回した。
柵の向こうには、いろんな顔があった。
あくびをしている顔、キャンディをなめている顔、
おしゃべりばかりしている顔。
ある朝目覚めると、一台のトラックが待っていた。
ほんの2分ほど乗ってすぐ降ろされたところは、
動物園の端っこにある、その昔狼がいたところだった。
飼育係のお兄さんがとても気を使ってくれていた。
なんども落ち着くように体を摩ってくれた。
何日か経って、またトラックに載せられて、元の場所に戻ってきた。
見渡す景色は何も変わっていなかった。
キリンは、ほっとした思いで、足を踏み出した。
その瞬間、不思議な感触が足の裏に走った。
柔らかいのだ。
今まではコンクリートだった地面が、土に変わっていた。
そうか、今まではコンクリートのその清潔そうな白さが、
粗相をしてはいけませんよ、と自分を緊張させていたのだ、
と土を踏みしめながら、キリンは思った。
気持ちが前よりずっとリラックスしているのだ。
柵の周りにいる人たちを見渡す。
じっと自分を見ている子がいる。大きな目をした子だった。
私がまばたきをすると、その子もまばたきをした。
首をかしげると、一緒になって首をかしげた。
厳しい顔がほころんで、微笑みが生まれた。
なぜ、私はここにいるのか?
柵で仕切られてはいるけれど、しかし、心の中に柵はない。
キリンは、首を思い切り伸ばして、姿勢を正した。
自分が大きく見えたような気がした。
誇らしい自分に出会えたような気がした。
キリマンジェロの頂きを見ることはできない、としても、
花が咲き、緑が茂り、葉が色づき、そして雪を被る、
そんな大樹を見ながら、一年を過ごしていく、
世界に1頭しかいないキリン、それが私だ。
柵の向こうで子供が手を振った。
キリンは、ロックロールの歌手のように首を振り、
その子に返事を返した。