Photo by (c)Tomo.Yun
金魚怪談
ストーリー 一倉宏
出演 すまけい
真夏の夜には、こんな話がふさわしいだろうか。
狐狸が簡単に人をだませたような、それほど昔の話ではない。
祭り囃子のにぎわいのなか、ひとりの若者が歩いていた。
白がすりの浴衣の似合う、色白で細身の美男子だった。
その若者は、ふと気が向いて、金魚すくいの人垣をのぞいた。
「あー、惜しい」
「あれ、ねえ、あれ取って」
そんな家族づれのあいだに入って、金魚をすくう。
いちばん大きくて立派な、袴を腰高にはいたような、赤い金魚に
狙いをつけると、あっという間にすくいあげてしまった。
客たちが目を見張り、驚きの声をあげた。
その一匹だけを受け取って、若者は満足そうに立ち去った。
「ちょっと、すみません。うちの坊ちゃんが・・・」
人混みをかきわけ、追いかけてきた男が若者にいった。
「坊ちゃんが、その金魚をどうしても欲しいと」
お礼のお金はいくらでも出すと、その男は何度も頭をさげた。
若者はちょっと考えてから、あっさりこう答えた。
これは差し上げる。お礼はいらない。
自分も、つい気まぐれで手に入れたものだから。
こどものわがままを、お金で解決するのも感心しない、と。
やがて、祭り囃子も止んで、人々は家路につきはじめた。
さきほどの男が、ふたたび若者を見つけ出し、呼び止めた。
大変なご好意に感謝したい。一席もうけたのでおつきあい
いただけないかと、ご家族からの、たってのお願いである。
最初は断ったが、「とりわけ、一部始終を見ていた坊ちゃんの
おねえさまから、直接お礼が申し上げたい」とのことづてに、
若者の心が、すこし動いた。
川音の聞こえる座敷には、娘がひとりで待っていた。
素晴らしい料理と酒が運ばれ、美しい娘が酌をした。
ふたりきりだった。夢のようだった。
娘は頬を染めて、「恩人」とも「運命」ともいった。
それにしても… ふしぎな話じゃないか。
見たこともない豪勢な料理ばかりなのだが、お造りとか、
魚料理がひとつもないのもなんだか変だと、首をひねった。
若者が用を足して廊下に戻ると、障子に娘の影が映っていた。
それは。腰高に、揺れる袴は…
「き、金魚姫!?」
そう、金魚姫だった。
年に一度、お祭りの金魚すくいで、人間の世界をのぞきにくる。
めったにすくわれるへまはしないが、もしもすくわれれば、
その人間と結婚する運命となる。金魚の国で。
若者は逃げた。必死で逃げた。
屋敷のまわりは、ぐるりと川がかこみ、飛び込むしかなかった。
クロールで泳ぎ切ろうとする若者を、紙を貼った巨大な輪が、
いくつも追いかけてきては、すくいあげようとした。
やっとのことで逃げ切って、そのまま気を失った若者は…
全身ずぶ濡れで、夜明けの街に投げ出されていた。
それでもあなたは、金魚すくいで、
あの、いちばん立派な、赤い金魚を狙いますか?